第23話 これからのこと
「教えてくれるの? 昨日、僕が帰った後のこと」
「うん。永継君には聞く権利があるからね」
僕は今、宇野さんに前に話した屋上の扉の前の階段でお弁当を広げている。
目的は昨日のことを話すこと。
昨日は女の人に「部外者は帰れ」と言われたので帰った。
梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんが何か言いたそうだったけど、僕が部外者なのは明らかだったので二人の手を見えないところでぎゅっと握っておいた。
「あの人は宇野さん達のお母さんってことでいいの?」
「うん、認めたくはないけど」
宇野さんがとても嫌そうに答える。
こんなに明らかに嫌だと顔に出すのは初めて見る。
「あの人は、私達のことなんてなんとも思ってないんだよ」
宇野さんが少し怒ったように言う。
「私達が姉妹だけで暮らしてる理由だけどね、今の両親が私達を……捨てたって言い方が正しいのかな? とにかく邪魔だからって家から追い出したの」
「……」
「怒んなくていいよ。私達もあの人達のことは嫌いだからむしろ良かったんだよ」
宇野さんが機嫌の悪くなった僕の頭を優しく撫でながらそう言った。
「永継君は知ってるかもだけど、光熱費は私が払ってたけど、学費とか家賃とかは全部鏡莉が払ってくれてたの。あ、私の学費はもちろん自分で払ってるよ。入学費だけは頼っちゃったけど」
鏡莉ちゃんの言っていた「色々な出費」というやつだ。
多分他にも見えないところで色々してそうだけど。
「つまりね、私達はほんとに自分達だけで暮らしてたの」
鏡莉ちゃんが子役という仕事をしていたのもあるけど、それでずっと生活できていたのは本当にすごいことだ。
「いつからなの?」
「私が高校生になる少し前からかな。アルバイトの許可だけ貰って、後は今まで通りの生活をしてたの」
宇野さん達の両親に何かあるのはなんとなくわかってはいたけど、想像を軽く超えてきた。
高校生が仕送りなしに一人暮らしをすることだって難しいのに、それを姉妹四人を連れてなんて。
「ほんとに鏡莉がいなかったら今頃どうなってたかわからないよ」
「鏡莉ちゃんだけじゃないでしょ。僕はその時を知らないけど、宇野さんも沢山頑張ったんだよ。宇野さんだけじゃなくて、芽衣莉ちゃんも梨歌ちゃんも悠莉歌ちゃんも」
お金に関しては確かに鏡莉ちゃんがいたおかげでなんとかなったのかもしれない。
だけどみんなが居たから鏡莉ちゃんだって頑張れたはずだから、誰一人として欠けてたら駄目だったはずだ。
「何も知らない僕に言われてもあれかもだけど」
「バカ」
宇野さんがそう言って僕のお弁当箱に自分のおかずを色々と入れてくれた。
「交換?」
僕は自分のおかずを宇野さんのお弁当箱に入れた。
「永継君のそういうところが……なんでもないや」
宇野さんが頬を少し赤く染め、可愛い笑顔を向けてきた。
「見惚れてる場合じゃないや。結局僕は宇野さんのお家に行っていいの?」
「なんでそう……いいや。あの人はうちに来ることなんてないから今まで通り来て。それはみんなの合意だから」
つまり、宇野さんのお母さんは僕が行くことを許していないということになる。
「昨日は永継君のことばっかりだったけど、他にも言いたいことがあった感じだから、気をつけないとだけど」
「落ち着くまで行かない方がいいんじゃないの?」
「何かあったら鏡莉がなんとかするって言ってたんだよね。私は居ないことの方が多いから永継君のことは鏡莉に任せたの」
昨日の宇野さんを見た感じでは、何かを起こしてどうにかするより、何もしない方がいい気はする。
「ちなみにだけど、永継君はもう来たくないかな?」
宇野さんが寂しそうに聞いてくる。
「え、毎日でも行きたい」
僕は即答で答える。
そこに迷う要素はない。
「僕が行って迷惑になるのなら控えるけど、行ってもいいのなら行きたい」
