第14話 エロゲは人生の教科書

「お邪魔します」


「いらっしゃーい」


 五分経って隣の鏡莉ちゃんの部屋? にやって来た僕は、少し驚いた。


 物が何も見えない。


 玄関から部屋の中が少し見えるが、そこにも特に何かあるようには見えない。


「ミニマリストってやつ?」


「物? そういう訳じゃないけど、私にはアレがあればいいから」


 そう言って鏡莉ちゃんは奥に進んだ行ったので、僕も靴を脱いであがらせてもらった。


「パソコン?」


「そ。私専用のゲーミングPC」


 部屋には、壁際に三つの画面の付いたパソコンが置いてあった。


 逆に他には何もない。


「洗濯はるか姉がやってくれるから必要ないし、ここは趣味部屋みたいなものなの」


「布団は上?」


「上? あぁロフト? 使ってないよ。いつもゲームしながら寝ちゃうから」


 なんだか少し不安になってくる。


「ご飯も外でからここで食べないし、ほんとにゲームして寝るだけの部屋」


「なんでみんなと違う部屋を借りたの?」


 宇野さん達は宇野さんのバイト代で生活しているから、色々と苦労しているものだと思っていた。


 だけど鏡莉ちゃんはわざわざ宇野さん達とは別の部屋を借りて生活している。


「やっぱ何も聞いてないんだ」


「うん。宇野さんが話したくなるまで聞かない約束したから」


「なるほどね。じゃあ話せるとこは教えよう」


 鏡莉ちゃんはそう言ってこの部屋でおそらく唯一の椅子である座椅子を僕に差し出した。


「鏡莉ちゃんが使っていいよ?」


「いいの。私はなっつんの上に座るから」


「それなら一つで大丈夫か」


「納得しちゃうあたり、なっつんだよね」


 よくわからないままに座椅子にあぐらで座り、僕の足の上に鏡莉ちゃんが座った。


「重い?」


「よく聞かれるけど、みんな軽いよ」


「やっぱ経験済みなのね」


 鏡莉ちゃんが少し不貞腐れたように頬を膨らました。


「かわいい」


「しってますー。私はかわいいんですー」


 鏡莉ちゃんが更に不貞腐れたようになるが、足はパタパタとさせている。


(かわいい)


