第32話 敬語
「芽衣莉ちゃん」
「……」
ロフトに上がり、芽衣莉ちゃんの元に行こうとしたら、芽衣莉ちゃんは頬を膨らませながら、体育座りでそっぽを向いた。
「怒ってるの?」
「怒ってないです」
そう言う芽衣莉ちゃんはこっちを見てくれない。
「ごめんなさい」
「理由もわからずに謝られるのは嫌です」
そう言って芽衣莉ちゃんは完全に後ろを向いてしまった。
「理由……」
正直わからない。
芽衣莉ちゃんが怒ってる理由も、芽衣莉ちゃんがちらちらこちらを見てる理由も。
「みんなが来てたの黙ってたから?」
「それは別にいいです。今更なので」
「じゃあなんだろ。僕が何も出来なかったから?」
僕は芽衣莉ちゃんが芽衣莉ちゃんのお母さんに色々言われてる時に何も出来なかった。
なにをしても駄目だったのはわかるけど、それでも何かできたかもしれない。
「何もしてないことはないですよ。追い返してくれたじゃないですか」
追い返したのではなく、勝手に帰っただけだ。
「部外者の僕ができることなんてないだろうけど、僕はみんなの悲しむ顔は見たくないんだよ」
芽衣莉ちゃん達のお母さんと会うと、宇野さんは元気がなくなり、芽衣莉ちゃんは怯えて、梨歌ちゃんは怒り、鏡莉ちゃんは虚無になり、悠莉歌ちゃんは呆れている。
そんなのは嫌だ。
「私は絶賛悲しいです」
「僕も理由を教えてくれないで悲しまれると悲しい」
「それはずるですよ」
芽衣莉ちゃんがため息をついてから、僕に近づいてきた。
「理由、知りたいですか?」
「うん。芽衣莉ちゃんと話せないと……話せなくはないけど、気まずい雰囲気なのはやだ」
「正直に言うと、別に怒ってはないです」
「そうなの?」
言われてみたら、怒っていると言うよりかは拗ねているように見えた。
「私は最近わがままになってきているみたいなんです」
「それはいいことじゃないの?」
芽衣莉ちゃんと初めて会った時の印象は気弱だった。
梨歌ちゃんには逆らえずに、元気がなかった。
「今の私の方がいいって梨歌ちゃんには言われますね。でもですね、わがままになって嫉妬も増えたんですよ」
「嫉妬?」
初対面の時の芽衣莉ちゃんからは想像できないことだ。
あの時の芽衣莉ちゃんは、嫉妬する前に諦める印象だった。
でも確かに今はあの時とは少し違う。
「嫉妬深い女の子は嫌いですか?」
「よくわかんないけど、それが芽衣莉ちゃんをさして言ってるなら嫌いじゃないよ」
「篠崎さんは私を大好きですもんね」
「……うん」
少し間ができたけど、別に嫌いだからという訳ではない。
ただ認めるのが恥ずかしくなっただけだ。
「また悲しくなりますよ」
「悲しい理由ってそれ?」
「逆にそれ以外でなにがあるんですか?」
要は、梨歌ちゃん達には「好き」と言ったのに、芽衣莉ちゃんには言えないのが嫌だったということらしい。
「気づいてないのは篠崎さんだけですから」
「もっと頑張らなくちゃ」
芽衣莉ちゃん達の悲しむ顔を見たくないとか言っておいて、自分でさせていたら元も子もない。
「篠崎さん」
芽衣莉ちゃんが僕の方に正座で座り直した。
僕もそれを真似して正座をする。
「なに?」
「篠崎さんは昔の私を好きでしたか?」
「それはあの公園の時ってこと?」
芽衣莉ちゃんが頷いて答えた。
(好き……ではあったよね?)
