第18話 怖かった思い出
「あ、るか姉おかー」
「……永継君どうしたの?」
バイト終わりの宇野さんが、ぐったりとしている僕を見て不思議そうに聞いてきた。
「やば、私が居ることよりも、なっつんに意識がいくとか、しっとー」
「いや、鏡莉は永継君に任せたから居るのは当然でしょ。それよりこんなに元気のない永継君の方が気になるよ」
「信頼やば。ただちょっとめいめいとなっつんで遊んでただけ」
「そこは『と』って言ってよ……」
宇野さんが顔に手を当てて顔を落とす。
「永継君ごめんね。鞄は持ってきたからね」
宇野さんはそう言って僕の忘れてきた鞄を壁際に立てかけた。
「……宇野さん優しい。ぎゅってしていい?」
ちょっと今は誰かに甘えたい。
梨歌ちゃんも悠莉歌ちゃんもさっきから僕から少し離れている。
両サイドには芽衣莉ちゃんと鏡莉ちゃんが居るせいなのかわからないけど。
「……だ、だめだよ。そんな可愛い言い方したっ……あれ? 前はされたかったんじゃなかったっけ? なんで断るの? いや、あれだよ、急に言われて恥ずかしいんだねきっと」
宇野さんが一人二役で話し始めた。
「るか姉の多重人格説って消えてなかったんだ」
「姉さんは色んなことを抱え込みすぎて、自己完結を覚えたんだよ。だから自問自答して一人で全部なんとかするんだよ」
「ふーん、まぁめいめい程じゃないけどね」
確かに芽衣莉ちゃんは別人レベルで変わる。
だけど記憶が残るのだから少し可哀想に思う。
そんなことを考えていたら、隣に座る芽衣莉ちゃんに制服の袖を引っ張られた。
「どうしたの?」
「え、えと。今は落ち着いているので、私をぎゅっとするんじゃだめですか?」
芽衣莉ちゃんが上目遣いで、少し怯えながら聞いてくる。
「いいの?」
「私のせいでもありますから」
「お願い」
僕はそう言って芽衣莉ちゃんに抱きついた。
正直に言うと、あっちの芽衣莉ちゃんと鏡莉ちゃんの二人にいじられたのは少し怖かった。
二人が楽しそうだったからいいのだけど、それでも何もできない状況というのは少し怖い。
「篠崎さん、震えてますよ」
「大丈夫、だい、じょうぶ」
僕は芽衣莉ちゃんの
「な、永継君、そんなに嫌だったの? それなら言わないと。きっと言えば……梨歌、助けてあげなさい!」
宇野さんが泣いてる僕に気づいて、頭を撫でながら芽衣莉ちゃん鏡莉ちゃんの順に見てから、梨歌ちゃんに言った。
「私のせい!? だっていつもの篠崎さんなら逆に二人を照れさせるじゃん」
「二人がかりは初めてでしょ! 二人も謝って」
「篠崎さん、嫌だったんですか? 辛かったんですね。それなら私にもっと甘えていいんですよ」
芽衣莉ちゃんが宇野さんの言葉を無視して僕の頭を優しく撫でる。
「ねぇ、芽衣莉。あなたのせいでもあるんだからね」
「なっつんごめんね。今度は私と二人っきりの時に襲うからね」
鏡莉ちゃんが背中から僕を抱きしめてそう言った。
「鏡莉も違うでしょ!」
「お腹空いたぁ」
ずっと黙って静観していた悠莉歌ちゃんが、机に顎を乗せてそう言ったけど、梨歌ちゃんに「空気を読め!」と怒られてロフトに逃げて行った、
それから少し経ったところで、僕の涙が引いて落ち着いたので、芽衣莉ちゃんの準備してくれた晩ご飯を宇野さんが運んでくれた。
落ち着きはしたものの、まだ少し元気のない僕を気にして、隣に宇野さんが座ってくれた。
「じゃ、じゃあいただきますしようか」
「姉さん照れすぎ」
「梨歌うるさい!」
宇野さんが梨歌ちゃんにそう言った後に、左手だけでいただきますをした。
なぜなら右手は僕が袖を掴んで離さないから。
「芽衣莉、鏡莉。ほんとに何したの?」
「別に変なことはしてないよ? ただめいめいと二人でなっつんの腕を拘束して、足を拘束して、ぺたぺたしてただけだよ」
「十分変でしょ!」
