第12話 靴のサイズ
「しっのざっきさん♪」
「どうしたの?」
洗い物をしていたら、とても嬉しそうな梨歌ちゃんがやってきた。
ちなみに芽衣莉ちゃんは悠莉歌ちゃんに捕まっている。
「ファーストキスってどんな味だった?」
「それは梨歌ちゃんの初めてまで取ってもいた方がいいんじゃない?」
「私は私で、篠崎さんは篠崎さんだよ。芽衣莉の味はどうだった?」
聞かれるのはわかっていたから逃げるように洗い物をしに来たのだけど、結局捕まった。
正直、この手の話は苦手だ。
「篠崎さん無視だ。じゃあ質問変えるね、嬉しかったのはほんと?」
「むしろ芽衣莉ちゃんからされて嬉しくないって言う人いるの?」
芽衣莉ちゃんのように可愛い子からキスされて、嬉しく思わないのは正常な男なのか疑うレベルだ。
「まぁ芽衣莉は可愛いよ。でもキスってなると話は変わ……らないのか、男って」
「うん。かわいい女の子からキスをされたら、普通の男の人は喜ぶよ」
「でも篠崎さんはそこまで嬉しそうじゃないよね?」
「梨歌ちゃんがからかってくるからだよ」
目の前でやられたのだから、気になるのはわかる。
だけど、それだからってからかわれたくはない。
「梨歌ちゃんはいいの? 初めてのキスを僕にどんなだったか聞かれても」
「私の初めては篠崎さんにあげる予定だからいいよ」
梨歌ちゃんが頬を少し赤くしながら言った。
「……ありがと」
「あ、信じてない」
「だって梨歌ちゃんは男の人嫌いでしょ?」
「……なんでそう思うの?」
「最初の僕への対応とか、ところどころで男の人に嫌悪的な事言ってるから」
別に確信を持って言ってる訳でもない。
僕への対応は、みんなを守る為の事だろうし、男の人に偏見を持ってる人は沢山いる。
要するにただの話題変換だ。
「……嫌いだよ。正直、男がって言うよりは、みんな嫌い」
梨歌ちゃんのその言葉にはなにか、気持ちが乗っていた。
「ねぇ、梨歌ちゃん」
「なに?」
「宇野さんのお昼届けに行こ」
ちょうど洗い物が終わったので、そろそろ宇野さんのお昼を届けに行かなくてはいけない。
「デートってこと?」
「デートの定義がわからないけど、多分そう」
「……芽衣莉じゃなくていいの?」
「芽衣莉ちゃんでもいいけど、梨歌ちゃんは嫌?」
梨歌ちゃんを誘った理由は、言ってしまえば無い。
ただ、少し暗い表情をしていたのが気になったと言えば気になった。
「嫌なら芽衣莉ちゃんか悠莉歌ちゃんと一緒に行くけど」
「……いいよ、行く。そもそも芽衣莉も悠莉歌も姉さんのバイト先行ったことないし」
「そうなの?」
「うん。姉さんそういうの言わない人だから」
それはなんとなく想像ができる。
宇野さんはあんまり人に情報を与えない傾向にある。
学校ではそのせいで、ありもしない噂で宇野さん像が形成されている。
それに、こっちは心配させたくないからなのか、隠し事が多い。
家庭の事情だから仕方ないとはいえ、僕に何も教えないし、大変な事もみんなには言わずに自分一人でなんとかしようとする。
「ミステリアスな女ってやつ?」
「姉さんのは考えすぎな女かな」
「心配性だもんね」
今頃くしゃみでもしてるんじゃないかというぐらいに、言いたい放題言っている。
「篠崎さんもだよね」
「それを言うなら梨歌ちゃんもでしょ?」
「私は別に……」
「まぁ結局みんなそうだよね」
宇野姉妹はみんながみんなを心配している。
仲良し姉妹で仲良し家族だ。
「ちょっと羨ましい」
「隣の芝は青く見えるじゃない?」
「そうかもね」
梨歌ちゃん達だって僕が見てるのが全部ではない。
宇野さんには言えない事があると言われているし、それを考えたら勝手な事は言えない。
「てか、姉さんの休憩の時間もあるから早く行かなきゃ」
「うん。靴は芽衣莉ちゃんの借りる?」
梨歌ちゃんの靴は今、宇野さんが履いて行っている。
「それしかないね。あんまり履きたくないんだけど」
「なんで?」
「芽衣莉の事を嫌いになりそうになるから」
「え?」
梨歌ちゃんがため息をついた。
「篠崎さんはまだわからなくて大丈夫な事だよ。姉さんも少し気にしてるから、芽衣莉のじゃなくて私のを履いてったんだろうし」
「仲良し?」
「……」
梨歌ちゃんが真顔で僕の方を見た。
「ちょっと悲しくなる」
「ち、違うの。言い方が可愛くて。嫌いってのは言葉のあやだから。負けた気分になって悲しくなるだけ」
「ほんとに?」
「うん、ほんと」
梨歌ちゃんが頷きながら答える。
