第3話 無自覚鈍感天然変態
「弁明は?」
「なんの?」
僕は今、梨歌さんに正座させられている。
梨歌さんは腕を胸の前で組んでご立腹だ。
「姉さんを助けてくれた事には感謝してるよ。芽衣莉にしたのもあなたは善意だけで芽衣莉がちょろかっただけなのもわかる」
(芽衣莉さんへの言葉が辛辣だ)
仲良しなのはわかるけど、どうにも梨歌さんの芽衣莉さんに対する扱いが雑に見える。
「それで僕はなにをしたの?」
「あんたは私達の服と……を触ろうとした」
「え?」
確かに洗濯物をたたもうとした。
許可もなくやろうとしたのは僕が悪いけど……。
「服と何?」
服は聞こえたけど後半が聞こえなかった。
「救いようのない変態!」
「ちょっと傷ついた」
梨歌さんの言いたい事がわからない僕も悪いけど、面と向かってそう言われるとさすがに心が痛くなった。
「ち、違くて……あの、ごめんなさい」
梨歌さんがあわあわしてから申し訳なさそうに頭を下げた。
「あなたに善意しかないのはわかってるけど、素直になれない」
「梨歌さんは素直ないい子だよ?」
梨歌さんは確かに言葉が強いけど、それはつまり言いたい事を全部言ってくれてるという事になる。
要するに素直だ。
「あなたがそうやって甘やかすから私が調子に乗るんだよ……」
「それがわかってるならいいのでは?」
「……うるさいし」
梨歌さんが急に後ろを向いてしまった。
「りかお姉ちゃんもお熱?」
いつの間にか梨歌さんの背後に居た悠莉歌さんが梨歌さんの顔を見てそう言った。
「悠莉歌、今すぐ戻りなさい」
「りかお姉ちゃん、お熱?」
「梨歌さん、大丈夫なの?」
「こうなるからぁ……」
僕は慌てて立ち上がり、梨歌さんに近づこうとしたら、梨歌さんに手で止められた。
「いいから座って」
「はい」
梨歌さんに言われた通りに正座をする。
「普通でいいよ。悠莉歌は姉さん見てて」
「りかお姉ちゃんは大丈夫?」
「大丈夫だから姉さんをお願いね」
「はーい」
そう言って悠莉歌さんが全身を使って流歌さんの元に走って行った。
「いいの?」
「姉さん一人にしたくないし、悠莉歌がうろちょろしてたら危ないでしょ」
「それもそうだね」
これから料理もするから確かにいきなり後ろに立たれていたりしたら危ない。
「悠莉歌さんはちゃんと言われた通りにして偉いよね」
「悠莉歌にまでさん付けって……。まぁあの子はわがままは言わないね」
「上がちゃんとしてると下はちゃんとしないって聞いた事があるけど、宇野さん達はみんなちゃんとしてるね」
「それは多分……。これはいっか。姉さんの教育がいいからね」
梨歌さんの顔が一瞬暗くなったが、多分そこは聞いてはいけない事だとわかった。
「最後に一つ聞いたら本題入っていい?」
「はい」
「なんで姉さんは名字なの?」
「宇野さんだから?」
学校の人もみんな「宇野さん」と呼ぶ。
だから僕も宇野さんを名前ではなく名字で呼んでいる。
「梨歌さん達を名前で呼べば大丈夫かなって思って。それともいきなり名前で呼んだの嫌だった?」
「それはいい。まぁ姉さんの事は姉さんに任せればいっか」
僕としては宇野さんの名前を呼ぶのに抵抗があるとかでもないから、名前で呼んだ方がいいのならそう呼ぶ。
「ならせめて悠莉歌はさんじゃなくて呼び捨てかちゃんにして」
「さんは駄目なの?」
「なんかやだ」
理由はよくわからないけど、梨歌さんがそう言うのならやめる。
「じゃあ悠莉歌ちゃんで」
「芽衣莉も変えて」
「芽衣莉ちゃん?」
「うん。つ、次いでだから私も」
「梨歌様?」
「なんで私だけ様なの!」
なんだか梨歌さんは様が似合う気がしたからだ。
特に他意はない。
「梨歌ちゃんでいいの?」
「そうして。ちゃんも男の人に言われるとこそばゆいけど」
「じゃあ僕の事はなんて呼ぶの?」
「……」
別に困らせる意図はなかった。
ただ純粋に気になっただけだ。
僕の呼び方が嫌だと言うのなら、僕が聞いたらどう呼んでくれるのか。
「僕としては『あんた』でもいいけど、それなら僕も梨歌様って呼んでいい?」
「なんで様の方なの……。でもそうだよね。私はお願い聞いて貰ってるのに、私は断るなんて駄目だよね」
梨歌ちゃんが僕の事をちらっと見た。
「し、篠崎……さん」
「付けたくないならさんはいいよ?」
「年上だから敬意は持たないといけないのはわかるの。だけど、だけどね……」
梨歌ちゃんが僕の事をちらちらと様子をうかがうように見てくる。
「恥ずかしいんだって」
「悠莉歌!」
悠莉歌ちゃんが「りかお姉ちゃんはめんどくさい」と言って、また宇野さんの元に走って行った。
「恥ずかしいの?」
「男の人に慣れてないだけ。中学は共学だけど、女子としか一緒に居ないから」
「男の子の方は話したがってるんじゃない?」
「なんで?」
「梨歌ちゃんかわいいから」
梨歌ちゃんに無言で胸をぽかぽかされた。
(こういうところがかわいいんだよ?)
