特別編 赤ちゃんプレイ
(眠い。とてつもなく眠い)
起きてるはずなのに眠気がなくならない。
ずっと寝ていられる、そんな感覚がする。
(起きて学校に行かなきゃ。学校? 学校あったっけ?)
もう考えるのがめんどくさくなってきたので眠ることにした。
「流歌ちゃん、起きたの?」
(永継君の声が聞こえる)
まるで眠る流歌を上から覗き込んでいるように永継の声が。
(上から!?)
流歌は思わず目を見開いた。
「あ、起きた。おはよう流歌ちゃん」
目を開けた流歌は永継に優しく頭を撫でられた。
(至福……じゃなくて)
どういう状況なのか永継に聞こうとしたが、流歌は何故か喋れない。
理由はすぐにわかった。
(なんでおしゃぶりしてるのさ!?)
流歌はおしゃぶりをしていた。
もっと言うと、ベビーベッドで寝ていた。
(……落ち着け。いや、結構落ち着いてる。簡単な話だな、私は赤ちゃんになっている)
そう、流歌は何故か赤ん坊になっていた。
(冷静に考えれば状況判断なんて余裕。余裕だけど……)
流歌は一度目を閉じた。
そして見開き。
(どうしてこうなったーーーーー)
内心大騒ぎである。
(いやね、わかってるよ。夢なんでしょ? 前にもあったもんね)
現実ではありえないこの状況。
前と同じで夢なのはわかる。
だけど何故に赤ん坊なのかが理解できない。
(夢って記憶の整理って聞いたことがあるけど、こんなの知らないよ。いや、前のも知らないけどさ)
夢には諸説あるけど、記憶の整理で見るや、願望から見るなど色々とある。
だからこれは願望の可能性が一番高い。
(違うわ!)
「どうしたの流歌ちゃん? さっきから眉間にシワなんて寄せて」
永継が流歌の眉間を指で撫でる。
(幸せ……じゃないわ! 幸せだけど)
「また。もしかしておトイレ?」
(トイレ? ……トイレ!?)
永継が流歌の服を脱がそうとしたら、流歌がそれを押さえて止めた。
「甘えたさんはいいの。おトイレなら早く変えないと」
(違うから。それはいくら夢でも恥ずかしいから!)
流歌が首を振るが永継には通じない。
「いい加減に──」
永継が流歌の手を握ったところで赤ちゃんの鳴き声が聞こえた。
(私以外にも……そりゃ居るよね)
前回だってみんな居たのだから居るに決まっている。
「流歌ちゃん、ちょっと待っててね」
永継はそう言って鳴き声のした方に向かった。
(ひとまず安心。でも、意思疎通が出来ないのは大変だなぁ)
流歌は周りに何かないか探すが、さすが赤ん坊の周りに物を置くことはないから何もなかった。
(夢なんだし喋れたり?)
流歌はそう思っておしゃぶりを取ってみた。
「あ、あぅ」
(無理か。素直に夢が覚めるのを待つしかないか)
流歌は夢が覚めるまで、赤ちゃんプレイを楽しむことにした。
(赤ちゃんプレイ言うな! てか、前もだけど夢にしてはリアルすぎない?)
実は現実なのではと疑ってしまう。
「流歌ちゃん、大丈夫? 芽衣莉ちゃんが離してくれないからもう少し我慢してね」
永継が赤ん坊の芽衣莉を抱きながら流歌に言う。
(芽衣莉? え、かわい)
(流歌さん可愛い)
(あれ? 芽衣莉の声が聞こえた?)
(私も聞こえます)
どうやら赤ん坊同士は言葉がなくても意思疎通ができるようだ。
(これって夢だよね?)
(はい、夢のように幸せです)
(そういうことじゃなくてね)
芽衣莉は嬉しそうに永継の服を掴みながら身を任せる。
(でも、芽衣莉が居るってことは梨歌達も居るの?)
(居るんじゃないですか? ベビーベッドは四つありますし)
(そっか。梨歌はこういう状況だとなんでもする子だから不安だし、鏡莉は鏡莉だから不安だよ。こういう時に真面目なのは悠莉歌だけなのか……)
宇野姉妹あるある。
下の子程まとも。
(私もまともじゃ!)
(流歌さんが情緒不安定。怖いから篠崎さんに甘えなきゃ)
芽衣莉はそんなことを思いつつ、永継の服を更にぎゅっと掴んだ。
「芽衣莉ちゃんもどうしたの? やっぱりみんな一緒がいい?」
永継はそう言って芽衣莉を流歌と同じベッドに寝かせた。
(私は離れない)
(永継君は自分を困らせるめんどくさい子は嫌いなんじょないかな?)
それを聞いた芽衣莉はすぐさま手を離した。
「ありがと。仲良く待っててね」
(思わず離しましたけど、困らせるめんどくさい子って流歌さんでは?)
(いやいや。私はめんどくさくないもん)
(自分のことを客観的に見れないと駄目な大人になりますよ)
(芽衣莉が厳しい。反抗期?)
流歌も薄々は気づいている。
実は自分がめんどくさいのではないのかと。
だけど認めたらそうなってしまうから絶対に認めないだけだ。
(芽衣莉はめんどくさい私は嫌い?)
