第36話 新しいおもちゃ

「ねぇなっくん」


「なに?」


「呼んでみただけぇ」


 学校から帰った僕は芽衣莉ちゃんと一緒に買い物に来ている。


 一週間分の買い物は終わっているけど、鏡莉ちゃんの誕生日用の買い物にやってきた。


 パーティーなんかはしないけど、ささやかなお祝いをする予定だ。


 学校帰りに一人で行こうと思ったけど、気づけばアパートに帰っていたので芽衣莉ちゃんも一緒についてきてくれた。


 鏡莉ちゃん達は芽衣莉ちゃんが「来ないでね」と笑顔で言ったおかげかついて来ていない。


「二人っきりになれないからなっくんって呼べなくてやだ」


「呼んでもいいんだよ?」


「みんなには内緒がいいの。それとも……嫌?」


 芽衣莉ちゃんが弱々しく手をきゅっと握りながら聞いてくる。


「ううん。芽衣莉ちゃんがそれでいいなら」


「むぅ。芽衣莉ちゃんじゃないでしょ」


「あ、ごめん、めいちゃん」


「えへっ、ゆるすー」


 芽衣莉ちゃんが僕の腕に抱きついてきた。


 とても可愛いのだけど、少し離れて欲しい。


 ドキドキして仕方ない。


「なっくん喜んでる?」


「嬉しいよ? ただちょっと大変だから手を繋ぐんじゃ駄目?」


「男の子的な意味?」


「ある意味?」


 可愛い子にだきつかれたら大抵の男の子はドキドキしてしまう。


 だからこういうのは外ではやめて欲しい。


「なっくんも男の子だもんね、私は理解のある子だから手で我慢するね」


 何故か芽衣莉ちゃんが照れているが、とにかく安心した。


「それで今日はなにを買いに行くの?」


「そういえばめいちゃんには言っていいのかな?」


 宇野さんとの話し合いでは、別に内緒にするとは言っていない。


 これからもささやかなパーティーをするのなら、芽衣莉ちゃんに今隠しても芽衣莉ちゃんにはサプライズにはならない。


 だったら言ってもいいのだけど。


「宇野さんから何か聞いてない?」


「特には」


「やっぱり内緒の方がいいのかな。というか僕が学校帰りにお買い物してから行けば良かったんだよね」


「流歌さんと隠し事してるの?」


「隠してるのかがわからないから悩んでる」


 ただの買い忘れと言えば済む話なんだけど、いつも芽衣莉ちゃんと一緒に買い物に来ているから買い忘れをしてないこともバレるし、今更だ。


 だったら芽衣莉ちゃんの優しさにつけ込むしかない。


「めいちゃん」


「なに?」


「今から僕は買い忘れのお買い物に行きます」


「うん」


「他に意味はありません」


「うん」


「それが答えじゃ駄目?」


 きっとこれで芽衣莉ちゃんはわかってはくれる。


 後はどう反応するかだ。


「つまり、流歌さんとの隠し事でお買い物に来ていて、隠し事だから私にはなにを目的にしてるのかは言えないってこと?」


「うん」


「私はついて来ない方が良かったんだね……」


 芽衣莉ちゃんが落ち込みながら僕の手をにぎにぎする。


「めいちゃんが一緒なのは嬉しいからいいんだよ。ただ、内緒にしててねってだけ」


「ふふっ」


 芽衣莉ちゃんが楽しそうに笑った。


「なに?」


「いや、なっくんとまた秘密ができたなーって」


「宇野さんに聞いたら教えてくれるかもよ?」


「むぅ、そこは普通にドキッとしてればいいの!」


「ずっとドキドキしてるからわかんない」


 芽衣莉ちゃん相手だと、どうもおかしい。


 ドキドキが止まらない。


 そんなことを思いながら芽衣莉ちゃんの方を見ると、頬を赤くした芽衣莉ちゃんがニマニマしながら僕を見ていた。


「わ、私も成長してるから外で確認はしないよ。だけどドキドキしてるのね、ふーん」


 なんだか芽衣莉ちゃんが喜んではいるけど、挙動がおかしい。


 ドキドキしてるのはいつも伝えていたはずだけど。


「なっくんって、流歌さんのことなんて思ってる?」


「どういう意味で?」


「関係性」


「初めてできたお友達」


 宇野さんがどう思ってるのかはわからないけど、少なくとも僕はそう思っている。


「じゃあ私は?」


「そっか、正確に言うならめいちゃんが初めてのお友達か」


 芽衣莉ちゃんとは小学生の時に会って仲良く? なっているから、初めての友達は芽衣莉ちゃんになる。


「聞きたいこととは違うけど、まぁいっか。それじゃあ、流歌さん相手にドキドキする?」


「それはどうだろ。する時もあるけど、宇野さんは安心の方が多いかな?」


 宇野さんと居るとほっとする。


 たまに見せる子供っぽさにかわきさ可愛さを感じることもあるけど、宇野さんの優しさに触れると落ち着く。


「流歌さんの包容力は確かにすごいんだよね。それでいて子供っぽさっていうギャップまであるから強いんだよ」


「宇野さんに抱きしめられると、ドキドキもするけど、それ以上に安心するよね」


「……今日された?」


 芽衣莉ちゃんがジト目で睨んできた。


「なんでわかったの?」


「女の勘って言いたいけど、流歌さんの温もりを思い出してる感じだったから」


