第34話 勘違いするめんどくさい女

「なにがあったの?」


「悲しい事件があったの」


 宇野さんが帰って来て部屋に入ると、開口一番にそう言った。


 その原因は机を挟んで項垂れる梨歌ちゃんと鏡莉ちゃんが居たからだ。


「悲しかったね」


「私は楽しかったです」


 原因の大元である悠莉歌ちゃんが笑顔で言うと、芽衣莉ちゃんが頬を少し赤く染めて恥じらいながら言った。


「ほんとになにがあったの?」


「宇野さんには内緒」


「見放されたか……」


 宇野さんがあからさまに項垂れた。


「梨歌ちゃんが流歌さんにバレたくないそうなので」


「なるほどね。また悪さをしたと」


「してな……くもないけど、ないけど……」


 梨歌ちゃんの元気が更になくなった。


「それで永継君、梨歌と鏡莉は何したの?」


「だから内緒」


「いいから」


「じゃあ宇野さんが何してるのかも教えて」


「……そうきますか」


 芽衣莉ちゃんに僕が普通に聞けば宇野さんは教えてくらると言われたので普通に聞いてみた。


 教えて貰っても梨歌ちゃんの許可がでるまでは話す気はないけど。


「教えられないからいいや。悠莉歌」


「なに?」


「梨歌と鏡莉は何したの?」


「どうしよっかなー。言うこと聞いて貰っちゃたから、普通に話すのもあれだから、るかお姉ちゃんも何か支払ってくれたらいいよ」


 それは結局僕と同じ条件な気がする。


「じゃあ芽衣莉」


「私もいいものを見せて貰ったので、秘密にします」


「私って信頼ない?」


 こうして三人目の被害者が出てしまった。




「また芽衣莉にちょっかい出しに来たの?」


 宇野さん達が少し回復したので芽衣莉ちゃんと僕で晩ご飯を運んできた。


 今はそれを食べながら今朝の話をしている。


「篠崎さんが追い払ってくれましたけど」


「さすが永継君」


「だから勝手に帰っただけだって」


「いやいや、あの方に何も言わせないで帰らせるのって相当すごいことだよ」


 宇野さんはお母さんのことを「あの方」と言うらしい。


 みんな徹底してお母さんとは認めないらしい。


「あ、流歌さんごめんなさい」


「なにが?」


「愛しのなっつんとデートしちゃって(ハート)」


 鏡莉ちゃんが親指と人差し指を交差させながら言った。


「鏡莉」


「あ、すいません」


 芽衣莉ちゃんの本気の怒りに鏡莉ちゃんが縮こまる。


「そ、それでなに?」


「えっと、篠崎さんに言っちゃいました」


「え……」


 宇野さんが驚いて箸を落としてしまった。


「す、すいません。お箸、洗ってきます」


「だ、大丈夫。自分でやるから」


 宇野さんはそう言って立ち上がり、ふらふらしながら箸を洗いに行った。


「やっぱり自分で言いたかったですよね」


「いきなりだったからびっくりしちゃっただけじゃない?」


「だといいんですけど……」


「ふむふむ」


 落ち込む芽衣莉ちゃんを慰めていると、何やら面白そうなものを見つけた猫のような視線を感じた。


「いきなりごめんね。えっと、それで……芽衣莉は言ったの?」


「はい。流歌さんに断りもなくすいません」


「いやいや、その時の流れとかね、色々あるだろうから私の許可とかはいらないよ」


「でも、流歌さんが言いたかったことですし」


「わ、私は別に。芽衣莉の気持ちが一番だから……」


 なんだか二人とも悲しそうな顔をしている。


 何か言いたいけど、何かを言ってどうこうなるような話題でもないから何も言えない。


 だけどそれ以上に、楽しそうにしてる視線と、呆れてる視線と、無関心の視線がとても気になる。


「るか姉とめいめいは見てて飽きないなぁ」


「怒られるよ。篠崎さんに」


「お兄ちゃんご飯」


 みんなが平常運転なのが少しほっとする。


「そ、それで永継君はなんて?」


「なんとなくわかってたみたいなので流してくれました」


「え、それでいいの?」


「篠崎さんですし」


 何故か宇野さんにジト目で睨まれるが、ちょっと怖いので悠莉歌ちゃんにご飯を食べさせることに集中した。


「なのでちゃんと謝らせてください」


「いやいや、謝る必要とかないでしょ?」


「私がしなきゃと思うんです。だから、ごめんなさい」


「あ、僕も。ごめんなさい」