(嫌いではないですよ。好きでもないですけど)
(割合的には?)
(五、七ですかね)
(あまりの二はなに?)
(めんどくさいなぁって気持ちが溢れました)
(うぅ、意地悪な芽衣莉は知らない)
流歌はそう言って芽衣莉とは反対側に寝転んだ。
(そういうところは可愛いんですけどね)
(今更何言っても知らないもん。……起きたら抱きしめていい?)
(流歌さん、なんでそのちょろさで学校の男子に騙されないんですか?)
(告白してくる人は別に私のことを見てる訳じゃないからかな? ……ってちょろくないから!)
(るか姉うるさい)
(姉さん、落ち着いて。普通にうるさい)
永継の両腕に抱かれた鏡莉と梨歌からの辛辣な言葉に、流歌の豆腐メンタルは崩れ落ちた。
(私って、姉の威厳とかないのかな……)
(ないですね)
(ないね)
(ないでしょ)
芽衣莉、鏡莉、梨歌からの追い討ちに流歌はうずくまって普通に泣いた。
「流歌ちゃん、どうしたの!?」
(妹達にいじめられた。って言っても永継君には聞こえないんだろうけど)
「芽衣莉ちゃんと梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんが慌ててるってことは、またいじめたの?」
三人は一斉にそっぽを向いた。
「下りて」
(やぁ──)
抵抗しようとした鏡莉だったが、永継の少し怒った表情を見て素直に従った。
梨歌はそれを察したかのように、そそくさと下りていた。
「流歌ちゃん」
永継は泣いている流歌を抱き上げ、優しく頭を撫でた。
(永継、君)
流歌が永継の服にしがみつきながら泣きじゃくる。
幼児化したせいなのか、元からなのか、流歌の涙は止まらない。
「怖かったの? でも、みんな優しい子だよ。意地悪したんだとしたら、流歌ちゃんともっと仲良くなりたかったんだよ」
(絶対からかってただけだよ……)
(からかうなんて失礼な。私はただ、自分の誕生日のお祝いが数行で終わったのが気に食わないだけだもん)
それは誕生日プレゼントを消化する回で色々するからご勘弁。
(なら許す)
(ちょっと何言ってるのかわからないかな。それよりここ落ち着く)
流歌の涙は既に止まっており、今は純粋に永継の温もりを感じている。
(どこが純粋だ。るか姉のエッチ)
(そういうのブーメランって言うんだよ)
(私はエッチだもん。だからるか姉も自分がエッチって認めたね)
(聞こえなーい)
都合のいいことは聞こえない流歌が、永継の胸にぴとっと頭を付ける。
(永継君の心音はほんとに落ち着く)
(るか姉が最強モードに入った)
(ああなると篠崎さんしか止められないんだよね)
(ここから飛び降りたら篠崎さんは心配してくれるかな……)
芽衣莉が真面目な顔でベッドの柵に掴まりながらやばいことを言い出したので、梨歌と鏡莉は慌てて芽衣莉を押さえる。
(さっき私達を馬鹿にしてなかったこの二人)
(してたね。私達は狙ってやってるけど、この二人は素でやってんだから絶対私達の方がまともでしょ)
梨歌と鏡莉が呆れたように二人を見る。
(そういえば悠莉歌は?)
(るか姉が元に戻った。そういえばゆりは見てないや)
(私も。そもそもここにはベッドが四つしかないし)
永継に抱かれるのが嬉しすぎて周りを見てなかった流歌が辺りを見回すと、確かにベッドは流歌のを入れて四つしかない。
(なんか気になる言い方だったけど、芽衣莉が言ってたのは、私のを入れないでだと思ったら、私のを入れて四つだったのね)
(てことは、ゆりは居ない?)
(いや、もしかしたら……)
梨歌が一つの仮定を思いついたのと同時に、扉の開く音がした。
「ただいま。みんなは元気?」
「おかえり。流歌ちゃんが元気なかったけど、元気になったよ」
「流歌は永継のことが大好きだからね。というかまだちゃん付けするの?」
「駄目?」
「別にいいけど」
(……みんな、わかってるね?)
流歌の言葉に赤ん坊三人が頷く。
(じゃあ、せーの──)
((((私、起きろぉぉぉぉ))))
四人の気持ちが伝わったのか、意識が切り替わる。
「あーあ、るかお姉ちゃん起きちゃった」
「久しぶりに寝顔見れたのに」
流歌が起きると、悠莉歌が永継の足の間に座りながら私達を眺めていた。
「寝落ちしてた?」
「疲れてるんだよ。もうちょっと寝たら?」
「……や、寝ない」
寝たらまた変な夢を見る気がしたから寝る訳にはいかない。
「梨歌達は?」
「上で寝てる。なんか、子供について話し合うって言ってたよ」
「あぁ……」
それであんな夢を見たのかと、流歌はロフトの上で目覚めているであろう妹達に理不尽な恨みを送る。
「変な夢でも見た?」
「……見てない」
「ゆりかとお兄ちゃんがお姉ちゃん達のお父さんとお母さんになる夢でも見た?」
「……見てないし」
核心をつかれすぎた流歌はそれを誤魔化すように伸びをした。
そして無意識に永継と悠莉歌に恨めしげな視線を送っていた。
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