第31話 野次馬達

「ただいま」


「なっ……篠崎さんがただいまって言うと、なんか嬉しくなりますね」


 僕がジト目を送ると、芽衣莉ちゃんはあからさまにそっぽを向いた。


 公園からの帰り道で芽衣莉ちゃんから一つ提案を受けた。


「二人の時は昔みたいに呼び合いませんか?」と。


 断る理由もないので了承したら、とても可愛い芽衣莉ちゃんを見ることができた。


 他の人には見せたくないので呼び方には気をつける。


「自分で言ったんだからね」


「わかってます。だから言いそうになったら、ハグかキスで止めてください」


「そんなこと言うのはこの可愛いお口かー」


 恥ずかしさを誤魔化す為に、芽衣莉ちゃんのほっぺをふにふにしたが、これはこれで駄目な気がした。


「終わりですか?」


「うん。恥ずかしいのと、みんなが出てこないことが少し気になった」


 いつもなら、僕が来たら誰かしら(主に梨歌ちゃんか鏡莉ちゃん)がお出迎えしてくれる。


 特に芽衣莉ちゃんとお出かけ(買い物)をして帰って来た時は確実に誰か来る。


 なのに今日はそれがない。


「疲れてるのかな?」


「家で何かしてたんですかね?」


「あぁ、まぁいっか。手洗いうがいして行こ」


 頷いた芽衣莉ちゃんと手洗いうがいを済ませて、みんなの居る部屋に向かった。


 するとそこには……。


「なんでそんなに息を切らしてるんですか?」


「は、話しかけないで。ま、じで辛い」


「少し運動しないだけで衰えた。なっつんとプロレスごっこして体力つけないと」


「ゆりかは結構よゆ、こほっ」


 梨歌ちゃん達はみんな息を切らして、

 お互いに支えるように座っている。


「別にゆっくり帰って来れば良かったのに」


「いい雰囲気すぎて出遅れたんだよ」


「ほんとにね。あの人のことなんか頭の隅にも残らないぐらいにいい雰囲気だった」


「お兄ちゃんグッジョブ」


 もう既に隠す気はなくなったようだけど、みんなは僕と芽衣莉ちゃんの後をつけていた。


 そして帰りは僕と芽衣莉ちゃんに気づかれないように走って帰ったせいで疲れているようだ。


「いやぁめいめい可愛かった。ここでも遠慮なくやっていいからね」


「やらないから、ばか!」


 芽衣莉ちゃんは顔を真っ赤にしてロフトに上がって行った。


「ゆりかの場所だったのに、最近はめいりお姉ちゃんに独占されてる気がする」


「あんたが勝手に使ってただけでしょ。寝る時は寂しがって下で寝てるくせに」


「上にお布団四枚は入らないんだもん」


「一人で寝る選択肢は最初からないと?」


「お布団運ぶのも大変だし、お姉ちゃん達と一緒に居たいから」


 悠莉歌ちゃんが滅多に見せない年相応な笑顔になった。


「悠莉歌ってずるいんだよね」


「ゆりは狙ってんのか素なのかよくわかんないんだよ」


「素だよ?」


「狙ってんのね。別にいいけど」


 言葉は少し冷たいが、梨歌ちゃんはとても嬉しそうだ。


「それはそうと、なっつん」


「なに?」


「あの人と話してみてどうだった?」


「話せなかった」


 正確には話を聞いて貰えなかった。


 何故か僕が悪いみたいな言い方で聞く耳もなかった。


「言い返しただけでなっつんはすごいけど、やっぱり言葉は通じないか」


「だから言ったでしょ。あれに言葉は理解できないんだから」


 言い方は酷いけど、僕も同意見だ。


 正直話を聞いて貰えるとは思えなかった。


 これを言ったら梨歌ちゃんに嫌われるだろうけど、ほんとの初対面の時の梨歌ちゃんみたいだった。


「篠崎さん、今最低なこと思いました?」


「何したら許してくれる?」


「絶対に許さないって言ったらどうします?」


「勝手に寂しくなって、勝手に謝って、勝手に泣くかな?」


 許さないと言ってる相手になにをしても怒らせるだけだから、とりあえず勝手にやって自己満足をして……。


「最低でごめんなさい」


「いや、本気で謝らないでよ。許したから、ね」


 梨歌ちゃんが僕の頭を撫でてくれた。


「優しい梨歌ちゃん大好き」


「くっ」


 僕が笑いかけたら梨歌ちゃんが胸を押さえだした。


(最低な僕が笑っちゃ駄目か……)


「穢れた心の梨歌が浄化されてる」


「うるさい。それと勘違いだから悲しむな」


 梨歌ちゃんが僕にデコピンをしながらそう言った。


「怒ってない?」


「怒ってないよ。ちょっと実験していい?」


「え、うん」


「じゃあ鏡莉に好きって言ってみて」


(なんの実験?)


