第17話 日々成長中の胸

「おかえり」


「鏡莉はどしたの?」


 帰ってきた梨歌ちゃんが、うずくまる鏡莉ちゃんを指さしながら聞いてきた。


「きょうりお姉ちゃんは、お兄ちゃんにいじめられて心に深い傷を負ったみたい」


「悠莉歌ちゃん。いじめてないよ。ただ鏡莉ちゃんと遊んでただけ」


「ゆりかを忘れて遊んでたお兄ちゃんなんか知らない」


 悠莉歌ちゃんがぷいっとそっぽを向いてロフトを上って行った。


「学校で鏡莉の事を聞いたんですけど、それではなくですか?」


 芽衣莉ちゃんが心配そうに聞いてくる。


「うん。その事を話そうと思ったんだけど、鏡莉ちゃんを傷つけちゃった」


 どうやら初心者の僕に負けたのが相当に辛かったそうだ。


 いくら慰めても返事がなかったから、仕方なくお姫様抱っこをしてこっちに連れて来た。


 ちゃんと今回は人の目を気にして。


「鏡莉がキズモノに!?」


「あんたは変なとこで喜ぶな。でも実際どうなの?」


「鏡莉ちゃんの事?」


「そう。熱愛相手が篠崎さんだから嘘なのはわかるけど、それは私達が関係者だからじゃん? どうやって沈静化するの?」


 なんだかんだ言ってる梨歌ちゃんだけど、ちゃんと鏡莉ちゃんを心配しているようだ。


「なにをニマニマしてんの」


「梨歌ちゃんはいい子だなって思って」


「うっさいし。それで何か対策あるから鏡莉を連れ込んだんでしょ?」


「うん。宇野さんから解決策を聞いてきたよ」


 そう言って僕はみんなに宇野さんから聞いた解決策を伝えた。


「なるほど、事実をそのまま伝えるって事ですね」


「芽衣莉ちゃん、ちゃんと聞いてた?」


「芽衣莉は無視して。それよりそれだと篠崎さんにも迷惑かからない?」


 梨歌ちゃんが不安そうな顔つきで聞いてくる。


「鏡莉ちゃんが嫌な気分になる方が僕は嫌だよ」


「私はやらないよ」


 鏡莉ちゃんがうずくまりながらそう言った。


「これは私の不注意が起こした事なんだから、なっつんは巻き込まない」


「あ、ちなみにこれに関しては鏡莉ちゃんの意見は聞かないよ」


「どゆこと?」


 鏡莉ちゃんがやっと顔をあげた。


 とても不思議そうな顔をしているが。


「これはもう決定事項だから」


「いやいや、私はやらないって。なんで私の不注意でなっつんに迷惑かけなきゃいけないの」


「僕が鏡莉ちゃんの悲しむ顔が見たくないから?」


 僕がそう言うと鏡莉ちゃんの身体がビクッと反応して、また顔を膝にうずめてしまった。


「始まるか?」


「篠崎さんの天然攻撃」


「お兄ちゃんの無自覚攻撃できょうりお姉ちゃんもいちころ」


 梨歌ちゃんと芽衣莉ちゃんが何かを期待するように言い、いつの間にか下りてきていた悠莉歌ちゃんも楽しそうにそう言った。


「僕さ、久しぶりにちゃんと機嫌が悪くなったんだよね」


 僕は鏡莉ちゃんの隣に体育座りをして喋り出す。


「クラスの人が鏡莉ちゃんの噂をでっち上げてた事に」


 宇野さんの時もそうだけど、やっぱり噂なんて当てにならないと実感した。


「あの人達って、前までは鏡莉ちゃんの事を『可愛い』とか『こんないい子と出会いたい』とか言ってた人なんだよ?」


 ほんの三日前まで鏡莉ちゃんを好きだった人達が、ただ男の人(僕)と一緒に居たのを写真に撮られただけで手のひら返しをした。


「だから今日は一日とっても機嫌が悪かったの」


「……嘘だよ」


 鏡莉ちゃんがとても弱々しい声で言う。


「楽しそうにしてたもん」


「鏡莉ちゃんと一緒だったからね。鏡莉ちゃんが悲しそうな時は僕も辛かったけど、鏡莉ちゃんが楽しそうになったのを見たら、僕も楽しくなったんだよ」


 事実あの時は色々と忘れて純粋に楽しんでいた。


「だから鏡莉ちゃんは僕がこれ以上機嫌が悪くならないように協力して」


「……言い方がずるいよ」


「じゃあさっき勝ったから、言う事聞いて」


「もっとずるくなったし」


 実際これが成功するかもわからない。


 ただ被害を広げるだけの可能性だってある。


 だけど何もしないのは嫌だ。


「……わかったよ。なっつんの為にやるよ」


「ほんと!?」


 僕は嬉しくなって鏡莉ちゃんの手を両手で包み込みながら言った。