「でもめいめいはなっつんの耳を食べてたよ?」
鏡莉ちゃんがそれを言った瞬間に芽衣莉ちゃんがむせこんだ。
「わ、わた、し、んっ」
「むせ込みまでエロい。まぁそんなことをほんの一時間ぐらい?」
「……梨歌、悠莉歌」
「うん」
「ゆりか幼稚園児なのに」
「悠莉歌は永継君がここに来なくなってもいいの?」
「やです。なんでもします」
なんの話をしてるのかはわからないけど、だんだん落ち着いてきた。
「ごめんね」
「永継君、大丈夫?」
「うん。ごめんね、迷惑かけて」
僕は掴んでいた宇野さんの服を離した。
「まったく」
宇野さんが微笑みながらそう言った。
「自分は迷惑をかけて欲しいって言ったのに、永継君は謝るんだ」
「ごめん……」
「いや、そんな本気で謝らないでよ。悪いのは鏡莉なんだから」
「なんで私だけなのー」
鏡莉ちゃんが頬を膨らませながら言う。
「芽衣莉は確かに自分を抑えられなくなることがあるけど、そこまでのことはしないよ。ね?」
「……はい」
宇野さんが芽衣莉ちゃんの方を見て聞くと、芽衣莉ちゃんがとても気まずそうにそう返事をした。
「あ、そっか。姉さんの前ではなにもしてないか」
「私の前では?」
宇野さんは不思議そうな顔をしているが、梨歌ちゃんの言う通り、芽衣莉ちゃんは宇野さんの前では何もしていない。
ただ、僕に宇野さんと結婚すればいいと言っただけだ。
「な、なんでもないですよ。それより、鏡莉のお話をしましょうよ」
とても焦った様子の芽衣莉ちゃんが早口でそう言った。
「そうだね。鏡莉は聞いて、やるってことでいいんだよね?」
「うん。なっつんにあんなこと言われたら断れないしね」
鏡莉ちゃんが僕にウインクをしながらそう言う。
(そんな変な言い方したかな?)
その後の出来事の印象が強すぎて、なんて言ったのか思い出せない。
「鏡莉としては上手くいくと思う?」
「いくら私が今一番売れてる子役だからって、みんなそこまで興味ないって。だから多分上手くいくよ」
今一番売れてる子役とは初めて聞いた。
そこまで有名なら、スキャンダルは大変な気がする。
「色々とやばいから仕事しないで家に居るんでしょうが」
梨歌ちゃんがご飯を食べながらそう言った。
「梨歌のくせに痛いとこつくじゃん。実際は確かにやばかったね。でもそれは主に私がだけど」
鏡莉ちゃんの言葉に、暗い部屋で一人、ゲームをしていたのを思い出す。
「まぁ大丈夫、なんとかするよ。なんせ終わったらなっつんが遊んでくれるっていうし。それにもし失敗してもなっつんが責任取ってお嫁さんにしてくれるって言うから」
「は?」「え?」「……」
梨歌ちゃんと芽衣莉ちゃんが同時に声を漏らし、宇野さんには静かにジト目を向けられた。
(言ってないよね?)
色々と記憶がないけど、確か言ってないはずだ。
「子供は何人作ろうかなぁ」
「なんで失敗した前提なの!」
「鏡莉、だめ。篠崎さんは流歌さんと結婚するの! それか私!」
「芽衣莉も何言ってんの! てか鏡莉は……何言ってんの!」
梨歌ちゃんが箸を置きながら叫び、鏡莉ちゃんが膨れながら叫び、宇野さんは語彙力がなくなった。
言われてる鏡莉ちゃんは「無難に二人かなぁ? それとも五人とかいっちゃう?」と自分の世界に入っている。
大切な話が一向に進まないが、みんな仲良しでいいことだ。
そんな光景を見ていたら、僕の袖が引かれた。
「お兄ちゃん、ご飯……」
僕の元気がなかったから遠慮していたのか、ずっと黙っていた悠莉歌ちゃんがやってきた。
「そうだね。早く食べないと冷えちゃうもんね」
そう言って僕は悠莉歌ちゃんをあぐらの中に座らせてご飯を一緒に食べた。
その間、みんなはずっと言い合いを続けていた。
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