第2話 晩ご飯の準備

「宇野さん大丈夫?」


「大丈夫じゃないから寝させてるんでしょ。てかあんたはいつまで居る気なのよ」


 とりあえず姉妹で暮らしている事は置いておいて、宇野さんの心配をしていたら、梨歌さんにジト目を向けられた。


「姉さんを運んで貰う為に入れたけど、ここは男子禁制なんだけど?」


「そうだったの?」


「今そうなった」


 そう言って梨歌さんが手で追い払うようにする。


「梨歌ちゃん、そんな言い方しなくても……」


「は? 私に口答え?」


「ご、ごめんなさい」


 芽衣莉さんが梨歌さんに睨まれたら、部屋の端っこに行ってしまった。


「るかお姉ちゃんお熱?」


「そう。だから悠莉歌ゆりかは上に居なさい」


 悠莉歌と呼ばれたのは、さっきロフトから覗き込んできていた小学生か幼稚園生ぐらいの女の子だ。


 悠莉歌さんは宇野さんを心配しながらも、ロフトに上がって行った。


「あんたも早く帰って」


 梨歌さんが僕の事を睨んできた。


「ご飯とか大丈夫?」


「……平気だし」


 部屋に来るまでにキッチンを見たら、料理されている痕跡はあった。


 自炊はしているようだけど、問題は誰がやっているかだ。


「家事って宇野さんが全部やってたの?」


「……」


 沈黙は肯定という事だと思う。


 つまり宇野さんが倒れたという事は、晩ご飯がないという事。


「作ろうか?」


「は?」


「作り置きがないなら何か作ろうか?」


 宇野さんは真面目な人だと勝手に思っているから、作り置きをしてる可能性もある。


 だけど梨歌さんの反応から、してないか、今はないと思われる。


 悠莉歌さんは危ないからさせないだろうし、芽衣莉さんと梨歌さんも反応的に料理ができないか、宇野さんにさせて貰えてないと思われる。


「料理はほとんど毎日してるからできるけど、どうする?」


 別に無理にさせろなんて言わない。


 梨歌さんからしたらいち早く僕を帰らせたいだろうし、冷蔵庫を見られたくない人も多い。


「……芽衣莉」


「わ、私は、えっと……」


 部屋の端っこで体育座りをしていた芽衣莉さんが僕をちらちら見てくる。


「そういえば自己紹介してないや。僕は篠崎 永継です。宇野さんとは同級生で、クラスは違うけど、噂ぐらいは知ってます」


 そう言って芽衣莉さんと梨歌さんに頭を下げた。


「芽衣莉はこれを信用できるって?」


 梨歌さんが僕を指でさしながら言う。


「失礼だよ。信用はできるよ。だって流歌さんを運んでくれたんだよ?」


「……」


 芽衣莉さんの言葉を聞いた梨歌さんが黙る。


「悠莉歌」


 梨歌さんがロフトの方を向いて悠莉歌さんを呼ぶと、ひょこっと顔出した悠莉歌さんが「なに?」と言ってきた。


「お腹空いた?」


「うん。でもるかお姉ちゃんがお熱あるなら大丈夫だよ」


 今聞いたのは聞かなかった事にする。


 そしてこれは何も考えない事にも。


「……篠崎だったっけ。おかゆも作れる?」


「もちろん」


「ならお願い。もちろん私のはいいから」


「なんで?」


「これだけ憎たらしい態度取ったんだから嫌でしょ?」


 梨歌さんが僕から顔を逸らすようにしながら言う。


「僕は梨歌さんがどんな人かわからないけど、僕への態度ってみんなを守る為なんでしょ?」


 姉妹だけの空間に謎の男が入り込んで来たら警戒するのは当然だ。


 だから僕が梨歌さんを嫌がる理由は何も無い。


「みんなの事が大好きなんだね」


 晩ご飯の事も、自分の事より芽衣莉さんと悠莉歌さんの事を気にして意見を求めていた。


 大好きな家族の為に行動できる梨歌さんを僕は尊敬する。


「ち、ちが……は?」


 梨歌さんが頬を少し赤くしながら僕を睨む。


(あ、かわいい)