 芽衣莉ちゃんが謝る時は僕も一緒に謝ると決めていたので、一緒に頭を下げた。


「永継君こそなんでさ。別に永継君が芽衣莉を選んだならそれで……」


「選んだ? 確かに待てなかったのは僕だから、それに対してもごめんなさい」


「だから謝らないでよ。私は別に……」


 宇野さんが今にも泣き出しそうになる。


「はぁ、るかお姉ちゃんの勘違いはほんとにめんどくさい」


 悠莉歌ちゃんが僕にもたれかかりながら宇野さんをジト目で見る。


「勘違い?」


「ちょっとゆりー」


「ゆりかのご飯が進まないの。それにこれ以上お兄ちゃんを悪者にしたくないし。何よりきょうりお姉ちゃんの楽しみなんて興味ないし」


「辛辣!」


 鏡莉ちゃんが泣いたふりをするが誰も気に止めていない。


「悠莉歌、勘違いって?」


「お兄ちゃんとめいりお姉ちゃんが言ってるのは付き合う話じゃないから」


「え?」


 宇野さんがぽかんとした顔をする。


「付き合うってなんですか?」


「わかんない」


 好きとは言われたけど、僕がちゃんと返事ができてないから付き合ってはいない。


 そもそも今はその話をしていない。


「じゃ、じゃあなんの話をしてたの?」


「えっと、血の繋がりって言えばいいんでしょうか」


「あ、そういうね。いや、別に言っていいんだけどね、あ、あぁ……」


 宇野さんがいきなり立ち上がって部屋の隅っこに行ってうずくまった。


「宇野さん?」


「お兄ちゃん、るかお姉ちゃんは恥ずかしい勘違いをして傷心中だから構わないであげて。その代わりにゆりかのご飯」


 悠莉歌ちゃんはそう言って口を開けた。


「いやぁ楽しかった。るか姉は思春期だから、そういう発想が一番にきちゃうんだよね」


「姉さんの早とちりは今に始まったことじゃないし」


「流歌さん、色々とごめんなさい」


「謝らないでほんと。私のことはしばらくそっとしといてください」


 宇野さんから負のオーラが見えてくる。


「ご飯冷めちゃうから長引かせないでね」


「なっつんってたまにドライだよね」


「せっかく芽衣莉ちゃんが作ってくれたのに冷めたら美味しさが半減だもん」


「それもそうか。めいめいの料理って日に日に美味しくなってるよね」


 芽衣莉ちゃんの料理の腕は初めての時に比べてすごい上達している。


「今だと僕より上手だよね」


「それはないですよ。私のはあくまで篠崎さんの真似っ子ですから」


「師匠を追い抜く、なんかトラウマを思い出した」


 鏡莉ちゃんはそう言って僕を睨んできた。


「なっつん、やるよ」


「毎日やってるじゃん」


「今日は徹底的に勝つ。師匠の維持を見せてやる」


 鏡莉ちゃんとは毎日のようにゲームで対戦や協力プレイをしている。


 対戦では最初は鏡莉ちゃんに勝てないけど、数回やると勝てるようになり、鏡莉ちゃんが拗ねて終わる。


 だからあんまりやりたくはない。


「勝ち逃げもわざと負けるのも許さないからね」


「わかってるよ。でもだったら拗ねないでよ」


「拗ねてないもん、愛嬌だもん」


 確かに可愛いけど、鏡莉ちゃんはやけになると一晩中ゲームをやり続けるから困る。


 慰めても元気になるまでに時間がかかるし、宇野さん達に任せると泣き出す。


「結局姉妹みんなめんどくさいんだよね」


「それはもちろんあんたも入ってんだよね?」


「ゆりかはいい子だもーん」


 悠莉歌ちゃんに「ねー」と同意を求められるが、素直に肯定できなかった。


 めんどくさくはないけど「そろそろ自分でご飯を食べてもいいのでは? 」と思ってしまったからだ。


 それを察したのか、悠莉歌ちゃんが頬を膨らませて僕の足をぽかぽか叩いてきた。


「嫌ではないよ。悠莉歌ちゃんの子供らしい姿を見ると安心できるから」


「ならいい」


 悠莉歌ちゃんはご機嫌になり、口を開けてご飯を待つ。


「……私、放置?」


 宇野さんが寂しそうにこちらを振り向いた。


 そしてみんながめんどくさそうに宇野さんを見た。


「そんな露骨にめんどくさがらないでよぉ」


 宇野さんは涙目になりながら元の位置に戻ってきた。


 次いでだからと、さっきの勘違いの話をしようとしたら「なんのこと?」となかったことにされた。

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