第41話 美味しいお弁当

「我が家が平和になりました」


「そうだね」


 鏡莉ちゃんの誕生日から一ヶ月が経とうとしている。


 あれから色々とあったようだ。


 例えば、本当におばさんが保証人をやめたようだ。


 だけど宇野さんが連れてきた謎の男の人が代わりに保証人になってくれたおかげで事なきを得た。


 その男の人と言うのが、宇野さんのバイト先の店長兼、宇野さんと梨歌ちゃんの実のお父さんである。


 そして次いでに親権ももぎ取ったらしい。


「いやぁ、大変だったよ。鏡莉に『え、愛人?』ってマジ顔で言われたからね」


「芽衣莉ちゃんは『パパ活……』って悲しんでたよ」


 パパ活がなにかわからないけど、本当のお父さんなんだからそういう言葉なのだろう。


「梨歌以外には隠してたけどさぁ……」


 宇野さんがため息をつきながら頭を抱える。


「でもみんなあっさりしてたんだよね。永継君を責める訳じゃないけど、あの方にあれだけ言ったのに、誰も危機感みたいのなかったし」


「当たり前だよ。だって宇野さんがなんとかしてくれるから」


 そこにだけは核心を持っていた。


 何せ宇野さんは家族を大切にするから、芽衣莉ちゃんが嫌な思いをしていることに対処しない訳がない。


「あの状況で宇野さんが何もしてない方が変だよ。みんなはそれを信じてただけ。だから梨歌ちゃんはおばさんを釣りに行って話をしようとしたし、鏡莉ちゃんと悠莉歌ちゃんは煽ることをやめなかったんだよ」


