第9話 甘えられないお年頃

「大変な事がわかった」


「来るなり何?」


 家の準備を済ませた僕は、昨日借りた傘を持って宇野さんの家に直行した。


 準備をしている時に気づいた事があるからだ。


「朝ごはんがない」


「知ってるよ。だから姉さんがお金置いてったし」


 机の上にお金が置いてあるのはわかっていた。


 宇野さんは既にアルバイトに行っていていない。


 宇野さんは残ったお粥を食べてから行ったそうだ。


 お粥の洗い物は宇野さんが洗ってくれたようだ。


「篠崎さんは食べてきたの?」


「僕、休みの日は朝ごはん食べないから」


 食べないというよりは食べられない。


 お昼過ぎの一瞬しか家に居られないから。


「じゃあ一緒に食べよ。次いでに姉さんにお昼を持ってかないと」


「そうだね。一緒に食べていいなら一緒させて」


「いいよ。その方が面白そうだし」


 そう言った梨歌ちゃんがニマニマしながらロフトを見た。


「そういえば芽衣莉ちゃんと悠莉歌ちゃんは?」


「空気になりたい芽衣莉を悠莉歌が慰めてる」


「どうゆう事?」


「うーんとね……百聞は一見にしかず」


 梨歌ちゃんはそう言ってロフトを指さした。


「いいの?」


「いいよ」


 梨歌ちゃんが楽しそうに「早く早く」と急かすので、ロフトへの階段を上った。


「芽衣莉ちゃ……」


 顔だけ出して芽衣莉ちゃんを呼ぼうとしたら、体育座りをして、うずくまっている芽衣莉ちゃんが悠莉歌ちゃんに頭を撫でられていた。


「あ、お兄ちゃんだ。りかお姉ちゃん最低」


「え……梨歌ちゃん嫌い」


 芽衣莉ちゃんが一瞬だけ僕を見て、すぐに悠莉歌ちゃんを僕との間に置いた。


「ゆりかを盾にしないでよ」


「芽衣莉ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫だよ。ただの自爆だから」


 悠莉歌ちゃんが「ねー」と言って芽衣莉ちゃんの頭を撫でた。


「何かあったの?」


 僕が帰った後に何かあったのなら第三者の僕になら解決できるかもしれない。


「さすが鈍感さん。ほら、お兄ちゃんは何も気にしてないんだから元気だして」


「無理、一週間は引きずるよ……」


 芽衣莉ちゃんの落ち込み具合に悠莉歌ちゃんがため息をついた。


「お兄ちゃん、ゆりかお腹空いたなー」


「うん。でもその前にお買い物と宇野さんの靴を取りに行かないと」


「つまり誰か連れて行きたいよね?」


 正直付き添いが欲しかった。


 靴を取ってから買い物には行きづらいから、買い物を先に済ませたいけど、それだと靴を持てない。


 だから誰か一緒に来てくれるととても助かる。


「ゆりかは小さいから荷物運びできないし、りかお姉ちゃんはお洗濯担当で、るかお姉ちゃんに靴を履いてかれたから残ってるのは──」


 悠莉歌ちゃんがそう言って芽衣莉ちゃんに笑顔を送った。


「芽衣莉ちゃん、来てくれる?」


「……悠莉歌ちゃんも嫌い」


「ゆりかはめいりお姉ちゃんの事大好きだよ」


 悠莉歌ちゃんはそう言って芽衣莉ちゃんに抱きついた。


「嫌なら大丈夫だよ。僕、頑張るから」


 無理をすればきっと出来ない事はない。


 きっと……。


「めいりお姉ちゃんはお料理担当でしょ?」


「その担当っていつ決まったの?」


「今、ゆりかが決めた」


「じゃあ悠莉歌ちゃんは何担当?」


「ゆりかは和ませ役」


「悠莉歌ちゃんはお掃除担当かな?」


 やはり家事と言ったら、掃除、洗濯、料理だ。


 悠莉歌ちゃんが顔を引き攣らせているけど、見てない事にする。


「悠莉歌ちゃんもやるよね?」


「お兄ちゃんが優しくない」


「悠莉歌ちゃんはお姉ちゃん達に言うだけ言って何もしないの?」


「……します」


 悠莉歌ちゃんが渋々といった顔で受け入れてくれた。


「ゆりかもやるんだからめいりお姉ちゃんもやりなさい!」


「悠莉歌ちゃん、それ逆ギレだよ」


「お姉ちゃんはお兄ちゃんとお買い物デートに行けばいいの!」


「で、デートって……」


 芽衣莉ちゃんがちらちらと僕の方を見てくる。


「ゆりかお腹空いたから早く行って。それまでりかお姉ちゃん食べて紛らわしてるから」


「ねぇ、今変な事が聞こえたんだけど」


 梨歌ちゃんが下から声を掛けてきた。


「芽衣莉ちゃん、一緒に行ってくれる?」


「……多分行くまでこのままですよね。行きます」


 芽衣莉ちゃんが渋々了承して立ち上がった。


「ありがとう」