言ったら口を聞いてくれなくなりそうな気がしたから口には出さなかった。
「ところで本題ってなに?」
「服のたたみ方教えて」
「じゃあまず叩くのやめて」
梨歌ちゃんは叩くのをやめようとしない。
なので梨歌ちゃんの背中に腕を回して抱き寄せ、腕を動かせなくした。
「え、え?」
「叩かないの」
「えっと、その……」
「わかった?」
「……はい」
梨歌ちゃんが落ち着いたようなので腕を解いた。
「じゃあ始めよ。たたみ方って言っても僕のは早くも楽でもないからね」
「いいの。流れだけでもわかってれば後で姉さんに聞くから」
多分それが一番いい。
服のたたみ方はその家によって変わる。
だから本当は僕ではなく宇野さんに聞くのがいいんだろうとは思う。
「やらせてくれなかったの?」
「姉さんは過保護過ぎなんだよ。私達が心配だからってなんでも自分でやって、私達の心配は気にしない。だから今はチャンスなの」
「やっぱり梨歌ちゃんはいい子だね」
宇野さんに楽をさせてあげたいからと、自分からお手伝いを申し出れる子がいい子でないのならなんなのか。
芽衣莉ちゃんも自分から来てくれたし、悠莉歌ちゃんも梨歌ちゃんの言う事をちゃんと聞いて宇野さんの事を見ながら梨歌ちゃんの事も見て、フォロー? してくれてる。
宇野姉妹はみんながいい子だ。
「四姉妹で仲良しだね」
「……そうだね」
梨歌ちゃんの顔が一瞬暗くなった。
「梨歌ちゃん?」
「なんでもない。てかいい子言うなし」
頬を少し染めた梨歌ちゃんに胸を軽く叩かれた。
「いい子だから仕方ない。それよりシワになるからたたも?」
「うん」
少し話し過ぎた気もするけど、多分きっと大丈夫なはずだ。
「アイロンはする家?」
「そもそも無い」
「うちと一緒だ」
あればするのかもしれないけど、今のところ必要になった事がないから欲しいとも思わない。
(思っても手に入らないだろうけど)
そんな事を考えながら洗濯物に目を向ける。
「ちょっと目瞑ってて」
「なんで?」
「また変態って言われたい?」
「嫌です」
これ以上心を痛めたくないので言われた通りに目を瞑る。
すると何やらガサゴソとおそらく洗濯物を移動する音が聞こえた。
(自分のと分けてるのかな?)
僕が触っても平気な服と駄目な服を分けてくれてるのなら、やりやすくて助かる。
もしも全部触ったら駄目なやつと言われたら口頭で教えるしかないから少し大変だ。
「いいよ」
「あれ?」
見たところ一番下に置いてあった洗濯物が無くなっただけに見える。
「そういえば最初に言ってたのってなに?」
傷ついて忘れてたけど、梨歌ちゃんは服と何かを触ろうとしたと言って怒っていた。
その何かを結局聞けていなかった。
「本当にあな……篠崎さんってあれだよね」
「どれ?」
「無自覚鈍感天然変態」
「なんか全部盛りみたい。でも言われてるのは多分悪口だよね」
僕が悪いのはわかるけど、理由がわからないとやっぱり傷つく。
「変態以外は悪口じゃないよ。でもね、女の子の口から『下着に触るな』って言わせようとしてるんだからそれぐらい言われてもいいよね?」
「あぁ……」
確かにそれはそう言われても仕方ない。
少し考えればわかる事だった。
これは洗濯物なんだから干されてるのは服だけとは限らない。
「それとも下着のたたみ方も教えてくれる?」
「多分恥ずかしくて死んじゃう」
「素直か! 照れてる篠崎さん見たいから芽衣莉のでもやらせようかな」
「芽衣莉ちゃんのなんだ」
「私の見たいの?」
「ほんとにシワになっちゃうから始めよー」
だんだん僕が本当に変態になってしまいそうだと思い始めたので、無理やり話を変える事にした。
梨歌ちゃんが楽しそうなのでいいのだけど、これ以上はなんか駄目な気がした。
「りかお姉ちゃん楽しそう」
「悠莉歌!」
悠莉歌ちゃんが顔を赤くした梨歌ちゃんに怒られ「りかお姉ちゃんがおこったー」と嬉しそうに宇野さんの元に走って行った。
「悠莉歌ちゃんは梨歌ちゃんが大好きなんだね」
「名前が似てるからでしょ。それより始めて」
「うん」
そうして僕は梨歌ちゃんにおそらく一番オーソドックスな服のたたみ方を教えた。
どうやら楽しかったようで次々とみんなの服を夢中でたたんでいた。
そしたら背後に気配(服を引っ張られた)がしたので振り返ると、芽衣莉ちゃんが「続きお願いします」と上目遣いで聞いてきたので、僕は芽衣莉ちゃんと一緒にキッチンに戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます