第35話 見る目のない人達
「永継君」
「なに?」
僕達はいつも通り、屋上の前の階段でお昼ご飯を食べていた。
そしたら宇野さんが真剣な表情で話しかけてきた。
「明日ってなんの日か知ってる?」
「鏡莉ちゃんの誕生日でしょ?」
明日は十月の三十一日だから鏡莉ちゃんの誕生日だ。
「さすが永継君。じゃあ誕生日プレゼント無しってのも聞いてる?」
「うん。でもそれってお金がかからないのも駄目なの?」
前に悠莉歌ちゃんが綺麗な石をあげようとしていたけど、それも駄目だと鏡莉ちゃんは言っていた。
「結局何かあげたらお返し考えなきゃでしょ? 気持ちなのはわかってるけど、四人分ってなると色々とあるからさ。だったら『おめでとう』だけにしようって決めたの」
みんなは優しいから何かあげたいのだろうけど、あげたものに対してのお返しの釣り合いも考えてしまうと思う。
そういう色々を考えた結果の答えなのだろうから僕は何も言わない。
「ちなみにだけど、一番あげたかってるのは宇野さん?」
「なんでわかったの?」
「宇野さんだから?」
宇野さんなら無理をしてでもみんなの欲しいものをあげようとするのが容易に想像できる。
それなのにお返しは求めないのも。
だからプレゼント無しのシステムは宇野さんの為にある、と鏡莉ちゃんが言っていた。
「鏡莉ちゃんが言ってたのもあるけど、宇野さんらしいよね」
「いいじゃん。あげたいんだから」
宇野さんが不貞腐れたように卵焼きを食べた。
「うまぁ」
「宇野さんの感情の変化好き」
さっきまで不貞腐れていたと思ったら、急にご機嫌になる。
そんなジェットコースターみたいな感情の変化が見てて楽しい。
「私には言えるんだ……」
「なにが?」
「別に。それより誕生日だよ」
宇野さんの表情が暗くなったと思ったら、また元の明るい顔に戻った。
「何かするの?」
「ちょっとね、うちに変化があったんですよ」
「変化?」
「食費についてです」
宇野さんが卵焼きを箸で持ち上げながらそう言った。
「食費……」
食費に関しては心当たりがある。
買い出しには僕と芽衣莉ちゃんで行っている。
宇野さんに任されていたので、僕の主観で買い出しはしている。
日用品なんかは芽衣莉ちゃんに聞いて買っているから多分変わっていることはない。
「使いすぎてた……?」
「逆ですね。使われなすぎててビビりました」
「え?」
僕と芽衣莉ちゃんは宇野さんに買い出しに行く日にお金を貰って買い物に行っている。
だから上は決まっているので、できるだけ使わないようにして買い物をしている。
それでも六割七割は使ってしまっていた。
「私が渡してるお金ってね、私が買い物で使う分を渡してたの。だから余ってるってことはそれが全部ほかのに回せるってことなんだよ?」
「そうなの?」
「しかも私は永継君の分も含めて六人分を買って貰うつもりなのに、永継君は五人分しか買ってないでしょ」
「うん」
だってそのお金は宇野さんの稼いだ、宇野さん達の為のお金だから。
「芽衣莉に大皿で作らせるのって自分が食べる量を減らせば大丈夫だって思ってるからでしょ」
「元から晩ご飯は食べてなかったから」
正確には食べられなかった。
「一緒の机で食べてるんだから一緒に食べるの。今日からは芽衣莉に大皿で小分けにして貰うことになったから」
宇野さんの家にはお皿がそんなにない。
正確には五人分しかない。
だから僕のが余るからと芽衣莉ちゃんは大皿で作ってくれる。
「でも……」
「でもじゃないの。永継君はもう私達の家族と同じなんだからね」
「か、ぞく?」
「い、いや、変な意味はなくてね、家族みたいに仲良しってことね。いずれは本当の家族になる可能性もなくは……ってなにを言ってるの私は。ごめ──」
宇野さんが早口で何かを言っていたが、僕の耳には聞こえなかった。
『家族』という言葉が残り続けて。
「永継君、お弁当箱置いてくれる?」
「え? うん」
よくはわからないけど、言われた通りにお弁当箱を隣に置いた。
そしたら宇野さんが僕の頭をぎゅっと抱きしめてくれた。
「どうしたの?」
「別に、永継君を抱きしめたかっただけ」
それはどういう状況なのかわからないけど、落ち着くので宇野さんに身を任せる。
「宇野さんってお母さんみたいだよね」
「それは私に喧嘩を売ってるのかな?」
宇野さんが僕の頭を「うりうり」と言いながらうりうりしてきた。
「僕のお母さんはね、毎朝抱きしめてくれるの。それがね、とっても落ち着くの」
「そっか」
宇野さんがうりうりをやめて頭を撫でてくれた。
「うちとは大違いなんだね」
「宇野さんが居るじゃん」
「私がお母さんならお父さんは永継君かな?」
「それは僕に喧嘩を売ってる?」
さっきのお返しとして、宇野さんをぎゅーっと抱きしめた。
「私は永継君のお家の事情を聞いてないから理不尽だけど、嬉しいからいいや」
宇野さんはそう言って僕のことを強く抱きしめた。
「なんか普段からこういうことをしてるけど、学校でも意外とバレないよね」
「なにが?」
「関係性。私、なんにも言われないんだよね」
「それは僕のことをみんなが知らないからだよ」
宇野さんは毎日お昼休みになると迎えに来てくれる。
多分僕からは行かないから。
だからその度にクラスの人に僕を呼んで貰っているけど、特に大きい噂はできていない。
あるのは僕が宇野さん(生徒会)に目を付けられてるということぐらいだ。
でも僕自身に興味がないから噂は広がってない。
「みんな見る目がないんだよね」
「ほんとにね」
「お、認めた」
「だって宇野さんを『天才』とか『完璧超人』とか言うんだもん」
宇野さんは天才ではなく秀才で完璧超人ではなくぽんこつ超人だ。
「絶対今失礼なこと考えたでしょ」
「考えてないよ? 後ほかにも『お金持ちだから不自由ない』とか『優しいからなんでも言うこと聞きそう』とかさ……」
自分で言ってて気分が悪くなってきた。
「隠してるのは私だからね。わかってくれる人がいるならそれでいいんだよ」
宇野さんが僕の背中をぽんぽんとしてくれる。
「でも永継君の耳だとそういうの全部聞こえて嫌だよね」
「休み時間とかは聞こえないようにしてるけど、授業中は聞こえてくるね」
「私が全部話すのがいいんだよね」
「それは駄目」
僕は顔を上げて宇野さんをまっすぐ見つめながらそう言った。
「宇野さんはみんなのことを一番に考えるべき。宇野さんが自分のことを話さないのって、言い方が悪いけど印象を良くする為だよね?」
「うん。人って結局見た目とか裕福かとかそういうところでしか判断しないからね」
宇野さんはみんなの為にいいところに就職をしたいと思っている。
だから少しでもいい印象を持たせないといけない。
「僕が不貞腐れるだけならいいの。それはみんなと会うだけで解消されるんだから」
「……みんなの見る目がなくて良かったって思っちゃうよ」
そう言って宇野さんはまた僕を強く抱きしめてから離した。
「すごい脱線したけど明日のこと話していい?」
「うん」
そういえば鏡莉ちゃんの誕生日について話していたのだった。
「永継君のおかげで少しお金に余裕ができたのですよ。家賃を鏡莉の貯金から出させといて言うなって話なんだけど、今年は何かしたいんだよね」
「プレゼント?」
「それは無しのままか、お金のかからないものならに変えようかと思ってます」
「それならいっそ──」
僕はお金のかからない、尚且つあげてもお返しを気にする必要のないものを提案してみた。
「なるほど。それならみんなが送れていいね」
「それと何かの方も」
そうして僕と宇野さんは鏡莉ちゃんの誕生日についての話し合いをした。
楽しくなってお弁当を食べる時間がギリギリになってしまった。
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