第16話 永遠にも思える一分間
「終わった?」
「普通に不法侵入なんだけど?」
一試合を終わらせた鏡莉ちゃんに声を掛けると同時に、電気をつけると、鏡莉ちゃんがヘッドホンとフードを外して僕にジト目を向けてきた。
ここは鏡莉ちゃんが住んでいる部屋だ。
鏡莉ちゃんにとって一番安心できるのは、みんなが学校に行った後の自分の部屋だと思った。
なので宇野さんから渡された鍵を使って鏡莉ちゃんの部屋に入ってきた。
「想定外だよ。まさか学校抜けて来るとか」
「鏡莉ちゃんに会いたかったから」
「今じゃなかったら喜んでたとこだよ。るか姉も共犯だよね」
「僕は宇野さんから移った熱で早退しただけだよ?」
「じゃあ家に帰りなさいよ」
「こんな早くから家に帰りたくないよ……」
こんな時間に帰ったら確実にあの人が居る。
そんなところに帰りたくない。
「なんかごめん。それで、なんの用? 私の事襲いに来たの?」
「お話しよ」
「知っちゃったから来たんだろうけど、私はこれ以上なっつんやるか姉達に迷惑は掛けられないから」
そう言って鏡莉ちゃんはまたヘッドホンを手に取った。
「お話が駄目なら一緒に遊ぼ」
僕はヘッドホンを掴む鏡莉ちゃんの手を握りながらそう言った。
「大丈夫だから。私が全部なんとかするから」
「鏡莉ちゃんが無視しても帰る気はないよ?」
今日は鏡莉ちゃんがちゃんと話してくれるまで帰る気はない。
隣にも、もちろん家にも。
「強情すぎ。なら勝負でもする?」
「勝負?」
鏡莉ちゃんはそう言うと立ち上がり、クローゼットの方に向かった。
そして一台のノートパソコンを取り出した。
「スペック差ありすぎるけど、ハンデにはちょうどいいでしょ」
「僕が勝ったらお話してくれる?」
「いいよ。選べる程ゲーム知らないだろうから勝手に選ぶよ」
「うん」
そう言って鏡莉ちゃんが準備を始めた。
「単純に撃ち合って相手の体力を削るやつだから昨日やったのと倒し方は変わらないから。違うのは最初に武器が選べる事とマップがあんなに広くないって事かな。ライフは一つだけにしてるから、一回死んだら終わり」
「なるほど」
「後、何もされなければ勝手に体力は回復してくから」
なんとなくはわかった。
要は鏡莉ちゃんが操作するキャラクターを見つけて撃てばいいという事だ。
「準備できた? 始めるよ」
鏡莉ちゃんがそう言うと対戦が始まった。
鏡莉ちゃんは僕の画面が見えないように、僕の後ろにパソコンを抱えながら座っている。
(まずは)
とりあえず動かし方から覚える。
操作方法は昨日やったやつとあまり変わりはない。
銃を撃ってみたが撃ち方も変わりない。
(よし)
操作方法もわかったところで鏡莉ちゃんを探しに行く。
と、思ったところで背後から撃たれて負けた。
「私の勝ち」
「……」
「ずるい事はしてないからね。まぁ初心者相手にFPSで勝負なんてのはずるいけど、銃を撃ったら場所はわかるから、立ち止まってたらただの的だよ」
僕は画面をじっと見つめて黙り込む。
「私の勝ちだから帰って」
「そんなの決めてないよ?」
「いや、確かにちゃんとは言ってないけど、それはずるくない?」
僕が勝った時の条件は決めたけど、鏡莉ちゃんが勝った時の条件は決めてない。
そんなの言い訳にしか聞こえないだろうけど、僕は引かない。
「もう一回やろ」
「なんでそんな嬉しそうなの?」
「昨日は鏡莉ちゃんが隣には居たけど、一人でやってたのには変わりないじゃん? でも今日は鏡莉ちゃんと一緒にできて嬉しい」
「……そういうのは勝ってから言えし」
鏡莉ちゃんがフードを被りながら準備を始めてくれた。
「いい、ちゃんと決めるよ。なっつんが勝ったら話を聞く。私が勝ったら帰る。そろそろゆりも帰って来る頃だろうから隣でいいよ」
「悠莉歌ちゃんって一人で帰って来るの?」
普通幼稚園児は保護者が迎えに行くはずだ。
「ゆりはちゃんとしすぎて特例が認められたみたい。預かるとこもあるみたいなんだけど、お金かかるからってゆりが嫌がったの」
「悠莉歌ちゃんらしいね」
「ゆりなら大丈夫だろうけど、心配なのは心配だよ。るか姉は未だに説得続けてるみたいだし」
そっちも想像がつく。
でも確かに幼稚園児が一人で帰って来るのは危ない。
「早く鏡莉ちゃんを説得して悠莉歌ちゃんを迎えに行かないと」