「い、いえ」


 芽衣莉ちゃんの顔が少し赤くなった。


「熱はないよね?」


「へ、平気です」


「めいりお姉ちゃんは発情期なの」


「悠莉歌ちゃん。そういう事は言いすぎると自分に返ってくるよ」


 昨日は大人びている子ぐらいにしか思わなかったけど、さすがにこれは駄目だと思う。


「悠莉歌ちゃん、ちょっと来て」


「……めいりお姉ちゃん」


「やりすぎだよ」


 怯えている悠莉歌ちゃんに芽衣莉ちゃんが拗ねたように対応する。


 三人で下に下りて、逃げようとした悠莉歌ちゃんを抱っこして捕まえた。


「別に怒る訳じゃないよ?」


「やー、お兄ちゃんに嫌われたらゆりかは引きこもるからね」


「そうしたら無理やり連れ出すから。悠莉歌ちゃんは、お姉ちゃん達が大好きなんだよね?」


「うん。りかお姉ちゃん以外はみんな優しいから」


 梨歌ちゃんが怒ろうとしたのを僕が視線を向けて止める。


「一番梨歌ちゃんが好きなんだね」


「違うもん。りかお姉ちゃんはすぐに怒るから好きじゃないもん」


 悠莉歌ちゃんが梨歌ちゃんとは反対方向を向いて頬を膨らませた。


「一番自分を見てくれるから大好きなんだね」


「……違うもん。悠莉歌は優しくしてくれる人が好きなんだもん」


「それは本当なんだろうけど、優しくされるだけは嫌なんでしょ?」


「……」


 悠莉歌ちゃんは何故か素直になれないようだ。


 自我だけが先に成長してしまったのか、それとも早すぎる反抗期なのかはわからないけど、少し不安になる。


「悠莉歌ちゃんを見てるとあれみたいって思うんだよね」


「どれ?」


「好きな子をいじめる男子ってやつ」


 話には聞いた事はあるけど、実際は見た事がないから、どんなものなのかはわからないけど、興味を引きたいのはわかる。


「構って欲しいなら言っていいんだよ? みんなだって悠莉歌ちゃんの事が大好きなんだから」


「……出来たらしてるもん」


 悠莉歌ちゃんが僕の腕を叩いて「逃げないから下ろして」と言ったのでゆっくり下ろした。


 すると悠莉歌ちゃんが僕に抱きついてきた。


「るかお姉ちゃんを見たでしょ? 倒れるまで自分でなんでもやっちゃうんだよ。それなのにゆりかが甘えるなんて出来ないよ」


「それなら芽衣莉ちゃんも梨歌ちゃんも居るよ」


「めいりお姉ちゃんは優しいけど、なんか義務感みたいに見えて素直に甘えられないの。りかお姉ちゃんはるかお姉ちゃんを心配しすぎてゆりかに構う時間がないの」


「そっか……」


 だから悠莉歌ちゃんはみんなにちょっかいをかけるようにして、息抜きと言うのかわからないけど、肩の力を抜かせているのかもしれない。


 次いでに構って貰えて悠莉歌ちゃんも嬉しいからいい事でしかないと。


「悠莉歌ちゃん、考えすぎじゃない?」


「お兄ちゃんは知らないから……」


「知らないよ。宇野さんが話せるようになるまで聞かない約束したから。だから勝手に心配するの」


 そう言って僕は悠莉歌ちゃんを強く抱きしめた。


「悠莉歌ちゃんはまだお姉ちゃんに甘えていいんだよ。もしも宇野さん達に甘えるのが出来ないなら僕に甘えればいいよ。嫌なら強制はしないけど」


 僕としては悠莉歌ちゃんに甘えられて嫌なんて事はない。


「いいの?」


「いいよ。僕だって悠莉歌ちゃんの事大好きだから」


「甘えるよ、甘え倒すよ。めいりお姉ちゃんとか目にならないぐらいに甘えるよ」


 芽衣莉ちゃんがそんなに甘えていたかわからないけど、むしろ甘えて欲しい。


「いいよ。悠莉歌ちゃんの全部を受け止めるから」


 そう言って悠莉歌ちゃんを優しく包み込む。


「……お姉ちゃん達が惚れちゃう訳だよね」


「芽衣莉ちゃんと梨歌ちゃんって誰か好きな人いるの?」


「うん、るかお姉ちゃんもいるよ。しかも同じひ──」


 悠莉歌ちゃんの口が芽衣莉ちゃんと梨歌ちゃんの手に押さえられた。


 二人は何故か顔を赤くしている。


「ほんとに熱ない?」


「ないから! ちょっと家族会議するから篠崎さんはここに居て」


「耳も塞いでください」


 慌てた様子の梨歌ちゃんと芽衣莉ちゃんに従って、その場で耳を塞いだ。


 目の前では悠莉歌ちゃんが梨歌ちゃんに叱られ、芽衣莉ちゃんにぎゅっと抱きしめられているのが見える。


(やっぱり仲良しだ)


 その証拠に叱られ、抱きしめられてる悠莉歌ちゃんがとってもいい笑顔をしている。

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