第25話 二度目のキス

「芽衣莉ちゃん……」


 倒れた芽衣莉ちゃんを布団に寝かせ、僕はその芽衣莉ちゃんの手をずっと握っている。


 芽衣莉ちゃんは変わらず「ごめんなさい」と、言い続けている。


「私のせいだよね……」


「そうだけど、梨歌のせいだけじゃないでしょ。めいめいの前であの人の話をしたのがまず間違いだったし、何より悪いのはあの人なんだから」


 壁際でうずくまる梨歌ちゃんに鏡莉ちゃんがそう言う。


「お兄ちゃん」


 悠莉歌ちゃんが僕の制服の袖を引っ張って呼ぶ。


「なに?」


「お姫様を起こすにはキスが一番手っ取り早いよ?」


「ゆり、こういう状況で変なこと言わないの。あんたの頭の中にそんな年相応なメルヘンの考えなんてないでしょ」


 鏡莉ちゃんが少し怒ったように言うけど、僕もそう思う。


 鏡莉ちゃんがこんな状況で、そんなことはできない。


「メルヘンな考えじゃないもん。めいりお姉ちゃんにお兄ちゃんがキスをしたら絶対に起きるでしょ?」


「起きるね」


「起きるの?」


「絶対に起きる」


 確かに起きる可能性はあるけど、絶対かどうかはわからない。


 だけど鏡莉ちゃんは確信を持っている。


「それで起きるでしょ、でも普通に起きたらまたあの女の人を思い出して倒れちゃうから、お兄ちゃんからのキスっていうあの女の人のことを忘れるくらいの喜びを与えたら忘れられるんじゃないかなって」