 唯一悠莉歌ちゃんだけがなんとなく察していたようだった。


「大人に丸投げ」とは、宇野さんに丸投げすることかと思ったけど、本当に大人に丸投げをした。


「私はお父さんに丸投げしたけど、みんなは私に丸投げなんだよね」


 宇野さんが少し拗ねたように言う。


「ごめんね。結局全部を宇野さんに任せちゃった……」


 信じていたと言えば聞こえはいいが、結局は他力本願で人任せだ。


 もしも宇野さんが間に合ってなかったら全てが破産していた。


「今回のことに関して言えば、永継君は謝るところは一切ないよ。むしろ私が感謝して謝りたいもん」


「なんで?」


「永継君があの方に言い返さなかったら、梨歌の手に火傷の痕が残ってた訳じゃん? だから感謝。謝りたいのは何も言えなかった私の代わりに言い返してくれたこと」


 宇野さんが僕の右手の手のひらを撫でながら悲しそうに言う。


 タバコを手で受けたのも、言い返したのも、僕が後先を考えないで行動しただけの話だ。


「私もほんとは何か言おうと思ってたんだよ。お父さんが全部なんとかしてくれるって言ってくれてたから。だけど実際に会ったら何も出来なくなったの」


 宇野さんが僕の右手をぎゅっと握る。


「さっきは丸投げってみんなを責める言い方したけどさ、対応を丸投げしてたのは私なんだよね」


 宇野さんが寂しげに僕の右手を撫でる。


 だけど僕は少し嬉しくなった。


「なんで笑うの?」


「だってさ、僕達は宇野さんを信じて丸投げしたけど、宇野さんも僕達に丸投げしたんでしょ?」


「うん」


「なんか、信じあえてるのかなって思って嬉しくなったの」


 僕達は宇野さんを、宇野さんは僕達を信頼して、他力本願でも人任せでもなく、適材適所になる。


「みんなで支え合ってる感じがいいなって」


「……永継君だもんなぁ」


 何故か宇野さんが急に僕の後ろ髪を撫でた。


「そうだよね。私が一人で全部やる必要なんてないんだもんね。どうしてもお姉ちゃんしたくなるんだよね」


「大丈夫だよ。宇野さんはどちらかと言うと妹感が強いから」


「どうゆうことか説明して貰おうか」


 宇野さんが笑顔で聞いてきたので説明する。


「えっとね、宇野さんは確かに外では頑張って優等生をやってるけどさ、お家ではその反動からなのか、甘えたさんになるでしょ? そこがね妹感があって可愛いの」


「聞くんじゃなかった……」


 宇野さんが両手で顔を隠した。


 何故か耳が赤くなっていた。


「言い返す練習しよ。つまり永継君は『外面だけいいやつ』って言いたいのね?」


「家での宇野さんもいい人だよ?」


「負けるな私。じゃあ訂正するね『外では自分を偽ってる』って言いたいのね?」


「そうでしょ? でもそれは宇野さんが必要だと思ってやってることだから何も思わないけど」


 宇野さんが外でどんな顔をしていようと、家で安心できるのならそれでいい。


「結局妹感の否定は出来なかった。と言うか私には言い返すセンスがないのか……」


 言い返しにセンスが必要なのかはわからないけど、宇野さんは根が真面目だから言い返すのが苦手なんだと思う。


 僕みたいに後先考えないのとは違い、色々と考えてしまうのだと思う。


「宇野さんは優しいからね」


「素直にボキャ貧と言って。テストが出来ても日常会話ができなきゃ意味がないのに」


 確かにいくら頭が良くても面接で何も話せなかったら就職は出来ない。


 宇野さんはそこまで出来ない訳ではないから心配する必要はないのだけど。


「あれ? でも宇野さんって僕と違って学校で人と話してるよね?」


「それは私を人として見てないのかな? って言いたいけど、永継君の無意識自虐をスルーする為に言わない」


 宇野さんがまた僕の後ろ髪を撫でてきたけど、宇野さんは別に人と話せない訳ではない。


 むしろ僕なんかと違って色んな人と話している。


「まぁ言い返せないからって永継君達と話せない訳でもないしね」


「でも、学校での宇野さんって『可愛い』より『美人』寄りの噂しか聞かないよ?」


 確かに可愛いとも言われているけど、それは美人よりも使いやすいからだ。


 宇野さんの噂は『完璧』や『綺麗』みたいな称える噂が多い。


「言い返す……あえて反論って言うけどさ、学校では反論することはないんだよね」


「なんで?」


「みんなが私を尊重するから反論することがなくて、あったとしても周りの人が勝手に反論するから私は何も言えないの」


「なんか……」


「女王様みたい」と思ったけど、なんとなく口には出さなかった。


 僕も少しは成長しているようだ。


「今、女王様みたいって言おうとしたでしょ」


「なんでわかったの?」


「永継君には言われたくなかったことだから」


「ごめんなさい」


 思ってしまったのはしょうがないから、とりあえず謝って宇野さんに許して貰えるならなんでもする。


「理由を聞いてから謝ろうね」


「芽衣莉ちゃんにも言われた」


 とりあえず謝ってから始めるのは僕の悪い癖だ。


「何かしたらとりあえず謝らないと更に機嫌を損ねるかなって思っちゃうんだよね」


「なるほどね。なら私達には謝るよりも先に理由を聞こうか。理由がわかったら謝るなり何か許して貰えることをするなりしよ」


「うん」


 物心ついた時からやっていることをすぐに変えられるかはわからないけど、宇野さん達に嫌われない為にも頑張る。


「変えにくかったら、謝ってからなにが駄目だったのか聞くのでもいいかな」


「それなら出来そう?」


「疑問形なんだ」


「やってはみるけど、やれるかはわからないから」


 癖はなかなか抜けるものではない。


 頑張ってはみるが、頑張りだけでどうこうなるものでもない。


「永継君ならできるよ。今回は特別に女王様呼びが嫌な理由を教えるね」


「ほんと?」


「うん。まぁ理由って程大袈裟なものでもないけど、女王様って偉そうなイメージあるからさ。それと、女王様って呼んでからかう男子がいるのが一番大きいかな」


 僕の中に罪悪感と嫌悪感が同居する。


「永継君なんだから」


 それに気づいたのか、宇野さんが僕の後ろ髪を撫でる。


「別に知らない男子から呼ばれる分にはいいんだよ。だけど永継君にはその人達と同じことを思って欲しくないなって思っただけなんだ」


「二度と思わない」


「ありがと」


 宇野さんがそう笑顔で言うと、僕のお弁当箱と箸を取った。


「僕のお昼……」


「いや、盗んだ訳じゃないからね!?」


 慌てた否定した宇野さんが僕のお弁当箱から僕の箸でおかずを取る。


「その手だと食べずらいでしょ?」


「これぐらいなら大丈夫だよ?」


 僕の利き手である右手はタバコを握ったことにより少し火傷している。


 少し違和感はあるけど、別に箸を持てない程ではない。


「だーめ。大丈夫って言ったのに私にお粥を食べさせたのは誰?」


「あれはほんとに駄目だったよ?」


「そんなことないですー。結構余裕でしたー」


 宇野さんが拗ねたしまった。


 このままではほんとにお昼を食べられなくなってしまう。


「じゃあ食べさせてくれる?」


「うん!」


 嬉しそうな宇野さんが僕の口元におかずを運ぶ。


「あーん」


「あー……ん?」


「どしたの?」


 僕はもぐもぐしながら階段の下を眺める。


 何か音がしたような気がしたが、気のせいだったみたいだ。


「なんでもないよ。宇野さんに食べさせて貰うと美味しい」


「私も永継君に食べさせて貰ったお粥は美味しいと思ってたよ。元からかもだけど」


 僕にはそんな力はないので味付けがちょうど良かったのだろう。


 でもそれならと、宇野さんのを食べさせようかと思ったけど、それだと宇野さんが食べさせてくれてる意味がないのでやめた。


 そんなことを考えつつ、いつもより美味しく感じられるお弁当を食べ進めた。

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