 確かにその通りだ。


 今日のお昼休みに抱きしめて貰ったことを思い出していた。


 涙が出そうになるくらいに心が落ち着いた。


「宇野さんはお母さんみたいって言ったら怒られて、逆に宇野さんに僕がお父さんみたいって言われたんだ」


「やっぱり正妻は流歌さんになるのか。私の狙うべきところは愛人?」


 芽衣莉ちゃんがぽつぽつと独り言を始めた。


 言ってる意味はわからないけど、真面目な表情なので何も言わない。


「ギャップなら私も負けてないはずだから、勝負するなら他のところ……」


 芽衣莉ちゃんが何かを思いついたのか、視線を一度下に向けてから、繋いでいる僕の手を見た。


 そして僕の手を持ち上げて芽衣莉ちゃんが自分に近づけていく。


「って、なにをしてるの私は。せめて帰ってからにしないと」


 芽衣莉ちゃんが僕の手を戻した。


 なにをしようとしてたのかはわからないけど、芽衣莉ちゃんの顔は真っ赤になっている。


「どこでも構わずお盛んだこと」


 内心でため息をつきたくなるような声が聞こえてきた。


「さてさて、早く行こ」


 どうやら芽衣莉ちゃんは声を無視するようで、僕の手を強く引く。


 その手が少し震えているので、握る力を強くした。


「へぇ、無視すんだ。あんた達が今逃げたところで、あんた達の居場所を教えてくれる奴がいるから無駄なんだよ」


 芽衣莉ちゃんの身体がぴくっと反応して、早足になった。


「可哀想だよな。に裏切られて」


 後ろで嘲笑あざわらう声が聞こえてくるが、芽衣莉ちゃんは止まらない。




……」


 芽衣莉ちゃんがスーパーを通り過ぎて、あの公園にやって来た。


 そして震える声で僕を呼ぶ。


「なに?」


 言いたいことはわかっている。


 わかってはいるけど、震える理由はわからない。


「私は流歌さんを信じています」


「うん」


「だから何か理由があるんですよね?」


 芽衣莉ちゃんが今にも泣きそうな顔で僕にしがみつきながら聞いてくる。


「流歌さんが私達のことを裏切るなんて嘘ですよね?」


「……」


「最近、流歌さんの帰りが遅いのって関係ないですよね?」


「芽衣莉ちゃん、まずね、前提から違うと思う」


「え?」


 これは別にこうあって欲しいとかの希望ではなく、約一ヶ月宇野さんと一緒に生活してわかったことだ。


「そもそもね、宇野さんにそんな難しいことは出来ないと思う」


「難しいこと?」


「僕を含めて芽衣莉ちゃん達に隠し事をしたりするの」


 宇野さんは結構わかりやすいので、後暗いことをするのが苦手に思える。


「でも、学校では色々と隠してるんですよね?」


「それは外面だよ。家では宇野さんポン……ちょっと抜けてるところがあるから」


 決してポンコツなんて言おうとはしてない。


 外で完璧を演じている分、家などの落ち着く場所では気が抜けてポンコツになる。


「今のは流歌さんに伝えるとして、もし脅されているとかだったら」


「それならそれでいいんじゃない?」


「と言いますと?」


「宇野さんは裏切ってないし、僕達でなんとかできたら宇野さんを助けられて恩返しができるよ」


 実際のところ、宇野さんが言ったのか、言ってないのかもわからないけど、わかることが一つだけある。


「宇野さんは、どんなことがあっても芽衣莉ちゃん達の傷つくことを快くやったりはしないよ」


「……そう、ですよね」


 芽衣莉ちゃんがキュッと僕の制服にシワを作って、笑顔を向ける。


「私は流歌さんを信じています。確かに流歌さんが私達何か隠し事をできるとは思えませんし」


「芽衣莉ちゃんも言ったから同罪だよ」


「実は言われるの気にしてました?」


「拗ねた宇野さんって可愛いけど、ご飯の時に拗ねられると対応ができないからちょっとね」


 別に暇な時ならいくらでも拗ねてくれて構わないけど、ご飯の時に拗ねられると、悠莉歌ちゃんにご飯を食べさせているので宇野さんを構う暇がない。


 ずっと拗ねられてると、せっかくの芽衣莉ちゃんのご飯が冷めるから嫌だ。


「私を含めて、流歌さんの相手は諦めてますからね」


「どうして?」


「構って欲しいだけなんですもん」


「じゃあいっぱい構ってあげたら?」


「……なるほど。子供扱いしたらただ可愛い流歌さんが見れるかもですね」


 宇野さんは一番お姉さんということもあり、甘えることができなかったのだと思う。


 それが拗ねに出ているのなら、沢山甘やかしたら満足するかもしれない。


「篠崎さんが拗ねた時も沢山甘やかしますね」


「拗ねないもん」


 甘やかして欲しくない訳ではないけど、芽衣莉ちゃんの甘やかしが少し怖い。


 既に目が新しいおもちゃを買って貰った子供のようだ。


「お手柔らかに……」


「はい♪」


 極力拗ねないように努力しようと心に決めつつ、芽衣莉ちゃんと一緒にスーパーへ戻る。

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