第15話 頼りないけど頼られたい

「なぁ、これ見た?」


「見た見た、子役の の熱愛って、子供相手によくやるよな」


 鏡莉ちゃんと初めてのゲームをした次の日。


 昼休みになるのに、朝からその話題がよく耳に入ってきた。


『子役の宇野 鏡莉の熱愛』


 同姓同名の別人の可能性もあるが、鏡莉ちゃんは子役をやっている。


 もしかしたら名前を変えてやっているかもしれないが、それにしては同姓同名すぎる。


 昨日の鏡莉ちゃんは梨歌ちゃん曰く、変だったそうだ。


 まず、鏡莉ちゃんは休みの日のお昼に家に居る事はほとんどないらしい。


 基本的に休みの日は子役の仕事をしていて、平日も夜遅くまで仕事をしているようらしい。


 だから日曜日のお昼に家に居たのは変だと言っていた。


「やっぱり、子役とかやってると溜まるもんもあるのかね」


「相手の男って高校生ぐらいらしいじゃん。小学生相手にするとかロリコンかよ」


「とか言って羨ましいんだろ?」


「そりゃ、可愛い子なら小学生でもいいだろ」


(鬱陶しい)


 僕は朝から機嫌がよくない。


 まだ鏡莉ちゃんだとは完全には決まってないが、それでもその可能性が高い子を色々言われるのは気分がよくない。


 そして僕が苛立ちを抑えようと、ふて寝を始めようとしたら、廊下から宇野さんの声が聞こえた気がした。


「篠崎さんを呼んで貰えますか?」


「篠崎……あぁ、篠崎君か、ってなんで宇野さんが篠崎君に用が!?」


「今はそれを説明している時間がないんです。ですからはや──」


「行こ」


 僕は一刻も早く教室から離れたかったから、宇野さんの手を引いた。


 宇野さんの要件はわかっている。


 そして宇野さんが来たという事はそういう事なのもわかった。


 僕は人の居なそうな最上階に向かった。


「永継君、怒ってる?」


 僕が宇野さんの手を引きながら階段を上っていたら、宇野さんがそう聞いてきた。


「機嫌は悪いかな。同姓同名だって信じたかったけど、宇野さんが来たって事は違うんでしょ?」


「残念ながら。怒ってるのは、鏡莉を馬鹿にされてるって思ったから?」


 僕は頷いて答えた。


 鏡莉ちゃんの事を知りもしないで勝手な事を言っているクラスの人に腹が立った。


「ありがとう、鏡莉の為に怒ってくれて」


「お礼を言われる事じゃないでしょ。多分僕のせいなんだから……」


 そこでちょうど最上階に着いた。


「永継君のせいじゃないよ。悪いのは盗撮趣味の変態記者だから」


 宇野さんが初めて見る程の形相で言う。


「鏡莉ちゃんと朝会った?」


「会ってない。洗濯物を取りに行った時にはもう居なかったから」


「僕が気づいてれば……」


「一昨日初めて会った永継君じゃわからないのは当然だよ」


「違うよ……」


 鏡莉ちゃんの機微に気づくのはさすがに無理だ。


 だけど、写真を取られた時には気づいてもよかった。


「いつも音を聞きたくないから、雑音は聞こえても無視してるんだよ。だからあの時もシャッター音に気づけなかった」


「雨も降ってたんだし仕方ないんだよ。普通は聞こえないだろうし」


「鏡莉ちゃんと会いたい……」


 僕が会うのは多分一番駄目なのはわかるけど、それでも会って僕にできる事がないか知りたい。


 そして何かあるのなら何かしたい。


「永継君に聞きたいんだけど、もし鏡莉が助かるけど、永継君に迷惑がかかる場合なら、永継君はどうする?」


「鏡莉ちゃんが助かるのなら僕はなんでもする」


「即答だよね。実際丸く収まる方法はあるんだよ。色んなところで『熱愛』とか書かれてるみたいだけど、結局は小学生だから」


 それを聞いて僕は内心喜んだ。


 言葉に出さなかったのは少し疑問があったからだ。


「丸く収まる方法があるなら、なんでやらなかったの?」


「永継君に迷惑がかかるからだよ。それに私も知ったのはさっきだからやるも何もないし」


「そうだよね。じゃあそれを鏡莉ちゃんに……どうやって伝えるの?」


「それが一番の問題なんだよね……」


 宇野さんの話では、鏡莉ちゃんは朝から部屋には居なかった。


 散歩とかでたまたま居なかったならいいのだけど、もし違うのならどうしようもない。