「どうしたの梨歌。お小遣いでも欲しいの? あいにくとあげられる程余裕ないよ?」


「違うから。ほんとにただの実験」


 よくはわからないけど、梨歌ちゃんが真面目に言っているのでやってみる。


「鏡莉ちゃん、好き」


「私もー」


 鏡莉ちゃんはそう言って僕に抱きついてきた。


「ふむふむ。次は悠莉歌に」


「余韻は?」


「鏡莉邪魔」


 鏡莉ちゃんは梨歌ちゃんによって離された。


「悠莉歌ちゃん、好き」


「ゆりかも好きだよ」


「なるほどなるほど」


「これなに?」


「りかお姉ちゃんは『大好き』って言われたけど、ゆりか達は『好き』って言われたから優越感に浸りたいんだよ」


 特に気にしてはいなかったけど、別に比べた訳ではないからみんな大好きなんだけど。


「普通に違うから。鏡莉も悠莉歌もわかってて調子に乗ってるだけだから」


「それでなんなの?」


「篠崎さんって、芽衣莉に好きって言えない?」


「なんでわかったの?」


 一回目のキス以来、芽衣莉ちゃんに『好き』と言えなくなった。


 それが言えるようになってきたかなと思っていたら、今日も言えなかった。


「なんでって、篠崎さんよりわかりやすいのが上から覗いてるから」


 梨歌ちゃんがロフトを指さしながらそう言ったので、ロフトを見ると、芽衣莉ちゃんが頬を膨らませながら僕をジト目で睨んでいた。


「芽衣莉ちゃん、あぶな──」


 言い終わる途中で芽衣莉ちゃんは戻って行ってしまった。


「芽衣莉のこと意識してるのはわかるけど、たまには好きって言ってあげないとめんどくさいことになるよ」


「めいめいとしては言われたいけど、意識されてるのはわかるから、それはそれで嬉しい気持ちでどうしたらいいかわからないだろうね」


「恋する乙女はめんどくさい」


 悠莉歌ちゃんはいつも通り辛辣だけど、みんなの言いたいことはわかる。


「なんで言えないんだろ」


「それは、ねぇ」


「ねー」


「お兄ちゃんがめい──」


 梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんが意味ありげな顔をしていたと思ったら、悠莉歌ちゃんの口を同時に塞いだ。


「余計なことは言わなくていいの。傍観の方がたのし……、二人のペースがあるでしょ」


「梨歌の言う通りだよ。こんな面白いおも……、仲良しな二人がぎこちない関係になったら嫌でしょ?」


 梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんが焦りながら言う。


 そんな二人を悠莉歌ちゃんが呆れたように見ている。


「お姉ちゃん達が最低なだけでは?」


 悠莉歌ちゃんが二人の手をどけてジト目を向けながらそう言う。


「だって学校では男子が近寄って来るだけで無になるか、私のところに来てたあの芽衣莉がって思うと構いたいじゃん?」


「そうそう。めいめいの初めてがやっと成就するんだから、応援したいんだよ」


「これが野次馬根性。余計なお世話は嫌われるよ」


 なんだかわがままを言う妹を叱るお姉ちゃんの図みたいだ。


 もちろんお姉ちゃんは悠莉歌ちゃんで。


「そういえばお兄ちゃんってるかお姉ちゃんには好きって言えるの?」


「え、わかんない」


 前は言えたけど、今は言えなくなっている可能性もある。


「じゃあ今日るか姉が帰って来たら言おう」


「玄関開けたら『好き』でお出迎えしよ」


「なんでそんなに楽しそうなの?」


 二人のテンションが高すぎて置いてきぼり感がある。


「お姉ちゃん達は無視していいから。お兄ちゃんはとりあえずめいりお姉ちゃんのご機嫌取りをしてきたら?」


 そう言われてロフトを見れば、また芽衣莉ちゃんがジト目で睨んでいた。


「行ってくるね」


「行ってらっしゃい。野次馬達はゆりかが止めておくから」


 そう言って悠莉歌ちゃんは梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんの方を向いた。


 そして走り出し二人に抱きついた。


「ゆりかも、お姉ちゃん達が大好きだよ?」


「あ、普通に可愛い」


「なに、なにが欲しいの? 月?」


 悠莉歌ちゃんの決死の引き止めを無駄にしないように、僕は芽衣莉ちゃんの居るロフトに上って行った。

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