第10話 油断ならない買い物
「宇野さんっていつもどこに買い物行ってるか知ってる?」
家族会議が終わり、僕と芽衣莉ちゃんは一緒に外に出た。
僕の家も近いので、ここら辺のスーパーなどは知ってはいるけど、宇野さんが普段使っている場所を聞き忘れた。
「すいません。流歌さんはいつもエコバッグを使っているのでわからないです。一緒に行く事もなかったですから……」
「学校帰りに寄ってたって事だよね。昨日も行く予定だったみたいだし」
それなら学校近くのスーパーの可能性が高い。
「という訳で着いた」
「そうですね?」
「気にしないで。ちょっと遠いから初めて来る」
僕が普段使っているスーパーは家のすぐ近くにあるやつなので、ここは初めてだ。
時間的にちょうど開店したようで、家族会議をして貰ってちょうど良かった。
とりあえず中に入り、買い物かごを持って眺めていく。
「そういえば買い物リストみたいなのって貰ってる?」
「流歌さんが『篠崎さんに任せる』と」
「四人分? 五人分?」
昨日、宇野さん達は五姉妹だと聞いたので、一週間の何人分買えばいいのかわからない。
そもそも昨日はどうしたのかもわからない。
「四人分ですね。あの子は外で食べてくるので」
「鏡莉ちゃんってどんな子なの?」
「そうですね。一言で言うなら、あざとい子ですかね」
「あざとい?」
確か悠莉歌ちゃんも昨日そう言っていた。
言葉自体は聞いた事はあるけど、あまり使わないから詳しい意味がわからない。
要は可愛いを演じてるみたいな感じだと予想する。
「悪い子ではないんですけど、警戒心が梨歌ちゃんより強い子ですかね」
「それはすごい」
(梨歌ちゃんにだって追い出されそうになったのに、それ以上なんて、出入り禁止になっても……)
そこまで考えて昨日の事を思い出した。
「そういえば、昨日出てすぐに女の子に話しかけられたけど、あれが鏡莉ちゃん?」
「どんな感じでした?」
「マスクと眼鏡をしてて、かわいかった」
あの子が鏡莉ちゃんなら、可愛い事に納得する。
何せ宇野姉妹はみんな可愛いから。
「マスクと眼鏡をしてたなら鏡莉ですね。……かわいかったんですか?」
「うん。みんなかわいいよね」
芽衣莉ちゃんがジト目からぱっと目を見開いて頬を赤く染めた。
「きょ、鏡莉は何か言ってました?」
「僕に何してたのかって」
今にして思えば、僕になにをしてたのか聞いてる時点で、宇野さんの知り合いなのがわかったはずだ。
普通なら家の住人だと思うはずだから。
「それでなんと答えたんですか?」
「友達の看病って」
「……なるほど」
芽衣莉ちゃんが少し怒ったように見える。
「どうしたの?」
「いえ、流歌さんに何かあったのを知ってて何もしなかったのに少し怒ってるだけです」
「何も? でも、一緒に暮らしてるんじゃないの?」
芽衣莉ちゃんは今初めて聞いたみたいな事を言っているが、鏡莉ちゃんはあの後、家に入ったはずだ。
それなら今の発言は少しおかしい。
「少し特殊なんです。うちの隣も『宇野』なのを見ましたか?」
「うん。最初はそっちにピンポンしたから」
あれはたまたま同じ名字の人が隣に住んでるものだと思っていたけど、そうでもないらしい。
「鏡莉は隣に一人で住んでるんです。理由は流歌さんと鏡莉が居るところで話すと思うので、聞かないでくれると助かります」
「うん、そういうのは全部、宇野さんの話したい時に話すって約束だもん」
確かに少し気にはなるけど、約束は守らないといけない。
「ところで篠崎さん」
「なに?」
「さっきから適当に入れてます?」
「適当じゃないよ?」
僕は話しながら買い物かごに食材を入れていた。
今は野菜売り場に居るので、安い野菜を入れている。
「野菜は沢山必要だからね。特にきのこはいいよね。後、キャベツとか大根とか白菜とかが安いと嬉しい」
安い上に量が多くてとても助かる。
「もやしなんて最高だよね。使い勝手もよくて、常に安いから」
「素人が適当な事を言ってすいません」
「え? いや、教えるのが僕の仕事だからいいんだよ?」
僕の仕事は、みんなに家事を教える事。
だからなにをしているのか聞いてくれるのはむしろ嬉しい。
「どんどん聞いてね。わかる事なら教えるから」
「じゃあもう一つだけ。なにを作る予定なんですか?」
「これってものは決めてないよ? 僕の場合はとりあえず安いものを買って、冷蔵庫の中で作るものを決めてるから」
たまに「これ作りたい」っていうものもあるけど、作るのに時間はかけられないし、何より苦労して作ったところで僕が食べれるかもわからない。
あの人はなにを作っても味なんてわからないから、凝るだけ無駄なのだ。
だから僕はありあわせのもので適当に作る。
「篠崎さん?」
「あ、ごめん。まぁ野菜があれば煮物の作り置きもできるからいいよね。余ったらカレーにもできるし」
煮物は最強だ。
作り置きもできてアレンジもできる。
あんないいものはめったにない。
