第11話 ビーストモード

「悠莉歌ちゃん、あーん」


「あーん」


 朝ごはんの準備を一人で終えて、今はみんなで朝ごはんを食べている。


「美味しい?」


「うん。お兄ちゃんに食べさせて貰ってるのもあって、とってもおいしい」


「良かった。もっと食べてね」


 そう言って僕は悠莉歌ちゃんの口元にご飯を運ぶ。


「芽衣莉も悠莉歌ぐらい甘えたら?」


「無理です……。私が甘えたら、自分を抑えられなくなるので」


「なら、悠莉歌を羨ましそうに見るのやめたら?」


「だって、甘えたくない訳ではないので」


「芽衣莉って結局、篠崎さんとどうなりたいの?」


 悠莉歌ちゃんにご飯を食べさせる事に集中して、聞かないようにしていたが、やはり聞こえてしまう。


 芽衣莉ちゃんも梨歌ちゃんも普通に話しているから僕が聞いてもいいのだろうけど、なんだか素直に聞けない。


「お兄ちゃんは、誰が一番好き?」


「みんなの中で?」


「うん。ゆりか?」


 ここは悠莉歌ちゃんと言うのが一番いい逃げの一手なんだろうけど、少し考えてみる。


「お兄ちゃんが本気にしちゃった。どうしよ」


「こっちも真剣に考えだしちゃったから、そっちはそっちで対処して」


「りかお姉ちゃんのいじわる」


「自業自得でしょ」


 悠莉歌ちゃんと梨歌ちゃんの会話を聞きながら芽衣莉ちゃんを見たら、確かに難しそうな顔で何かを考えていた。


「あ……」


 僕が見ていたら、芽衣莉ちゃんも僕の方を見て、少し顔を赤くして俯いた。


「めいりお姉ちゃん、乙女」


「ただの人見知りの可能性もあるけどね」


「りかお姉ちゃんは何もわかってないよ。めいりお姉ちゃんは人見知りしてる時は人の目を見ようともしないもん」


「つまり?」


「意識してるけど、みんなの前だとちょっと恥ずかしい。それにるかお姉ちゃんに譲る発言した手前、自分の気持ちは言えないって感じ?」


「納得」


 悠莉歌ちゃんと梨歌ちゃんの会話に、芽衣莉ちゃんが耳まで真っ赤にして、うずくまった。


「めいりお姉ちゃんは今の状態だと、モテそうだよね」


「あぁ、男ってこういうオドオドしてる女子好きだからね。勝手に『守ってあげたい』とか思って」


「押せばなんとかなるとか思われるタイプだよね。めいりお姉ちゃんはそんなのに渡さない」


「本性見たら引かれて破局だろうけど」


 梨歌ちゃんの言葉に引っかかりを持つ。


 というか、ずっと思っていた事がある。


「そんなに芽衣莉ちゃんって変なの? 誰だって表と裏ってあるじゃん。それが芽衣莉ちゃんは差が大きいってだけだよね?」


 人見知りと欲望に忠実な姿。


 見てると確かに対局のようだけど、それを言ったら僕なんて何になるのか。


「梨歌ちゃんだって、本心はみんなが大好きだけど、それを隠してるし。悠莉歌ちゃんだって年相応なのと、相応じゃない時があるよ? それは変じゃないの?」


 これは単純な疑問だ。


 芽衣莉ちゃんのなにがそんなに変なのか。


「りかお姉ちゃんのばか」


「なんで私なの?」


「お兄ちゃんが腫れ物扱い嫌いなのわかるでしょ」


「だから急に芽衣莉を庇ったのね」


 僕と梨歌ちゃんをちらちら見ながら怯えている悠莉歌ちゃんと、それには気づかない梨歌ちゃんが話している。


「ねぇ、答えてよ。芽衣莉ちゃんのどこが変なの?」


「……ごめんなさい」


 梨歌ちゃんがいきなり土下座で謝ってきた。


「なんで謝るの? 僕は芽衣莉ちゃんのどこが変なのか聞いてるだけだよ?」


「お、お兄ちゃん。ゆりかとりかお姉ちゃんは、別にめいりお姉ちゃんを変だなんて言ってないよ。ただ、……ただぁ」


 悠莉歌ちゃんが言葉を探しながら土下座した。


「だからなんで謝るの?」


「お兄ちゃんに嫌われたら、ゆりかは寂しいです。なので、ゆりかは謝ります」


 悠莉歌ちゃんの敬語を初めて聞いた。


 本当にこの子は幼稚園児なのか疑問に思えてくる。


「梨歌ちゃん、悠莉歌ちゃん」


 芽衣莉ちゃんがおそるおそるといった感じで、二人に声をかけた。


 すると二人は芽衣莉ちゃんの方に向かって土下座をした。


「や、やめてくださいよ。し、篠崎さんも別に怒ってる訳じゃないですよ? ただ、篠崎さんの中では、私のアレを私の一部だと思ってくれてるから、気になるだけだと思うんです」


「つまり、篠崎さんの中だと、芽衣莉のアレは芽衣莉の中の一つだから、特別扱いの意味がわからないって事?」


「多分……。そう、ですよね?」


 芽衣莉ちゃんが目をキョロキョロさせながら聞いてきた。


「うん。芽衣莉ちゃんは芽衣莉ちゃんなのに、なんで色々言われてるのかなって」


「お兄ちゃんだってわかってるでしょ? めいりお姉ちゃんのアレって要は普段隠してる裏の顔なの。誰だって裏の顔を見たら話すでしょ?」


 それなら少し納得できる。


 きっとみんなに僕の家での姿を見られたら、同じ反応……最悪、嫌われる可能性もある。


「お兄ちゃんだって、めいりお姉ちゃんのアレは外でやったらまずいのがわかったから急いで帰って来たんでしょ?」


「うん。芽衣莉ちゃん、記憶残るみたいだから、家の中でやって朝みたくなるなら、外でやっちゃったら二度と外に出られなくなるかもしれなかったから」


 それだけは回避したかった。


「お兄ちゃん、めいりお姉ちゃんの事大好きすぎない?」


「実際大好きだよ?」


「一番?」


「それ、考えたけど、よくわかんない。みんなの事大好きだから」


 もっと正確に言うなら、一番を決められる程みんなと一緒に居ないから決められない。


 まだみんなの事を少ししか知れていないので、一番とかはわからない。


「つまり、私が一番になれる可能性は残ってるんですね」


 芽衣莉ちゃんが頬を赤くしながら僕の隣に四つん這いになって居た。


「めいりお姉ちゃん、ビーストモード」


「今付けたの?」


「うん」


 気がつくと、悠莉歌ちゃんは自分のご飯を持って梨歌ちゃんの隣に行っていた。


「今日のところはめいりお姉ちゃんにその席を譲るよ」


「悠莉歌が絡まれたくないだけでしょ。まぁ私も相手したくないけど」


「二人とも酷い。私はただ、篠崎さんになんでも言う事を聞いて貰えるのを思い出して、叶えて貰おうと思っただけですよ」


 そういえば、芽衣莉ちゃんがビーストモード? を抑えてくれたら、なんでも言う事を聞くと約束していた。


「僕は何すればいいの?」


「これからする事を流歌さんに黙っていてください」


「それだけでいいの? それぐらいなら権利使わなくてもやるよ?」


「篠崎さんはそもそも大抵の事は頼めばやってくれますからいいです」


 否定はしない。


 確かに芽衣莉ちゃん達に何か頼まれたら断る事はしないだろう。


 自宅ではそもそも断るなんて選択肢はなかったから、それもあるのだろうけど、単純に芽衣莉ちゃん達の頼み事ならなんでも叶えたい。


「だからそんな篠崎さんの優しさにつけ込みますね」


「うん。なんでもいいよ」


 実際になんでもいいと言う人は多分、相手がそんなにすごい事をしないと思っているからなんでもと言えるのだと思う。


 僕もそうだった。


 言われたら叶えるつもりではいるが、「ここには二度と来ないでください」みたいな事は言わないと信じてなんでもと言った。


 だから少し驚いている。


「ちょっ、芽衣莉!」


「めいりお姉ちゃんが……」


 どうやら梨歌ちゃんと悠莉歌ちゃんも驚いているようだ。


 何せ、僕は今、芽衣莉ちゃんにキスをされている。


 頬とかではなく、唇同士で。


「……しちゃった」


 芽衣莉ちゃんが右手を口元に当てながらそう言う。


 心なしか、少し震えている。


「私の初めて、篠崎さんに奪われちゃいました」


「奪ったのは芽衣莉ちゃんでは?」


「私のも初めてだからいいんですよ」


 芽衣莉ちゃんが深呼吸をしてから近づいてくる。


「どうでした?」


「なんだかポカポカする」


「顔真っ赤ですもん」


 芽衣莉ちゃんがそう言って僕に抱きついてきた。


「心臓、ドキドキしてますよ」


「するよ」


 僕の心臓はドキドキ言っている。


 芽衣莉ちゃんに抱きつかれたら、とても速くなった。


「篠崎さん、嬉しそうではないですね。やっぱり嫌でしたよね……」


 芽衣莉ちゃんが悲しそうな顔をした。


「嫌じゃないよ。ただ、芽衣莉ちゃんは無理とかしてない?」


「え?」


「今って、ビーストモード? じゃないよね」


「……違いますよ。今はビーストモードです」


 芽衣莉ちゃんがあからさまに視線を逸らした。


 僕はそれで察した。


(言わない方が良かったやつだ)


「うん、そっか。ごめん。ありがと」


 僕はそう言って顔を僕の胸にうずめる芽衣莉ちゃんを抱き返し、背中を撫でた。


「……嬉しかったですか?」


「うん。一生忘れられない思い出だよ」


「良かったです。流歌さんには内緒ですからね」


「うん。喋らないよ」


(でも多分……)


 芽衣莉ちゃんは見えていないから気づいていないだろうけど、二つの嫌な視線が僕達を見ていた。


 後でちゃんと話す予定だ。


 きっとわかってくれる……はずだから。


 そんな事を考えながら、すごい速さの心臓の音を落ち着かせる為に、芽衣莉ちゃんの背中を優しく撫で続けた。

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