「こういう時の為にスマホって必要なんだよね」


「でも鏡莉ちゃんって今学校だよね?」


「ちゃんと行ってればね」


 そうなってくると本当に困った。


「まずは鏡莉ちゃんを探すところから?」


「そこら辺を歩いてるだけなら、今頃補導されてるだろうし、そうなると探すのは難しいんだよ」


「それならさ──」


 僕は一つの可能性を宇野さんに話した。


 ただの希望だけど、昨日の鏡莉ちゃんとの会話から、一番可能性は高い。


「なるほどね。でも私達が帰るまで居るかな?」


「絶対に居ないと思う。だから今から僕が行く」


「今からって今から?」


「うん」


 多分鏡莉ちゃんは宇野さん達や、僕から逃げている。


 だから下校時間を待っていたら、確実に別のどこかに行ってしまう。


「生徒会役員の前で中抜け宣言とは」


「生徒会に鏡莉ちゃんが助けられるの? それに僕は生徒会役員の宇野さんにじゃなくて、鏡莉ちゃんのお姉ちゃんの宇野 流歌さんに言ったつもりなんだけど」


 正しい事を言ってるのは宇野さんだ。


 確かに鏡莉ちゃんの事も大切だけど、頭のいい鏡莉ちゃんなら解決策を考えついてるかもしれない。


 だけどそんなの関係ない。


「僕は今すぐ鏡莉ちゃんに会いたい。会って話して、また一緒に遊びたい」


「……永継君ってほんとにいい人だよね。でも生徒会役員として中抜けは見逃せないよ」


「わからず屋」


 僕は宇野さんをジト目で睨む。


「可愛い可愛い。ところで永継君、体調悪い?」


「え?」


 僕は別にいつもと同じで、特に体調に変化はない。


「あれかな、私の熱を移したかな? 大変、早く早退しないと」


 宇野さんが笑顔で手を顔の横で合わせた。


(察しろって目がすごい……)


「私の時は何もさせてくれなかったんだから、永継君にも拒否権はないよ。だから早く帰る」


 宇野さんはそう言って僕の手を引いて歩きだした。


「駄目だよ、熱があるなら無理しちゃ」


「宇野さんに言われたくない言葉ナンバーワンだ」


「永継君は心を抉るのが上手だね」


 宇野さんが空いている左手で自分の胸を押さえた。


「鏡莉ちゃんからさ、鏡莉ちゃんの事は聞いたんだ」


「……」


 宇野さんは反応しない。


 だから僕は独り言を続ける。


「鏡莉ちゃんもわかってたみたいだから、多分宇野さんの話したくない事は話してないからね。鏡莉ちゃんも宇野さんと同じで頑張り屋さんなんだね」


 子役という仕事をしながら、梨歌ちゃん達に気づかれないようにみんなのサポートをしている。


 身を切りすぎなのは宇野さんとそっくりだ。


「……私なんて全然だよ」


 宇野さんが立ち止まって弱々しくそう言う。


「今の環境だって鏡莉が居なかったら全部崩壊してた。鏡莉が居たから私達は一緒に暮らせてるし、楽しく暮らせてる」


 宇野さんが僕の方を振り向いた。


「だから本当は私が鏡莉を助けたいの。いつも助けられてばっかりだから、鏡莉が困ってる時ぐらいは私がなんとかしたい。だけど……」


 宇野さんは内申点が欲しいんだと思う。


 もちろん成績を上げてちやほやされたいとかではなく、将来稼げる仕事に就きたいから。


 そしてしっかり稼いで妹達を養いたいから。


「宇野さん達はなんでも自分でやろうとしすぎなんだよ。特に宇野さんと鏡莉ちゃん」


 それと少し違うが、甘えられない悠莉歌ちゃんも。


 芽衣莉ちゃんと梨歌ちゃんも姉妹の為に色々やってるし。


「僕が頼りないのはわかるけど、もっと頼ってよ。宇野さんが鏡莉ちゃん達の事が大切だって思ってるのに負けないぐらい、僕もみんなを大切に思ってるんだよ」


「……永継君だもんなぁ」


 宇野さんがまた前を向いた。


 そして左手で目元を擦っているのが見える。


「ありがとう、永継君。鏡莉の事、お願い」


「任されたよ」


 そう言って僕は宇野さんから解決策ともう一つ、大切なものを受け取り、鏡莉ちゃんが居る可能性の高い場所に向かった。


 先生には宇野さんから僕が早退する事を伝えてくれるようだ。


 それを聞いたから、教室には寄らなくていいかと思って鞄を忘れた。

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