第21話 嫌いだったイベント

「ねぇねぇなっつん」


「なに?」


 鏡莉ちゃんの一件から少しの時間が経った。


 今でもネット上では色々言われているらしいが、それもだんだん落ち着いてきたらしい。


 鏡莉ちゃんは家賃のこともあるから、宇野さん達がいた方の部屋で暮らすようになるらしい。


 でもいきなり退去はアパート的に駄目らしいので、部屋はまだ借りている。


 だから鏡莉ちゃんの私物はまだそっちに置いてある。


 ちなみに今は鏡莉ちゃんの部屋でいつも通り同じ座椅子に座っている。


「今月末はなにがあるでしょう」


「今月末?」


 今月は十月だ。


 何かあるとしたら一つしかない。


「中間テスト?」


「さすがなっつん。予想を超える答えを言ってくれるんだから」


 鏡莉ちゃんが足をパタパタさせて喜ぶ。


「普通はハロウィンって言うんだよ」


「あぁ、そういえば最近、スーパーでそういうの見たかも」


「情報源がスーパーって、主婦か!」


 思い返せば、クラスの人がハロウィンの話をしてたような気もするけど、正直あまり聞いてないからわからない。


「それで、ハロウィンがなに?」


「えっとね、ハロウィンは関係ないの。ハロウィンの日が言いたいこと」


「ハロウィンって十月の三十一だよね」


 その日に何かあるのか聞かれても何も思いつかない。


「あ、なっつんは知らないはずだから大丈夫だよ。その日はね、元世間のアイドル、今はなっつんのアイドルである、私の誕生日なの」


 鏡莉ちゃんが「期待しちゃうぞ♪」と、僕の胸を人差し指でついてきた。


「……」


「あれ、興味なし?」


「違うよ! それならもうちょっと早く言って欲しかったの」


 鏡莉ちゃんの誕生日まで後一週間もない。


「別にお祝いとかはいらないよ。ただなっつんにおめでとうって言って欲しいだけだから」


「それはやだ。何かプレゼントあげる」


 鏡莉ちゃん含め、みんなには沢山お世話になっているから、誕生日ぐらいはお祝いしたい。


 せめてプレゼントぐらいは。


「そのプレゼントをおめでとうにして欲しいんだけど」


「おめでとうは絶対に言うもん。他のやつは?」


「ここで『なっつんが欲しい』とか言ったらるか姉に怒られるよね。てか、現状が結構充実してるから欲しいものとかないんだよなぁ」


 鏡莉ちゃんが足の指を閉じたり開いたりしながら考える。


(足の指綺麗)


 鏡莉ちゃんの足はよくパたつかせたりしているから見るけど、足先は初めてちゃんと見た。


 僕のと比べると足が小さく、指も可愛い。


「なんかなっつんからエロい視線を感じる」


「鏡莉ちゃんの足が綺麗で可愛いなって思って」


「おぅ、普通に照れることを言うじゃないか。でもそういうことは私達にしか言ったら駄目だよ」


「僕は鏡莉ちゃん達しか話す人いないよ?」


 ましてや、足を見ることなんて絶対にない。


「るか姉ですら友達いるのに」


「楽しそうではなかったけど」


 宇野さんのことを知ってから、学校でも宇野さんを見つけることが増えた。


 大抵宇野さんは誰かと一緒に居る。


 だけどどこか無理をしているように見える。


「まぁ、るか姉の友達って、心からのではないだろうしね。本当の意味での友達はなっつんだけか」


「じゃあ一緒だ」


「嬉しそうにして……。私は?」


 鏡莉ちゃんが上目遣いをしながら言う。


「みんな大切なお友達だよ」


「まずはお友達からだ。でも、いくらお友達で可愛いからって、女の子の足をまじまじと見たらだめなんだよ。視線に敏感なんだから」


「ごめんなさい」


 鏡莉ちゃんの顔が目の前にあるので、頭を下げられなかったから目だけ閉じた。


「まぁ、私はなっつんに見られるの好きだからいいんだけどね。むしろ見て。もっと見て」


 鏡莉ちゃんが立ち上がって一回転した。


 その際、黒いスカートがふわっとしたので目線を逸らした。


「お、いい反応見れた。なっつんはパンチラには弱い。メモ帳どこだっけ」


 鏡莉ちゃんが真面目な顔で辺りを見回す。


 だけどこの部屋には本当にパソコンしかない。


「くっ、なぜメモ帳を買っておかなかった昔の私。いや、パソコンにメモすればいいのか」


 そう言って鏡莉ちゃんはパソコンを起動した。


 膝立ちで前のめりになりながらパソコンを使っているので、目のやり場に困る。


「ふむふむ。なっつんはピュアだから狙った行動には弱いと」


 僕の方は見てないのに、今の視線にも気づいたようだ。


「女の子って後ろも見えるの?」


「なんか感じるんだよ。特に私は視線に晒されることが多かったからかもしれないけど」


 鏡莉ちゃんは元子役だから、色んな人の視線に晒されていた。


 だから視線に敏感なのも納得できる。


「なっつんの耳もやばいけどね」


「そんなに?」


「普通は隣の部屋の話の内容を詳しく聞き取るとかできないから」


 僕は少し耳がいい。


 今も隣で梨歌ちゃんが鏡莉ちゃんに文句を言いながら洗濯物を畳んでいるのと、芽衣莉ちゃんが楽しそうに晩ご飯を作っているのが聞こえる。


「悠莉歌ちゃん来るよ」


「毎回それがすごいって言ってるんよ」


 悠莉歌ちゃんは僕と鏡莉ちゃんを呼んでくる係らしい。


 掃除は「汚さなければしなくていいの」という悠莉歌ちゃんの宣言により、逃げられた。


「きょうりお姉ちゃんはずるいと思うんだよ」


 悠莉歌ちゃんが僕達に近づきながらそう言った。


「なにが?」


「みんながお仕事してるのに、きょうりお姉ちゃんはお兄ちゃんと遊んで」


「ゆりもしてないじゃん。てか、遊んでた訳じゃないし」


 僕達がしてたのは、誕生日の話だから、遊んでいたと言えば遊んでいた。


「なっつんの誕生日には私をプレゼントしようって話してただけだよ」


 鏡莉ちゃんが「ねー」と言ってくるが、そんな話をした覚えがない。


「そういえばきょうりお姉ちゃんの誕生日もうすぐだね。誕生日プレゼントはそこら辺に落ちてる綺麗な石でいい?」


「ゆりぐらいの歳の子ならそういうプレゼントしそうだけど、ゆりのは絶対嫌がらせでしょ」


「酷い! ゆりかはきょうりお姉ちゃんの為にそこら辺に落ちてる綺麗な石をあげようと思ったのに」


 悠莉歌ちゃんがかがみこんで両手を目元に当てて泣き出した。


「嘘泣きはいいから。それよりプレゼントは無しってのがうちのルールでしょ」


「それもそうだね」


 悠莉歌ちゃんが手を退けてケロッとした様子で答える。


「無しなの?」


「うん。るか姉が『気持ちだけでいいの』って引かないくせに、自分は用意しようとするから、無しになったの」


「ゆりかの綺麗な石みたいな、お金のかからないやつも『あげる』っていう行為をしたら、お返しを考えなきゃだからだめなの」


「難しいね」


 それならどんなプレゼントなら、みんなにお返しを気にしないで送れるだろうか。


「プレゼントだと思わせなければいいのかな?」


「送る気満々で貰う気ゼロの人がいるよ。これはみんなに通報だ」


「逮捕してお姉ちゃん警察に連行しよう」


 鏡莉ちゃんと悠莉歌ちゃんが僕の両手を掴んで引っ張る。


「そういえば悠莉歌ちゃんの誕生日はいつなの?」


「ゆりか? ゆりかは四月の一日ついたち


「エイプリルフール?」


 鏡莉ちゃんはハロウィンで悠莉歌ちゃんはエイプリルフールなんてすごい偶然だ。


「そんなんで驚いてたらもたないよ?」


「え?」


「るか姉は二月の十四日で、めいめいは十二月の二十五日で、梨歌は十二月の三十一日だから」


 つまり、宇野さんはバレンタインで、芽衣莉ちゃんがクリスマスで、梨歌ちゃんが大晦日が誕生日ということになら。


「みんなイベントと重なってるんだ」


「狙ってるみたいだよね。普通に偶然なんだけど」


「お兄ちゃんは?」


 みんなの誕生日がイベントと被ってるなんて言われたら、普通は自分のを言うのを躊躇ためらうのかもしれない。


 だけど。


「大丈夫だよなっつん。別に普通の日でも私達はちゃんとおめでとうって言うし、ちゃんとお祝いするからね」


「すごい言いづらくなったけど、七月七日だよ」


「七夕じゃん!」


 すごい偶然だけど、僕も誕生日とイベントが被っている人だ。


「お姉ちゃん警察と合流してお誕生のお話をしよう」


「そうだね。なっつんとは運命の出会いだとは思ってたけど、ここまで運命が続いてるのならみんなに共有しなきゃ」


 そう言って鏡莉ちゃんと悠莉歌ちゃんは僕を引っ張って連れ出した。


 今までは普通の日だったイベントや誕生日に楽しみが増えた。

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