最初は時間潰しで行っていたけど、今ではみんなに会えない時間が嫌だ。
「正直に言うなら、みんなとずっと一緒に居たい。だけどそれも出来ないから、せめて放課後と休みの日だけでも一緒に居たいよ」
「じゃあ来て。あの人のことは私達の問題だから、永継君に迷惑はかけないから」
「僕もアルバイトが出来たらいいんだけど」
お母さんに許可を貰えばできるだろうけど、どうしたってあの人にはバレる。
バレたら給料を全て持っていかれるのは目に見えているので、やる意味がない。
「じー」
宇野さんがそう言って僕を見てくる。
「それ可愛い」
「やらなきゃ良かった。えっとね、アルバイトしてなにをしたいの?」
「宇野さん達の家計の手助け」
「それならしないで。私達のことなんだから私達でなんとかするからね。それに永継君には私の居ない間に妹達を見守る義務があるんだよ」
初めて聞いたが確かにそうだ。
最年長が中学一年生の家を空けるのは宇野さんだって不安なはずだ。
その僕までアルバイトを初めてしまったら、宇野さんと僕が不安で仕事が手につかない可能性が高い。
「でも僕と会う前は普通にアルバイトもしてたんだよね?」
「終わったらダッシュで帰ってたけどね。今は少しゆっくり歩いて帰ってるから転ぶこともないし」
「ほんとに気をつけてよ」
転んだことがあるのにつっこんだ方がいいのかもしれないけど、倒れている宇野さんを見たことがあるせいか不安が勝った。
「シンプルな不安は心にくるね。気をつけます」
「それと、宇野さんは可愛いんだから夜道で知らない人に声をかけられても逃げるんだよ」
「だから普通に可愛い言うなし。大丈夫だよ、今までは声をかけられる前にダッシュしてたし、今は鏡莉の変装グッズ借りてるから」
要するに、結構な頻度で声をかけられるらしい。
「迎えに行きたいけど、みんなを残して出られないし、みんなを連れて行ったら余計に声をかけられるだろしで行けない」
「大丈夫だって、近いからいざとなったら走って逃げれるから」
「宇野さんの運動神経がいいのは知ってるけど、宇野さんが嫌な気持ちになるのはやだ」
僕のエゴではあるけど、宇野さんには嫌な気持ちになって欲しくない。
「もしも何かあったら永継君が慰めてくれるでしょ?」
「……うん、慰める。宇野さんが全部忘れられるようにいっぱい慰める」
みんなが僕にしてくれたように、僕も宇野さんだけでなく、みんなが嫌な気持ちになった時はそれを晴らす努力をする。
「芽衣莉と鏡莉が聞いてなくて良かった」
「なんで?」
「純粋な永継君は知らなくていいの」
宇野さんはそう言ってお弁当を食べ始めた。
「うーん、女子力で負けてるんだよなぁ」
「そういえば宇野さんの自己紹介聞いてない」
僕も宇野さんから貰ったおかずを食べながらふとそんなことを言った。
「あぁ、そういえば言ってないね。ほんとに今更だけどしとくね。私は
宇野さんが僕を見て固まる。
「どうしたの?」
「なんでもない。好きなのはみんなかな」
「知ってる」
宇野さんが姉妹のみんなを好きなのは全員が知ってることだ。
「ほんとに芽衣莉と鏡莉が居なくて良かったよ。ひよってないもんね、私は言ったし」
宇野さんが一人で「うんうん」と言いながら首を縦に振る。
「ハロウィン、クリスマス、大晦日、バレンタイン、エイプリルフールね」
「どしたの?」
「ううん、なんでもない。改めてすごいなぁって」
五姉妹のみんなの誕生日が全部イベントに被ってるなんてどんな偶然なのか。
「そういう永継君も七夕じゃん」
「ほんとにすごいよね」
今までは自分の誕生日が七夕だからって何も感じなかったし、そもそも誕生日自体何も思わなかったけど、宇野さん達に会ってその考えも変わった。
きっとこれからも僕の価値観をいい方向に変えてくれるような気がする。
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