第29話 公園の思い出

「久しぶりに来ました」


「公園があるのは知ってたし、来たことあるのも覚えてるけど、誰かと遊んだ記憶がない」


 この公園は、うちから一番近い公園なので、小さい頃はここでよく時間を潰していた。


 だからそういう意味では見覚えがある。


「私も毎日来てた訳でもないですし、それに篠崎さんは私を見ると少し怯えていましたから」


「全然覚えてない」


 小学校低学年の時の記憶なんて全然ない。


 普通はそうだと思っていたけど、もしかしたら僕がおかしいのかもしれない。


「その日の記憶を全部消してたのかな?」


「記憶を消せるんですか?」


「え、消せない? 消すって言っても他の記憶で塗り替えて、その時は忘れるだけなんだけど」


 後でふっと思い出す時があるけど、その時はまた記憶を消して誤魔化している。


 僕が小さい頃に覚えた処世術だ。


「それで私のことまで忘れちゃったってことですか?」


「ごめんなさい」


 なんでもない時に思い出す可能性はあるけど、今まで思い出したことがないから、その可能性も低い。


「夢は見たんだけど」


「夢ですか?」


 僕は今朝見た夢の内容を芽衣莉ちゃんに話した。


「……ピンポイントでそこだけ覚えてるんですね」


「じゃあほんとなんだ」


「そうですね。そこだけは忘れててくれて良かったんですけど」


 芽衣莉ちゃんが少し気まずそうな顔をする。


「他は駄目ですか?」


 芽衣莉ちゃんに言われて何かを思い出そうとしたけど、やっぱり駄目だった。


「やっぱり印象的なことじゃないと小さい頃の記憶ってないんですかね?」


「あ、やっぱりないのが普通?」


「そうですね。私との思い出がその程度なら……」


 今すぐ土下座をしたくなったけど、謝ったからなんなのだと思い、別の方法を取ることにした。


「なんでも言うことを聞く券を後であげるのでなんとか」


「これは篠崎さんが罪悪感を得る度に、私は言うことを聞いて貰えるのでは?」


 芽衣莉ちゃんの悲しそうだった顔が一気に楽しそうに変わった。


 喜んで貰えるのならいくらでも言うことは聞くけど、ちょっと怖い。


「じゃあもう一枚ください」


「なんで?」


「私は少し怒っています。なんででしょう?」


 芽衣莉ちゃんが両手をバッと開いた。


 なんだか今日の芽衣莉ちゃんはテンションが高い。


「かわいい」


「かわいい不足ではありませんよ! 嬉しいですけど」


 芽衣莉ちゃんが「むぅ」と言って頬を膨らませた。


(やっぱりかわいい)


 いつもと違う芽衣莉ちゃんが見られてなんだか僕の方が嬉しくなる。


「私は怒ってるんですからね」


「理由を教えて。怒ってる芽衣莉ちゃんも……素敵だけど、せっかくのお出かけなんだから、楽しくいたいもんね」


「素敵と言った理由はなんですか?」


「かわいいって言うと怒るから」


「怒ってる訳じゃないですよ。ただの照れ隠しです」


 芽衣莉ちゃんがぷいっとそっぽを向いた。


「それで理由はなんなの?」


「あれ? かわいい待ちだったのに。しつこかったですか。えと、服を褒めて欲しかったんです」


「服?」


 芽衣莉ちゃんの服は少し大きめの淡いブルーのパーカーだ。


 というかいつもそうだ。


「いつもは部屋用パーカーですけど、今日はお出かけ用パーカーなんです」


「確かに少し違うけど」


「女の子の服と髪が違ったらとりあえず褒めるんですよ」


 正直に言うと、言われなければ違いに気づけなかった。


 だってお出かけ用は前開けでお家用はそうじゃないっていう違いしかないように見えるから。


「女の子は難しい……」


「まぁ気づかれるとも思ってなかったですけど、どんな些細なことでも気づいたら褒めるのがいいですよ。駄目な時もありますけど」


「どっち……」


 結局褒めればいいのか褒めなければいいのかわからない。


「好きっていうのは、そういうのの先にあるんですよ。多分」


「好きってほんとに難しい。じゃあ一つ気づいたこと聞いていい?」


「はい。喜ばせてください」


「芽衣莉ちゃんのことじゃないから喜んでくれないだろうけど、宇野さんって何してるの?」


「何とは?」


「生徒会とアルバイトがあるのはわかるけど、なんで毎日あんなに帰りが遅いの?」


 アルバイトがある日はわかる。


 だけど毎日同じ時間に帰ってくるのは少しおかしい。


 生徒会の仕事だって、終わるのは下校時間よりは早いはずだ。


「篠崎さんと会うまでは平日の二日と、土日は確かに早かったですね。それでも平日は七時を回ることが多かったですけど」


「何かしてるの?」


「わかりません。みんなあんまり自分のことは他人に喋らないので。私も含めて」


 いくら家族と言えど、なんでも話せる訳ではない。


 だから隠し事があるのは当然だけど、宇野さんが隠してるということは、みんなに心配をかけたくないからだ。


「また宇野さんが大変なことしてる?」


「その可能性はあります。でも疲れてたりする様子はないので、心配はいらないのかもしれません」


「宇野さんなら、バレないように隠しそうだけど」


 隠し事は隠せなければ意味がない。


 つまり隠しているのなら、心配させたくないことをしているということだ。


「私が聞いても教えてくれないと思うので、篠崎さんがそれとなく聞いてください」


「教えてくれるかな?」


「多分、普通に聞くだけで教えてくれますよ。篠崎さんのは普通ではないので」


 なんだか褒められてはいない気がするけど、気のせいということにしておく。


「あ」


「どうしたんですか?」


「芽衣莉ちゃんのパーカー姿ね、いつもかわいいって思ってるんだよ?」


 褒めるのを忘れていたので、とりあえずいつも思っていることを伝えてみたが、芽衣莉ちゃんに無言でぽかぽか叩かれた。


「痛くはないけど、どうしたの?」


「普通じゃない篠崎さんに八つ当たりしてるだけです!」


 普通じゃない自覚はあるけど、ここまでストレートに言われると少し傷つく。


「私達ってみんなパーカーじゃないですか」


「そうだね」


 芽衣莉ちゃん達はみんな色違いのパーカーを着ている。


 鏡莉ちゃんは最初パーカーではなかったけど、最近はパーカーを着ている。


「みんなで合わせてるの?」


「主に私のせいですね」


「パーカー好きなの?」


「嫌いではないですけど、パーカーみたいなゆったりしたやつじゃないとお下がりとか、服を貸すことが難しくなるんです」


 芽衣莉ちゃんが頬を少し赤くしながら言うが、理由がわからない。


「スウェットでもいいですけど、選ばれたのはパーカーだったので」


「結局なんでパーカーなの?」


「……篠崎さんのエッチ」


 芽衣莉ちゃんが両手で胸を押さえながら僕にジト目を送ってきた。


「って言ってもピュアな篠崎さんはわかりませんよね。胸が大きいと色々と大変なんですよ」


「あ、ごめん」


 僕は思わず芽衣莉ちゃんから視線を逸らした。


「あ、いい反応が見れました。ついでに篠崎さんは大きいのと小さいのではどっちが好きですか?」


 芽衣莉ちゃんが僕の右手を両手で握りながら上目遣いで聞いてくる。


「僕は芽衣莉ちゃん……達が好き」


「そこは私だけでいいんですけど。意識してるってことでいいんですよね?」


「なんだか懐かしい気がする」


「と言いますと?」


「小さい時、ここで女の子にいじめられてたから」


 もう顔も何も覚えていないが、この公園でとある女の子にからかわれ、いじめられたのを覚えている。


「……まったく誰ですか、幼少期の篠崎さんをいじめる悪い人は」


「ほんとに誰だろう。会う度に僕の服を引っ張って転ばせたり、大人の真似って言って顔を近づけてきて頭突きしてきたり」


「あれは恥ずかしかっただけです!」


「芽衣莉ちゃんも知ってるの?」


 そういえば芽衣莉ちゃんもこの公園で僕と会っているから、その子を知っていてもおかしくない。


「……そうですね。酷い子でした」


 芽衣莉ちゃんが僕の手を離して少し離れて行った。


「酷い子ね……」


「違うんですか?」


「確かにいじめられたけど、あの子はいつも楽しそうだったんだ。帰る時間になると僕にぎゅって抱きついてきて『また会える……?』って悲しそうに聞いてきたりしてたんだ」


「……」


「それに僕としても、嫌な思い出じゃなくて、楽しかったんだ。あの子と一緒の時は家のことを忘れられたから」


 僕はあの元気な女の子がいたからあの時を普通に過ごせたのかもしれない。


 だからあの子に会いたくて毎日この公園に来ていたような気がする。


「その子はね、僕にとって大切な人だったんだよ」


 僕にとっては大切な人だった。


 だけどそれは僕だけが思う気持ちだった。


「その子ね、突然来なくなっちゃったんだ」


「……」


「引越しでもしたのかな? それなら言って欲しかったよ。その子が来なくなって少ししてから、僕はこの公園に来ることもやめたんだ」


 ここに来るとあの子を思い出すから。


 思い出すと悲しい気持ちになるから。


「さすがに今は大丈夫になったけど、あの子は結局なんで来なくなったんだろ。僕とのに飽きたのかな?」


「違う!」


 芽衣莉ちゃんがまっすぐ僕の目を見ながらそう叫んだ。


 目元には涙が浮かんでいる。


「私は、わた……しは」


 芽衣莉ちゃんの声の勢いが下がっていく。


 言い難い感じではない。


 何か見たくないものを見てしまった時のように固まっている。


「昼間っからデートとはいいご身分だねぇ」


 僕の背後からもう聞きたくはなかった声が聞こえてきた。


「出禁だって言ったら連れ出したか。サルが」


 僕が振り向くと、そこにはタバコを吸った女の人が立っていた。

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