絶対に嫌いではないことは断言できる。
確かにいじめられてはいたけど、僕が痛がったらちゃんと謝ってくれるし、僕が泣きそうになったら自分が泣きながら謝ってくれた。
根はいい子だった。
「好きだったよ。今日探してた好きかはまだわからないけど、嫌いじゃない」
「普通に嬉しいです。では、今の私と比べたらどっちがいいですか?」
「比べるって、どっちも芽衣莉ちゃんだけど?」
「性格的な意味です。活発な私と気弱な私ならどっちが好きですか?」
難しい質問がきた。
正直、どちらも好きだ。
結局どちらも優しいことには変わらない。
「でも違うんだよね? 根っこは一緒でも、芽吹いたのは違うもんね」
「それは私の名前とかけてます?」
「……あぁ、芽衣莉の芽と芽吹くをね」
全然意識していなかったけど、確かにかかっていると言えばかかっている。
「ご機嫌です」
芽衣莉ちゃんがいきなり笑顔で左右に身体を振り出した。
「なんでかはわかんないけど、芽衣莉ちゃんが嬉しいならいいや」
「普通に戻ったので質問の答えをください」
さっきまでご機嫌だった芽衣莉ちゃんが、いきなり真顔になった。
「終わったと思ったのに」
「篠崎さんが私をご機嫌のままにしてたら終わりでしたよ」
「一応聞くけど、なんでご機嫌だったの?」
「教えません♪」
案の定教えてはくれなかったけど、芽衣莉ちゃんが楽しそうなのでいい。
「じゃあ答えてください」
「答えるまで終わらないの?」
「はい」
どうやら答えない選択肢はないようなのでちゃんと考える。
まぁ、決まってはいるのだけど。
「僕としては芽衣莉ちゃんのやりやすい方がいいと思うけど、どっちって聞かれたら、昔の方が素って感じで良かったかな」
今の性格が無理してやっている訳ではないだろうけど、昔の方が生き生きしていた。
「芽衣莉ちゃんのビーストモードが近いよね」
あれこそ芽衣莉ちゃんの押し殺している素の性格に感じる。
「確かにこの性格って、自分を押し殺して作られた性格ではあります。もう慣れちゃってこっちが素に近くもあります」
「じゃあそっちの方がいい?」
「いえ、正直に言うと、暴走してる時の方が自分って感じがしますね。後で後悔はしますけど」
理性で感情を抑えているけど、理性が負けると素の感情、ビーストモードになってしまうらしい。
だから後で後悔はするけど、その後悔は本当の自分を晒したことに対しての後悔。
「でも、篠崎さんが好きと言ってくれるのなら、私はあっちになります」
「確かに僕は活発な芽衣莉の方がいいとは思うけど、それは今の芽衣莉ちゃんが嫌いって訳じゃないからね?」
「つまり?」
「両方あっていいんじゃないの? むしろそれが芽衣莉ちゃんだと思うし」
無理に片方だけにする必要なんてない。
活発な芽衣莉ちゃんも、静かな芽衣莉ちゃんも、どちらも芽衣莉ちゃんなのだから。
「あ、でも敬語はやめてもいいと思うよ」
「これも慣れですよね。昔は敬語なんて使いませんでしたから」
「後でみんなにも聞いて敬語を使わないことに慣れよ」
「鏡莉と悠莉歌ちゃんには使うと後で怒られてます。梨歌ちゃんは敬語じゃないと怒りますけど」
梨歌ちゃんが怒るのは、芽衣莉ちゃんが少しだけお姉さんだからか、芽衣莉ちゃんを尊重してるからだと思う。
前に芽衣莉ちゃんの敬語が抜けた時、確かに少し怒っているようには見えたけど、嬉しそうにも見えた。
「じゃあ僕からやろ」
「が、頑張ります」
「敬語じゃん……」
「拗ねないでくだ……、拗ねないで」
芽衣莉ちゃんが顔を赤くしながら言い、僕の頭を撫でてくれた。
「ありがとう」
「梨歌ちゃんが撫でてたのが羨ましかった訳ではないですからね」
「……」
「ないからね」
僕がジト目で見つめたら、芽衣莉ちゃんが言い直してくれた。
「篠崎さんの拗ねた顔が見れるのなら、あえて敬語にするのもいいかも」
「いじけるよ」
「それはそれで」
僕と芽衣莉ちゃんは二人で笑いあった。
こんな些細なやり取りが楽しい。
これがみんなの言う好──。
「いいところを邪魔します、お兄ちゃん助けて」
何かに気づけそうになったところで、悠莉歌ちゃんが涙目になりながら僕に抱きついてきた。
「どうしたの?」
「二人の姉に泣かされた。ゆりかが可愛いからって、色んなところ触って、脱がせて……、もうお嫁に行けないからお兄ちゃんが貰って」
深刻かと思ったけど、まだ余裕はあるようだ。
「でも、ちょっとお説教しなきゃかな?」
「やって。めいりお姉ちゃんはゆりかが守るから」
そう言って悠莉歌ちゃんは顔を真っ赤にした芽衣莉ちゃんに抱きついた。
「うん」
僕が返事をして、ロフトから下りようと下を覗いたら、二人が上がって来ていた。
「目が怖い」
芽衣莉ちゃんとの話し合いが終わったと思ったら、今度は目を血走らせた梨歌ちゃんと鏡莉ちゃん。
「行ったり来たりでしかもどんどんハードル上がってない?」
大変だけど、なんだか楽しんでいる自分がいる。
これからも毎日こんな楽しい日々が続いて欲しいので、目の前の怖いお姉さん達の相手をする。
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