「行けばいいじゃん」
「鏡莉ちゃんも大切なの!」
僕が既に後ろで待っている鏡莉ちゃんに言うと「あっそ」と素っ気ない返事が返ってきた。
「じゃあさっさとボコって行かせてあげるよ」
「負けない」
そうして第二回戦が始まった。
(場所は同じだ)
さっきと同じところで、辺りは雪に覆われている。
さっきの試合で操作方法と画面は覚えた。
体力と弾の数、それとマップ。
さっきの試合で一瞬だけ見えたのがある。
おそらく鏡莉ちゃんのキャラクターの足音がした時と銃を撃った時にマップが少し赤くなった。
つまりあれが鏡莉ちゃんの言っていた「場所がわかる」というやつだと思う。
つまり、このゲームも僕の得意分野だ。
そうとわかればやる事は簡単だ。
自分の心臓の音を雑音と捉えて、聞こえなくする。
そして、待つ。
そうして永遠にも思える一分間の末にその時はきた。
「……僕の勝ちだよ」
「……反射速度が鬼すぎでしょ」
僕がやったのはただ待つだけ。
部屋の真ん中で外からは狙われない位置で待った。
そして鏡莉ちゃんのキャラクターの足音が聞こえた方を向いて更に待ち、見える直前に撃ち始める。
昨日はマップなんかわからなかったから、足音だけで敵を見つけて倒していた。
「クリアリングが甘いのか。いや、してるんだけど見えないとこに居るんだもん。それに壁貫通を知ってFMJ付ければ関係ないよね。てか、アタッチ付けてない相手に負けてる時点で言い訳もできないし、説明してない私せこすぎじゃん」
鏡莉ちゃんが背後でよくわからない単語を次々と呟いている。
「鏡莉ちゃん。僕の勝ちでいい?」
「……やだ」
「えぇ……」
今回はお互いちゃんとやったはずだから、僕の勝ちにしてもらってもいい気がする。
「一勝一敗だもん。どっちも私がずるかったけど、後一回あるもん」
鏡莉ちゃんが少し拗ねたように言う。
「それもそうだね。後一回やろ。そしたら今度は勝負とかなしにやろ」
昨日のも楽しかったけど、やっぱり鏡莉ちゃんと一緒にやるゲームはもっと楽しい。
ずっと続けていたいぐらいに。
「絶対泣かしてやる」
鏡莉ちゃんの声が少し楽しそうになった。
「今度はちゃんとアタッチまで付けてもらうから」
「あたっちってなに?」
「アタッチメント。簡単に言うと、銃を強くする補助パーツみたいなの」
そう言って鏡莉ちゃんがアタッチメントを見せてくれた。
その中には鏡莉ちゃんがさっき言っていたFMJがあった。
「壁って貫通できるの?」
「うん。そんでこれを付けると威力が上がる」
「なんか色々あってわかんなくなってきた」
ゲームのやり方を覚えたばかりなのに、こんなに色々と新しい事を教えられてもわからない。
「組み合わせは自分で考えてね。別にこれは意地悪とかじゃなくて、わかっちゃったら私に有利になるからだからね」
そう言う鏡莉ちゃんはニマニマしている。
「……時間をください」
そうして僕は五分ぐらい使ってなんとなく組み合わせた。
そして第三試合が始まり、僕が勝った。
「何故だ。何故それを着ている!」
「これって便利だね。爆発物を一回耐えれるんだから」
僕は今回も同じ場所で同じ事をした。
鏡莉ちゃんを待っていたら来たので銃を構えたら何かを投げ込まれた。
爆弾、グレネードがあるのはさっきの五分間で見つけて知っていた。
そして絶対に鏡莉ちゃんならやってくると思ったのでちゃんと対策をしたら、思い通りになった。
「絶対に同性能だったら負けないし。てか、次やったら私が勝つし」
鏡莉ちゃんが更に拗ねてしまった。
「なっつんもう一回」
「お話聞いてくれるならね」
「聞く。だからもう一回!」
鏡莉ちゃんが僕の制服の袖を引っ張りながら駄々をこねるように言う。
「最後だよ。これやったら悠莉歌ちゃんを迎えに行くから」
「私の本気を見せてあげよう」
一瞬で元気になった鏡莉ちゃんが僕の後ろに回った。
第四回戦も僕が勝った。
今回は武器を変えてスナイパーライフルを使ってみた。
場所も変えて待っていたら鏡莉ちゃんのキャラクターの足音の方に向かって撃ったらまぐれで当たった。
そしたら鏡莉ちゃんが完全に拗ねてしまったので、慰めているうちに悠莉歌ちゃんは帰って来ていたようだった。
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