「今絶対ばかにしたでしょ」


「ううん。かわいいって思った」


「かわ、……嫌い!」


 梨歌さんが顔を真っ赤にしてロフトに上がって行った。


「嫌われちゃった……」


「あ、あれは照れてるだけかと」


 芽衣莉さんが入れ替わりで僕の隣に来てそう言った。


「それなら良かった」


「し、篠崎さん。見ててもいいでしょうか」


「晩ご飯作り?」


 芽衣莉さんがコクっと頷いた。


「いいよ。とりあえずなにがあるか見てからだけど」


「えっと、驚かないでくださいね」


「え?」


 芽衣莉さんが渋い顔をするので何かと思いながら冷蔵庫を開けた。


 するとそこには……。


「すごい。もやしとお豆腐しかない」


 冷蔵庫の中は給料日前のような感じだった。


 給料日前を知らないけど。


「今日、流歌さんがお買い物をして作り置きもしてくれる予定だったので……」


 これが宇野さんの帰りたい理由のようだ。


 姉妹が心配なのもあるだろうけど、買い物もしたかったのだと思う。


「今からは無理なんだよなぁ」


「暗いからですか?」


「雨降ってるから」


 先程から雨が屋根を打つ音が聞こえてくる。


「え! お洗濯物が」


「そんなに強くないから屋根があるなら急ぐ必要はないからね」


 今にも走り出そうとした芽衣莉さんにそう言う。


「降り始めですか?」


「うん。ついさっき降ってきた」


「よく聞こえましたね」


「耳はいいみたいなんだ」


 そのせいでクラスの人の話し声は大抵耳に入ってくる。


 だからぼーっとしたい時はイヤホンを付ける。


 だから帰る前もイヤホンをしてるけど、それがなかったら宇野さんの倒れた音も聞こえていたかもしれない。


「と、とりあえずしまってきますね」


 芽衣莉さんがそう言って洗濯物をしまいに行った。


 その間に僕はなにを作るか考える。


(お米はあるからお粥は作れるね。冷蔵庫にはもやしとお豆腐だけ。調味料なんかは?)


 一通りはあるようだ。


「多分きっと平気かな」


「篠崎さん?」


 洗濯物をしまい終わった(とりあえず中に入れただけ)芽衣莉が帰って来た。


(シワになっちゃう)


 そんな事を気にしながらも、先にやる事をやっておく。


「ご飯炊こう」


「はい」


 とりあえず一番時間の掛かるものから片付ける。


「芽衣莉さんはお米研いだ事ある?」


「ありません。流歌さんは私達には何もしなくて大丈夫って言って」


「怪我が怖いのかな? お米を研ぐだけなら怪我もしないだろうしやる?」


 芽衣莉さんが頷いて答える。


「やり方は、お米を入れて洗うだけ」


 説明不足なのは自分でもわかるが、口で説明するよりも見せて説明する。


「炊きたい量をカップで入れて、がしゃがしゃして流すを繰り返すの」


 そう言ってお手本を見せる。


 流すところさえ気をつければ失敗はない。


「やってみて」


「はい」


 芽衣莉さんと場所を変わってやって貰う。


 少しぎこちないが、初めてならばぎこちないのは当たり前だ。


 むしろそこが可愛く見える。


 お水を流すところも慎重にやりすぎて少し時間が掛かったが、見事にお米を一粒も流さずにお水を流せた。


「芽衣莉さんすごい!」


「そ、そうなんですか?」


「慣れると絶対にお米流しちゃうんだよ」


 慣れるとどうしてもこれぐらいなら許容範囲内だと思って流してしまう。


「芽衣莉さんは慎重な性格だからお料理に向いてるのかも」


「そ、そんな事……」


 芽衣莉さんが顔を赤くしながら俯いた。


 お米を流しそうだったのでちゃんと支えておいた。


「後は入れた合数の数字に合わせてお水入れるだけ。氷を入れたりとかお酒を入れたりとかあるみたいだけど、結局普通が一番美味しいと思うんだよね」


「お米を炊くだけでも色々あるんですね」


「先人の知恵だよね。入れられる?」


 炊飯器が少し高いところにあったので、コードを移動させて下に下ろした。


 それでも芽衣莉さんには少し高い。


「これくらいなら」


「抱っこいる?」


「へぁ?」


 芽衣莉さんがお米とお水の入った釜を落としそうになったので、それをギリギリのところで下から支えて事なきを得た。


「す、すいません」


「僕が変な事言ったからだもん。今度は邪魔しないから」


 芽衣莉さんがちゃんと釜を持ったのを確認してから手を離す。


 だけど芽衣莉さんが動かない。


「や、やっぱり……」


 芽衣莉さんがちらっと僕を見た。


「抱っこする?」


「お、お願いします」


 芽衣莉さんがそう言うので、僕は芽衣莉さんのお腹に手を回して持ち上げる。


(軽い……)


 宇野さんもそうだったけど、異様に軽く感じる。


 女の子を持ち上げた事がないから普通がわからないけど、とても軽い。


「入りまし、きゃ」


 炊飯器に釜が入ったタイミングで芽衣莉さんが少しだけ下に落ちたので力を込めたら、何やらとても柔らかい感触を感じた。


(なに?)


 僕はとりあえず芽衣莉さんを下ろす事にした。


「芽衣莉さん?」


 芽衣莉さんが胸を押さえてうずくまっている。


「す、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか……」


 芽衣莉さんが赤くした顔をこちらに向けて言う。


(なまめかしい?)


 こういうのをなんて言うのかわからないけど、なんだかとっても……。


「かわいい」


「〜〜〜」


 芽衣莉さんが声にならない声を出して顔を押さえた。


 よくわからないけどご飯はセットできたから芽衣莉さんが元に戻るまで他の事をやっておく事にした。


「ちゃんとたたまないと」


 掛けたまま取り込まれた洋服達を畳もうと部屋に戻る。


 そして洋服に手を伸ばしたらその手を掴まれた。


「梨歌さん?」


 梨歌さんがすっかり赤みの引いた、逆に青い、冷たい視線を僕に向ける。


「あんたは変態!」


 それを言われた僕はなんの事かわからず梨歌さんをしばらくの間見つめていていたようだった。

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