「なるほどです。でも煮物って味付けが難しいって聞きますよ?」
「それは本格的おいしく作ろうと思ったらだよ。家庭の味ならその家で結構変わるし、その家の味付けがあるから『このぐらいだ』って感じで適当にできるよ」
「お料理って適当でいいんですか?」
「最初はちゃんとやった方がいいよ。だけど慣れてくると量るのとかめんどくさくなって、目分量になるんだよ。それでも普通に食べる分にはおいしいから適当でもいいんじゃない?」
確かにレシピ通りに量った方が美味しいのだろうけど、常日頃から料理をするなら、毎回量るのはめんどくさい。
だから慣れたらいちいち量る必要性を感じない。
「几帳面な人はやるかもね」
「そういうものなんですか?」
「うん。後は大切な人に食べさせたい時とかはちゃんとやるんじゃないかな」
それこそ商売なんかならちゃんと量っているし、付き合って初めて手料理を振る舞うとかの時はちゃんとするかもしれない。
知らないけど。
「大切な人……」
芽衣莉ちゃんが僕の方をちらっと見て、すぐに顔を赤くして逸らした。
「あ、昨日のは確かに目分量で作ったけど、芽衣莉ちゃん達が大切じゃないとかじゃないからね」
「わ、わかってますよ。そういう視線ではなくてですね……なんでもないです」
芽衣莉ちゃんが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「危ないよ」
「ひゃっ」
下を向いていたら危ないので、かごを持っていない右手で芽衣莉ちゃんの左手を握ったら、芽衣莉ちゃんを驚かせてしまった。
「ごめん。でも前は向いてね」
そう言って手を離そうとしたら、芽衣莉ちゃんに手をぎゅっと握られた。
「あ、あの。また下を向いてしまうかもしれないので、こ、このままでいいでしょうか?」
「いいよ。こっちの方がいいしね」
(芽衣莉ちゃんに取って貰えば質問もしやすいもんね)
それにどれが安いのかとか、どういうのを選んだらいいのかもわかりやすい。
そんな事を考えていたら、芽衣莉ちゃんが耳まで真っ赤になっていた。
「わ、私と手を繋いだ方がいいって事ですよね。それはつまり、そういう事ですか? い、いや、篠崎さんの事です。そんな訳……でも──」
結局芽衣莉ちゃんは俯いてしまった。
僕は芽衣莉ちゃんの手を引きながら売り場を回る。
「お肉はやっぱり高いよね。四人分がどれぐらいなのかもわからないから野菜は沢山買ったけど、お肉も買わないとバランス取れないよね」
野菜を買いすぎてそろそろ腕が疲れてきた。
ちなみに魚を買う選択肢はない。
なぜなら肉よりも高いから。
安いのも確かにあるけど、調理のしやすさを考えたら魚よりは肉の方がいい。
「予算は決まってるから、その中でって考えると、買えるお肉はどっちかかな」
安い肉と言えば豚こまか鶏胸肉だ。
「悩ましい。芽衣莉ちゃんはどっちが好きとかある?」
少しだけ回復した芽衣莉に判断を仰ぐ。
「お肉なんて久しく食べてないのでわからないです。すいません」
「タンパク質を普段は何で取ってるの?」
「卵じゃないですか?」
「なんて高級品を」
確かに少し前までは安かったから買っていたけど、高くなってからは食べていない。
「でもお肉一パックと同じ値段だと思えば安いのかな? でもなぁ」
どうしても前の値段が頭を過ぎって買えない。
「お買い物って色々と考える事があるんですね」
「うん。予算もあるから値段計算もしながらだしね」
「篠崎さんはいいお嫁さんになりそうです。その場合は流歌さんが旦那さん?」
「芽衣莉ちゃん?」
なんだか芽衣莉ちゃんの様子がおかしくなってきた。
「それもありですね。女の子の篠崎さんも見てみたいです」
「芽衣莉ちゃん」
さすがに家の外で昨日のアレになるのは駄目だ。
僕は芽衣莉ちゃんと視線を合わせる。
「篠崎さんのお顔がこんなに近くに。目を閉じたらどうなるんでしょうか……」
「芽衣莉ちゃんの望む事をするよ。ただし、家に帰ったらね」
「な、なんでもですか?」
「うん。だから今はお預けだよ」
これで落ち着いてくれればいいけど、どうやら顔の火照りは収まらないようなので、買い物を早く済ませる事にした。
考える時間が惜しいので、肉はやめて、宇野家のいつも通りで卵を買った。
後は豆腐を買って会計を済ましてスーパーを出た。
早足で帰る途中に学校が見えたので、芽衣莉ちゃんにまだ我慢できるか聞いたら、頷いてくれたので宇野さんの靴を取って家に帰った。
急ぎすぎて誰にも会わなかったから、わざわざ制服で来なくても良かったかもしれない。
そんな事を考えながらも芽衣莉ちゃんが爆発する前にアパートに着いた。
とりあえず買ったものを玄関に置いて芽衣莉ちゃんが落ち着くまで抱きしめた。
少ししたら落ち着いたようなので離して、梨歌ちゃんからの質問攻めを受けながら買ったものを冷蔵庫にしまった。
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