 言ったらまた不貞腐れてしまいそうなので、言わないで鏡莉ちゃんの頭を撫でた。


「至福……じゃなくて。話ね」


「あ、うん。なにを教えてくれるの?」


「多分、るか姉が話せないって言ってるのは家庭環境のとこだから、私個人の事を教えてあげるね。特別だよ」


 鏡莉ちゃんが顔だけ後ろに向けて、ウインクをしながら言った。


「ありがとう」


「かわいいは!」


「言っていいの?」


「かわいいはいくら言われても嬉しいの。だから早く」


「鏡莉ちゃんはかわいいね」


 僕がそう言うと、鏡莉ちゃんが嬉しそうな笑顔になり、足のパタパタも弾んだようになった。


「じゃあ、話すね。まず、私って子役やってるのね」


「うん」


「結構すごい事言ったのに普通の反応。やっぱり私のスター性は隠せてなかった?」


「かわいいとは思ってたけど、宇野さん達もかわいいから子役とかは知らなかった。ごめんね」


 僕はテレビを見ない。


 正確には見れないだけど、スマホもないし、見ないから子役とかは誰も知らない。


 だけどクラスの人が最近の子役の話をしていた気はする。


 詳しくは聞いていなかったけど。


「確かにみんなかわいいけど、なんか負けた気分。まぁいいや」


 鏡莉ちゃんが力を抜いて僕に寄りかかってきた。


「子役をやってるから、もちろんお金を稼いでる訳なんですよ。だからこの部屋とあっちの部屋は私が家賃を払ってるんですよ」


 鏡莉ちゃんの声がだんだんと弱々しくなってきた。


「もちろんこっちの光熱費は自分で払ってるからね。あっちのも払う気だったけど、るか姉が払わせてくれなかったから」


「宇野さんらしいね」


 本当なら家賃も払いたいのだろうけど、月のバイト代だけでは出来ない事の方が多いはずだ。


「るか姉さ、高校の入学費も私が出したけど、家賃と入学費全部返すとか言ってんだよ?」


「宇野さんなら言うだろうね」


「それは私が決めた事だからいいのにさ」


 鏡莉ちゃんが寂しそうに僕の手をいじりだした。


「ちなみに梨歌とめいめいの入学費も私が出したの」


「それでさっき……」


 梨歌ちゃんが「何も知らない」と言ったのに対して「どっちがだよ」と呟いていた理由がわかった。


「聞こえてたのね。私が勝手やって勝手に黙ってる事だから梨歌が知らないのは当然だけど、ついね」


 鏡莉ちゃんが「あはは」と僕にもわかるぐらいの嘘の笑顔を向けてきた。


「鏡莉ちゃんもみんなが大好きで大切なんだね」


 僕はそう言って鏡莉ちゃんをギューッと抱きしめた。


「その笑顔は嘘かもしれないけど、その気持ちに嘘はないもん。きっと伝わるよ」


 既に伝わっているかもしれない。


「……こりゃ駄目だ。横恋慕とか寝取られってなんでするんだろうって思ってたけど、人がよすぎるからか」


 鏡莉ちゃんが僕の手をぎゅっと握りながらそう言った。


「もしかして、悠莉歌ちゃんが色んな言葉を知ってるのって鏡莉ちゃんが教えたの?」


「教えてはない。ゆりが勝手に覚えた」


 鏡莉ちゃんが僕の手をにぎにぎしながら答える。


 鏡莉ちゃんが子役と言うのなら、色んな大人と関わるはずだ。


 なら、そこから色んな言葉を聞いていてもおかしくない。


 さっき悠莉歌ちゃんが鏡莉ちゃんの部屋に来たがった時に「今日は駄目」と言っていたから、悠莉歌ちゃんはこの部屋に来た事があるはずだ。


 だからその時に、鏡莉ちゃんから色んな言葉を吸収しているようだ。


「私のせいじゃないからね。ゆりの吸収力が異常なの」


「小さい子は、覚えが早いからじゃない?」


「あの子は異常。私の呟きも全部拾って記憶するから」


 確かに普段使いしないような言葉も沢山使っていた。


 もしかしたら、ギフテッドというやつなのかもしれない。


「ゆりの前で下手な事は言わない方がいいよ」


「悠莉歌ちゃんって、言っていい事と悪い事の区別もついてそうだけど」


「ついてるよ。だけどゆりは言ったら駄目な事を言って、相手の反応を楽しむタイプなの」


「あぁ……」


 鏡莉ちゃんに言われて想像ができてしまった。


 甘えられないからそうしてたのだろうけど、それはそれとして、楽しんではいると思う。


「甘えたい年頃に甘えられない状況なのは可哀想だけど、そのせいでゆりはめんどくさい性格になっちゃったんだよね」


「だから僕に甘えてもらう事にしたけど、変わらないのかな?」


「それならそれでもいいよ。なっつんがいれば反抗期がきたとしても沈められるし」


 鏡莉ちゃんは何故か確信を持って言っているが、僕にそんな事ができるとは思わない。


「まぁ、ゆりは反抗とかめんどくさがってやらないんだろうけどね」


「めんどうって言うか、迷惑をかけたくないからじゃない?」


「いい子ちゃんばっかりでやんなっちゃうね」


「鏡莉ちゃんが言う?」


 子役自体は元からやってたんだろうけど、稼いでいるからと言って、色々なものを背負っている鏡莉ちゃんがいい子じゃない訳がない。


「でも、別に部屋を分ける必要はなかったんじゃないの?」


「私はこれに触られたくないの」


 鏡莉ちゃんがパソコンを指さしながら言った。


「それに、ゲームをしてる時ってストレス発散だからあんまり人に見られたくない」


「みんなは鏡莉ちゃんがゲームが好きって事知ってるの?」


「ゆりだけね。るか姉もこれがある事ぐらいは知ってるだろうけど、多分仕事用だと思ってるかな」


「ゲームってした事ないや」


 テレビを見た事もないから、テレビゲームは当たり前のようにした事はない。


 携帯ゲーム機もやった事はなく、スマホもないからスマホのゲームもない。


「やる?」


「でも触られたくないんでしょ?」


「なっつんならいいよ。手取り足取り、くんずほぐれつで教えてあげるから」


 鏡莉ちゃんが悪そうな顔で僕に言う。


「じゃあ少しだけ。みんなも心配してるみたいだし」


「聞こえるの?」


「少しね。梨歌ちゃんが鏡莉ちゃんが僕に何かしてないか心配してて、芽衣莉ちゃんがそれを羨ましがってて、悠莉歌ちゃんは鏡莉ちゃんと遊びたがってるよ」


 壁が薄いという訳でもないだろうけど、換気の為か窓が開いているので多分そこから聞こえてくる。


「耳よすぎでしょ。まぁいいや。なにやろっかなぁ、FPSとアクションはゲーム初心者には難しいし、RPGは時間かかるから楽しめるかわからないし、ホラーはもっと無理だよね。ノベルゲームはゲームをしようって感じじゃないから……エロゲでもやる?」


 熱心になにをやるのか考えていた鏡莉ちゃんだけど、迷走しすぎて一番駄目なやつを提案してきた。


「いや、ナイス提案か? なっつんは恋愛の勉強をした方がいいのでは?」


「勉強になるの?」


「知ってる? エロゲって人生の教科書なんだよ……」


 鏡莉ちゃんが遠いところを見ながらそう言った。


「まぁ冗談はやめて、何かやりたいのとかある? ゲームの種類とかじゃなくて、短めとか技量を使わないやつとかで」


「それなら鏡莉ちゃんの一番好きなやつ」


「それはまた……むずいよ?」


「手取り足取りくんずほぐれつで教えてくれるんでしょ?」


 みんなを心配させたくないから、そんなに時間はなくて上手くはできないだろうけど、鏡莉ちゃんの好きなものを体感したい。


「いいだろう。私は厳しいよ、でも泣いたら私の胸を貸してあげる」


 鏡莉ちゃんはそう言って自分の胸に手を置いた。


「それともめいめいの方がいい?」


「慰めるところまでお願い」


「任された」


 鏡莉ちゃんがとってもいい笑顔でそう答えた。


 鏡莉ちゃんから簡単にパソコンの使い方と、ゲームの操作方法を習った。


 そして僕は鏡莉ちゃんに知らない人とチームを組んで、拾った武器で戦って最後の一チームを目指すゲームを教えてもらった。


 最初は全然できなかったけど、一時間後にやっと最後の一チームに残れた。


 それを見た鏡莉ちゃんが「やば、私のランク帯で勝ち残るとか、ほんとに初心者?」と聞いてきた。


 とても楽しかったけど、そろそろ戻らないとみんなが心配するので戻る事にした。


 鏡莉ちゃんは残ってゲームをしてるみたいだ。


 なので僕は鏡莉ちゃんにバイバイをして部屋を出た。


 出る前に「いい気分転換になったよ、ありがと」と言ったのが聞こえたので振り返ったら、既に鏡莉ちゃんはヘッドホンをして自分の世界に入っていたのでそのまま出た。


 その日は鏡莉ちゃんと会う事はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る