「なるほど」


「え、なるほどなの?」


 確かに衝撃は与えられるかもしれないけど、倒れるぐらいの深い傷を忘れられる程ではないと思う。


 それに……。


「芽衣莉ちゃんの許可もなしに出来ないでしょ」


「いやいやいやいや、めいめいはむしろ喜びしかないよ。毎日されても喜ぶよ」


「うん。めいりお姉ちゃんはお兄ちゃんにされることならなんでも喜ぶ変態さんだから」


「……篠崎さんだって許可なくされてたじゃないですか」


 まさかの梨歌ちゃんまで肯定派だとは思わなかった。


 確かに僕は前に芽衣莉ちゃんからキスをされた。


「そういえば宇野さんには黙っててくれてるんだね」


「お兄ちゃん、怒ると怖いから」


「悠莉歌、トラウマになってるから。ちなみに私も怖かったから言ってない」


 芽衣莉ちゃんにキスをされる前に僕は怒っていたらしい。


 僕自身は怒っていたつもりはなく、普通に質問をしていただけなのだけど。


「普段怒らない人が怒ると怖いってことだよ。ということで、めいめいの唇を奪ってみよー」


「だからなんで?」


「ほんとに怖いじゃん。怒ってるつもりはないんだろうけど」


 いつもよりも声のトーンが低かった気はするけど、怒ってるつもりはない。


「これさ、普通になっつんをあの人にぶつけたら引くんじゃない?」


「篠崎さんを巻き込めないでしょ。それに人語が通じない人には無駄だよ」


「うん。ああいう人は弱みを使って脅すのが一番いいよ」


 さっきから悠莉歌ちゃんの言葉が怖い。


 それだけお母さんを嫌っているのがわかる。


「とにかく、めいめいを起こそうよ。これ以上悪夢を見せる訳にもいかないでしょ」


「お兄ちゃん、口じゃなくて、ほっぺたとかならできる?」


「ほんとに効果あるの?」


「効果絶大。これでめいりお姉ちゃんが起きなかったら、口しかなくなるけど」


 どうしてもキスはさせたいようだ。


 僕も芽衣莉ちゃんが起きてくれるのならなんでもやる。


 だけど、どうしても……。


「恥ずかしいよ……」


「やば」


「キュンとしてしまった」


「お兄ちゃん、かわいい!」


 鏡莉ちゃんが鼻を押さえ、梨歌ちゃんが胸を押さえ、悠莉歌ちゃんが僕の腕に抱きついた。


「めいめいもったいない。いや、見てたら見てたでなっつん襲ってたからいいのか」


「鏡莉ちゃん、鼻血でてるよ」


「なっつんのせいでしょ。まじでやばい」


 鏡莉ちゃんが鼻を押さえて上を向いた。


「篠崎さんのたまに見せる可愛い姿って破壊力ありすぎて本気で好きになっちゃいそうになるんだよね」


「りかお姉ちゃんは素直じゃないだけ」


「悠莉歌うっさい」


 梨歌ちゃんが睨むと、悠莉歌ちゃんが僕の後ろに隠れて「素直じゃなーい」と悠莉歌ちゃんが梨歌ちゃんを煽った。


「ちょっと痛い目見せるか」


「暴力を振るう女は男に嫌われるよ」


「篠崎さんに嫌われなきゃいいよ。嫌う?」


 梨歌ちゃんが僕に首を傾げながら聞いてくる。


「嫌わないよ。ただ悠莉歌ちゃんは梨歌ちゃんを元気にしたくてこういう態度を取ってるだけだから、ほどほどにね」


「ち、違うもん」


「わかってるよ。悠莉歌は素直じゃないからね」


 梨歌ちゃんがそう言いつつ、笑いながら悠莉歌ちゃんに近づいてくる。


「まぁ痛い目には合わせるが」


「暴力女ー」


 梨歌ちゃんの暴力(軽いデコピン)が済み、鏡莉ちゃんの鼻血も落ち着いたので本題に戻る。


「なっつん。めいめいの為に頑張って」


「でも……」


「篠崎さんって、恥ずかしいことを普通に言うのに、ストレートなやつは苦手だよね」


「なっつんは回りくどいことは意味がわからないから普通にしてるけど、ストレートで意味のわかることは一般的な反応するんだよ。パンチラとか」


 鏡莉ちゃんが「ねー」と言って自分のスカートをヒラヒラする。


 恥ずかしくなったので、視線を逸らした。


「ほらね」


「あんたは篠崎さんになにをしてんのさ」


「照れるなっつんは可愛いからさ。それが見れるのなら私はなんでもやるよ。それがたとえどんなにエロいことでも」


 鏡莉ちゃんが胸を張ってそう言う。


「あんたが馬鹿なのは今に始まったことじゃなかった」


「梨歌だって照れたなっつんに惚れてたくせに」


「うっさいし」


 梨歌ちゃんが頬を少し赤くしてそっぽを向いた。


「と、騒いでいたものの、めいめいが起きる様子はないね」


「やっぱりここは王子様のキスだよ!」


「篠崎さん、お願いします」


 どうやら悠莉歌ちゃん以外はちゃんと心配しているようだ。


 芽衣莉ちゃんは「ごめんなさい」は言わなくなったけど、未だにうなされている。


 このまま放置するのが駄目なのもわかる。


「なっつん。なっつんは恥ずかしいからってめいめいに悪夢を見させ続けるの?」


「ううん。それは嫌だ」


 僕の恥ずかしさなんて芽衣莉ちゃんの為ならどうでもいい。


 それがわかればやることは決まっている。


「芽衣莉ちゃん、ごめんね」


 僕は芽衣莉ちゃんに謝ってから顔を近づける。


 これで本当に起きるかなんてわからない。


 でも、何もしないよりかは何かしたい。


「なっ、くん?」


 芽衣莉ちゃんの顔が目の前に来たところで、芽衣莉ちゃんが目を覚まして、懐かしい気がする名前呼んだ。


「めい、ちゃん?」


(めいちゃん?)


 咄嗟にその名前が出てきたけど、誰だか思い出せない。


 小さい時に沢山呼んでいた気がするのだけど、何も思い出せない。


「なっくん!」


 そう言った芽衣莉ちゃんの腕を首に回され、僕は芽衣莉ちゃんと二度目のキスをした。


 場所は『めいちゃん』を考えていたせいであやふやだ。


 誤魔化している訳ではない。決して。


 まぁ、鏡莉ちゃん達の反応でどこにしたのかはわかったけど。


 当の芽衣莉ちゃんは嬉しそうに眠っている。


 悪夢はもう見ていないようだ。

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