「ナチュラルにそういう事しないの! きっと何もしなくても落ち着くと思うけど、いい機会だから言いたい事言ってくる」


「もしかして落ち着くの待ってたの?」


「そうだよ。子役の熱愛とか、少し考えたら盛られてるってわかるでしょ」


 言われてみればそうだ。


 そう思わない人もいるだろうけど、さすがに熱愛はない。


「まぁ変な目で見られるのは確実だから、対策は欲しかったんだけどね」


「なら良かった。ちなみに、話の組み立ては鏡莉ちゃんに丸投げだから」


「だろうね。てか、そっちのがいいよ」


 素人がああ言えこう言えと言うより、演技慣れしている鏡莉ちゃん本人が言った方が絶対にいい。


「すぐに言える場面は用意されるだろうから、それまでに準備しなきゃ」


「僕にできる事は?」


「息抜き」


 鏡莉ちゃんがはにかみながらそう言った。


 息抜きとはきっとゲームをする事だ。


「任せて。でも、また僕が勝っても落ち込まないでね」


「言うじゃん。次は泣かして、私が慰めてあげるよ」


 僕と鏡莉ちゃんは同時に笑った。


「し、篠崎さんが鏡莉にまたがって、鏡莉は篠崎さんを泣くまでいじめて慰めるってどんなプレイを……羨ましい」


 芽衣莉ちゃんが目をキラキラさせながら僕と鏡莉ちゃんを見ている。


「また勝って」を「またがって」と聞き間違えるのは少しやばいと思う。


「あんたは黙ってなさい」


 梨歌ちゃんがそんな芽衣莉ちゃんの軽くチョップをした。


「明日からめんどいや。とりあえず今日はなっつんと夜通し遊ぼ」


「いいの?」


「帰りたくないなら、私の部屋に居ればいいよ」


「朝に一回帰ればいいから、鏡莉ちゃんがいいのなら」


 それなら願ってもない事だ。


 これであの人と会わなくて済む。


「その場合鏡莉はこっちに来るんだからね」


「なんで? 私はなっつんと一緒に居るけど?」


「いいわけないでしょ」


「意味がわかんなーい。なんで私となっつんが一緒に寝たらだめなの?」


「それは……」


 鏡莉ちゃんがニマニマしながら梨歌ちゃんに言うと、梨歌ちゃんが口をもごもごしだした。


「じゃあ見張り役として私も一緒に寝れば大丈夫だよね!」


 芽衣莉ちゃんがとても嬉しそうにそう言う。


「芽衣莉は黙ってなさいって言ってるでしょ」


「めいめいが変態なのはわかってたけど、梨歌も相当なむっつりだよね。るか姉に似たの?」


「は? うっさいし。男女が同じ部屋で寝るなんていいわけないでしょ」


「いくら私が魅力的だからって、なっつんが手を出すとか本気で思ってんの? こんなエロい身体のめいめいに手を出さないなっつんが」


 気づけば鏡莉ちゃんが芽衣莉ちゃんの後ろを取って胸を揉みしだいていた。


「きょ、鏡莉!?」


「え、やば。また大きくなったの? 好きな人に揉まれると大きくなるって言うけど、実はなっつんに揉ませてんの?」


「そ、そんな事してないよ! 頼んでもしてくれないだろうし」


「なっつんって意外と照れ屋だからね」


 照れ屋と言うか、頼まれたからといって友達の妹の胸を揉める男子はいるのだろうか。


「てかほんとにやばい。鼻血出そう」


「きょ、鏡莉、それ以上されると、また出てくる」


「私はあっちのめいめいも好きだよ。二人でなっつんを襲っちゃう?」


「……それもイイかも」


 鏡莉ちゃんの目の色が変わった。


「わぁ、大変だ」


「篠崎さん、余裕そうにしてるけど、大丈夫なの?」


 梨歌ちゃんが呆れながらそう聞いてきた。


「二人が楽しいなら見てて嬉しいんだもん」


「篠崎さんらしいけど、知らないからね」


 梨歌ちゃんはそう言うと洗濯物をしまいに行った。


 悠莉歌ちゃんはいつの間にかロフトに上がっていた。


 つまりこの二人の相手は僕一人だしなければいけない。


「大丈夫かな?」


 そうして僕はしばらくの間、二人におもちゃにされた。


 だけど鏡莉ちゃんが心から楽しそうにしていたからそれでいい。


 でも疲れたので、晩ご飯の準備は落ち着いた芽衣莉ちゃんに任せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る