「なら良かった。仲良しなみんなを見てるの好きだから」
「聞いてなかったけど、芽衣莉の事は個人的にはどう思ってるの?」
「もちろん大好きだよ。でもよくわからない」
芽衣莉ちゃんの事は大好きだけど、恋愛感情なのかはわからない。
そういうのを考えた事もなかったから。
「まぁ好きならいっか。最終的にどっちを選んでも私としてはいいし」
「なにが?」
「いいの。それより問題児達のとこ行こ」
梨歌ちゃんはそう言って、芽衣莉ちゃんと悠莉歌ちゃんの居る部屋を指さした。
問題児と言われているが、確かに今現在、問題行動を行っているから否定ができなかった。
「お兄ちゃん、たすけ──」
「駄目だよ悠莉歌ちゃん、篠崎さんに助けを求めたら。先にちょっかいかけてきたのは悠莉歌ちゃんなんだから、自分でなんとかしないとですよ」
僕と梨歌ちゃんは問題行動を前に言葉を失う。
問題行動とは、芽衣莉ちゃんが悠莉歌ちゃんに覆いかぶさりながら、足やら何やらを絡ませながら、悠莉歌ちゃんの頬をうっとりした顔で眺めている。
どちらも顔は赤い。
「篠崎さん。感想は?」
「仲良しさんだね」
「思考停止でもないんだろうなぁ……」
「僕達、宇野さんのところに行ってくるから仲良し続けて待っててね」
僕は正座をして、二人にそう言った。
「ゆりかを見捨てるの?」
「悠莉歌ちゃんは少し罰を受けないと。芽衣莉ちゃんをいじめてた分ぐらいは」
「……自業自得なのがわかるから何も言えない」
「でも、芽衣莉ちゃんに抱きつかれるのはご褒美?」
「それを思えるのはお兄ちゃんだけだよ!」
「絶対に僕だけじゃないよ」
芽衣莉ちゃんの過剰なスキンシップは嫌いじゃない。
悠莉歌ちゃんや梨歌ちゃんからしたら嫌なのかもしれないけど、可愛い子にだきつかれて嫌な気持ちになる人はそうそういない。
「芽衣莉ちゃんも程々にしてね」
「……はい」
芽衣莉ちゃんがとても弱々しい声で返す。
「悠莉歌ちゃん、もっと激しくしますね」
「お兄ちゃんと話すのが恥ずかしいからって、ゆりかに当たら──」
「行こっか」
「うん。梨歌、靴借りるね」
なんだか見ていたら駄目な感じになってきたので、僕と梨歌ちゃんはその場を後にした。
「帰って来たら悠莉歌を甘やかしてあげて」
「うん。見捨てちゃったから、悠莉歌ちゃんの満足いくまで甘えて貰いたいな」
見捨てた事実があるから、もう構ってくれない可能性もあるけど、もしもまだ甘えてくれるのなら、全てを受け入れる。
「芽衣莉ちゃんのアフターケアもしないと」
「そっちはいいよ。悠莉歌に自業自得って言ってるんだから、あれも自業自得だし」
「芽衣莉ちゃんのは、悠莉歌ちゃんが梨歌ちゃんみたいにからかったからでしょ?」
芽衣莉ちゃんのビーストモードは、悠莉歌ちゃんが引き金を引いたはずだ。
だからあれは自業自得ではないと思う。
「実は私の事も恨んでる?」
「ううん。梨歌ちゃんは芽衣莉ちゃんが心配だったんでしょ?」
「少しね。篠崎さんが芽衣莉とキスしても何も感じないとかだと可哀想だなって」
何も感じないなんて事はできない。
僕だって男なのだから、梨歌ちゃんと話していた時は落ち着いていたけど、キスされた後はドキドキが止まらなく、身体も熱かった。
「あれは初めての感覚だったよ。すぐに落ち着けたのは芽衣莉ちゃんが僕以上にドキドキしてくれたからかな?」
「それとお邪魔虫が二人居たからかな?」
誰とは言わないけど、多分それもある。
あの時の二人の視線はとても気になった。
「まぁ、芽衣莉の事をちゃんと考えてくれるならいいや。……嫌な気持ちになった」
梨歌ちゃんが芽衣莉ちゃんの靴を頑張って履くと、履けたのと同時に顔をしかめた。
「どうして?」
「……靴がね、小さいの」
「それは駄目な事なの?」
「別にそれだけならいいの。ただね、篠崎さんは気づいてないんだろうけど……、えいっ」
梨歌ちゃんがいきなり抱きついてきた。
そして「どう?」と聞いてきたけど、なんの事かわからなかった。
そうしたら梨歌ちゃんが「わかんないならいいよ」と、少しだけ嬉しそうに言った。
僕はわからないまま玄関の扉を開いた。
そしてその際に「篠崎さんは大きいのと小さいのどっちも好きなのかな?」と梨歌ちゃんが呟いたのが聞こえた。
それを聞いた僕は考えた「靴のサイズに好き嫌いはあるのかな?」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます