第22話 今更ながらに自己紹介

「第一回、お姉ちゃん警察による取り調べのじかーん。パチパチパチ」


「悠莉歌はなんでそんなにテンション高いの?」


 悠莉歌ちゃんが一人で手を叩いていると、梨歌ちゃんが不思議そうに聞く。


 悠莉歌ちゃんは、晩ご飯を食べている間もソワソワしていて、芽衣莉ちゃんが後片付けをし始めると、手伝おうとした僕の手を引き、座らせた。


 そして芽衣莉ちゃん以外のお姉ちゃん達も座らせて、謎の取り調べを始めた。


「ゆりか達はもう少しお互いを知り合った方がいいと思うの」


「それはわかるけど、なぜに取り調べ?」


「お姉ちゃん警察っていう響きを気に入ったから」


 お互いのことを知り会おうと言うのなら、僕に断る理由はない。


 まだ二週間程度の付き合いだけど、誕生日も含めてもう少しお互いを知ってもいいと思う。


「自己紹介もまだでしょ?」


「そういえば篠崎さんしか自己紹介してない?」


「私はしたよ?」


 思い返せば、自己紹介らしい自己紹介があったのは鏡莉ちゃんだけな気がする。


 梨歌ちゃん達の名前はみんなが呼んだのを聞いて知って、宇野さんのは生徒手帳で知った。


 僕も自己紹介と言っても名前を言ったぐらいだ。


「でも鏡莉ちゃんも名前は言ってないよね?」


「じゃあみんなで自己紹介をしようか。とりあえず、なっつんが知りたいであろうことで、名前と年齢、後、スリーサイズとか?」


「鏡莉!」


 鏡莉ちゃんの冗談には聞こえない冗談に宇野さんが怒る。


「るか姉は冗談をすぐ真に受けてくれるから好き。じゃあ無難に誕生日と好きなものとか?」


「誕生日はさっき教えちゃったよ?」


「こういうのは本人から直接聞くからいいんだよ」


 悠莉歌ちゃんが「なるほど」と、首をこくこくさせる。


「じゃあゆりかから。ゆりかは宇野うの 悠莉歌ゆりか。五歳だよ。誕生日が四月の一日ついたちだから、ゆりかの代では一番若いの。好きなのはお兄ちゃん」


 悠莉歌ちゃんはそう言って僕に抱きついてきた。


「確か学年って四月の二日からなんだっけ?」


「そう。だからゆりかは一番若いの。末っ子なの」


 悠莉歌ちゃんが何故か若いことを主張してくる。


「やっぱりゆりって転生者とかなの?」


「きょうりお姉ちゃんが何言ってるのかわかんない」


「それはわかってる人の言い方だから。まぁ、ゆりの中身がおじさんとかでも、ゆりは妹だから愛してるよ」


「きょうりお姉ちゃん……」


 鏡莉ちゃんと悠莉歌ちゃんがガシッと抱き合う。


「とかいう茶番はいいとして、私の自己紹介しよー。私は宇野うの 鏡莉きょうり。歳は永遠の八歳だよ。誕生日はもうすぐの十月三十一日だよ。好きなのはもちろんなっつん」


 鏡莉ちゃんはそう言って僕に抱きついた。


「真似したー」


「ゆりが先に言っただけ。気持ちでは勝ってるから」


「負けてないもん」


 悠莉歌ちゃんが頬を膨らませる。


「下からだから次は梨歌だよ」


「私? 私は宇野うの 梨歌りか。歳は十二歳。誕生日は大晦日の十二月三十一日。好きなのは篠崎さんって言った方がいいやつ?」


 梨歌ちゃんが僕に向かって聞いてくる。


「ううん。素直に姉妹のみんなって言っていいよ」


「別に私は……」


「ツンデレ」


「ツンデレお姉ちゃん」


「ツンデレだね」


「ツンデレです」


 晩ご飯の後片付けを終えた芽衣莉ちゃんも座りながらそう言う。


「うるさい!」


 梨歌ちゃんが顔を真っ赤にして叫び、そっぽを向いた。


「梨歌ちゃん、可愛い」


「うぅ……」


 梨歌ちゃんが完全に後ろを向いてうずくまってしまった。


「なっつんの無自覚オーバーキルが炸裂したぁ、あれは耐えられない」


「私も篠崎さんに可愛いって言って貰えるような自己紹介をします」


 芽衣莉ちゃんがグッと両手を胸の前で握りながら言った。


「私は宇野うの 芽衣莉めいりです。歳は梨歌ちゃんと同じ十二歳ですけど、誕生日が十二月の二十五日なので、誕生日的にはお姉さんになります。好きなのは……内緒です」


 芽衣莉ちゃんが僕のことを見て、頬が少し赤くなったところで顔を逸らした。


 でも僕は少しだけ違和感を覚える。


 だけどそれが何かはわからない。


「めいめいの好きなのは妄想でしょ?」


「違うよ! 妄想よりも実際にやる方が好きだもん」


「つまりエッチなことをするのが好きと」


「見てるのも好きだよ! とにかく内緒なの。篠崎さんにこんなの聞かれて変な子だって思われたら嫌だもん」


「手遅れじゃない?」


 芽衣莉ちゃんが僕の方を見て、ゆっくり鏡莉ちゃんに視線を戻して、もう一度僕を見てからうずくまった。


「すごい自爆。数秒前までなっつんを意識してたのに」


「鏡莉嫌い」


「自分のミスを人のせいにしないの。そんなめいめいをなっつんは好きだと思うよ」


「篠崎さんは優しいから私達がどんなことをしても、見方は変えないもん」


「じゃあもっと痴態を晒してこうよ」


「明日の朝ごはん、鏡莉のやつだけ塩と砂糖を間違えるよ」


「普通に辛いやつだ。でもなっつんに食べさせて貰えばなんでも美味しく感じるはずだからお願い」


 鏡莉ちゃんが両手を胸の前で組んで、首を傾けながら鏡莉ちゃんが言う。


「朝はギリギリだから来れないの。ごめんね……」


 朝は動き出せる時間になってから色々な準備をしていると、学校に行くのがギリギリになってしまうから宇野さんの家には来れない。


「そんな本気で落ち込まないで。朝から会えたら嬉しいけど、なっつんに悲しい顔はして欲しくないの」


 鏡莉ちゃんが悲しそうな顔で僕の手をにぎにぎしている。


「ありがとう、鏡莉ちゃん」


「こっちこそだし」


 鏡莉ちゃんが僕の肩に自分の額を置いた。


「私の番なのに放置……それはそれでいっか」


 芽衣莉ちゃんが頬を少し赤くしながらそう言った。


「宇野さんをトリに残して僕がするね」


「それなんか嫌な予感するから私からやらない?」


「だめ?」


「永継君の純粋な眼差し。これを受けると言い返せなくなる。永継君どうぞ」


 宇野さんが僕に右手を出して譲ってくれた。


「ありがとう、宇野さん。僕は篠崎しのざき 永継なつです。歳は十六歳で、誕生日は七月七日。好きなのは、みんながいるこの空間かな」


 みんなと出会ってから、つまらなかった日々が毎日楽しくなった。


 今までの僕なら好きなものを聞かれても何も答えられなかったけど、胸を張って答えられるものができた。


「みんな、僕と出会ってくれてありがとう」


「無自覚攻撃の全体バージョン。やば、普通に恥ずかしい」


 鏡莉ちゃんが僕から離れて顔を赤くして、僕から視線を逸らしている宇野さんに抱きついた。


「お兄ちゃんと会えたのはみんな嬉しいって思ってるよ。お兄ちゃんがゆりか達に感謝してるのと同じで、ゆりか達も感謝してるんだよ」


 悠莉歌ちゃんが僕の目をまっすぐに見てそう言ってくれた。


「ありがとう、悠莉歌ちゃん。悠莉歌ちゃんもみんなも、これからもよろしくお願いします」


 僕はそう言って悠莉歌ちゃん達に頭を下げた。


「こちらこそなんだけどね……」


「るか姉の直感当たったね」


「この後に自己紹介とか地獄か。私のなんて普通も普通なんだけど」


 宇野さんがため息をつきながらそう言う。


「自己紹介って普通でいいんじゃないの?」


「そうだけど、ちゃんとした自己紹介の後のトリは気を使うんだよ」


「別にちゃんとしてないよ?」


 僕のはただ思ってたことを言っただけだ。


 それを言うなら、みんなの自己紹介の方がちゃんとしていた。


「うじうじ言ってても仕方ないか。始めるね。私は──」


 宇野さんの自己紹介が始まるタイミングでチャイムが鳴った。


 思い返せば僕が居る時にチャイムが鳴ったのはこれが初めてだ。


「こんな時間にお客さん? それとも配達かな?」


 僕がそんなことを言っていると、宇野さん達の雰囲気が変わった。


 さっきまでは楽しそうな雰囲気だったのに、色んな感情の顔になっている。


 怒っていたり、悲しんでいたり、慌てていたりと。


「どうしたの?」


「嫌な予感の一番嫌なやつが起こったって言えばいいかな」


「え?」


 よくはわからないけど、誰が来たのかはみんなわかっているらしい。


「無視すればいいよ」


「そういう訳にもいかないでしょ。とりあえず出てくるよ。みんなは見えないとこに居て」


 梨歌ちゃんが少し怒ったように言ったのに、宇野さんが梨歌ちゃんの頭を撫でながら返す。


 そしてみんなが場所を変えたのを確認してから、宇野さんは疲れた様子で玄関に向かった。


 誰かに誰が来たのか聞こうと思ったけど、芽衣莉ちゃんの怯えた表情を見たら何も聞けなかった。


「遅いんだよ! さっさと出ろ!」


 すごい怒声が部屋に響いた。


 声の主はおそらく女性。


 歳まではわからないけど、既にいい印象をもてない。


「来るみたいだけど、芽衣莉ちゃん大丈夫?」


「は? やばいじゃん。芽衣莉もだけど、それより──」


「男を連れ込むとか、いいご身分だこと」


 梨歌ちゃんの心配より先に、タバコを吸った厚化粧の女性が入ってきた。


 後ろには俯いて元気のない宇野さんが居た。

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