第1話 第一の恋人・ジョスリーヌ3



 ワレスはサージェントが倒れた瞬間を見ていない。

 やはり、そのときの話は当事者に聞くのが一番だ。


 ジョスリーヌがつれていかれた客間へ行くと、いつもは女王様の彼女がすっかりベソをかいている。涙を浮かべるようすが妙に幼く見えて可愛かった。


「まだ、おれを見知らぬ男あつかいするかな?」

「まあ、ワレス」


 女王様はワレスを邪険にあつかったことなど、すっかり忘れてすがりついてきた。


「どうしましょう。わたくし、サージェントを殺してしまったわ」


 何よりも、この瞬間、まっさきに彼女の口から出たのが保身の言葉ではなく、サージェントの身を案じる内容だったので、ワレスは感動した。幼いころからで、世間の裏側ばかり見てきたので、人間の汚さは知りつくしている。だからこそ、ジョスリーヌの純粋な善意には敬服した。


(この人がこうだから、おれもジョスを信頼してるんだ)


 ジョスリーヌの寛大さと優しさに、いつも甘えているのはワレスのほうだ。この五年、ずいぶん居心地よくすごさせてもらった。


「大丈夫。今、モントーニが診ている。あいつの腕はたしかだからな。きっと助かる」

「ほんと?」

「さっき、おれが見たときには、まだ息があった」

「それならいいけど……」


 ワレスはジョスリーヌをカウチにすわらせ、自分もそのとなりに腰かける。


「サージェントが倒れたときのようすを教えてくれないか?」

「ファヴィーヌと言いあってたから、あんまりよくおぼえてないのよ。よこから何か言われて、あなたのこともあったし、腹を立てて、かるくふりはらったわ。でも、ほんとにかるくよ。倒れるなんて思いもしなかった」

「どのくらいの力だった? 同じだと思う感じで、おれをつきとばしてみてくれ」

「ほんとに、かるくよ。このくらい」


 二人とも立ちあがり、事件を再現してみるが、男が倒れるほどの力とは思えない。ましてや、あれほどの青アザが背中いちめんにできるとなれば、そうとうな力だ。まわりじゅうに、その音は響いたはずである。


「そういえば、今日はサージェントの誕生日だから、ラ・ベル侯爵邸でお祝いするんじゃなかったか?」

「そのつもりだったけど、サージェントがどうしても、会ってほしい人がいるって言うから」

「会ってほしい人? それは?」


 ジョスリーヌは首をふった。

「たぶん、この屋敷でひきあわせるつもりだったんじゃないかしら。サージェントには恋人がいるのよ」


 これは意外だ。サージェントはまだ若い。しかも、ジゴロになったばかりだ。お金でつながる相手ならともかく、正式に結婚を考える相手を作るのはご法度である。愛人たちの機嫌をそこねる。


「まだ引退するには早いんじゃないか?」

「サージェントはジゴロの商売が、もっと割りきってできると考えてたらしいの。だけど、やってみたら、思ってたより神経をすりへらすし、自分にはむいていないって」

「悪かったな。どうせ、おれは女にたかるだけの暮らしを満喫してるよ」

「それも才能よ」


 たしかに、むきふむきはあるだろう。ジゴロなんて、しょせんはていのいい男妾だ。きまじめな性格なら、苦痛に感じるかもしれない。


「で、サージェントは早々に結婚して引退するつもりだったんだな?」

「そう」


 それなら、誕生日という特別な日を選ぶのもわかる。わざわざ、この屋敷につれてきたなら、おそらく、サージェントの恋人は邸内にいる人物だ。カズウェル侯爵家の人間ではないだろう。使用人か?


「サージェントはその相手を誰かととりあってなかったか?」

「そんな話、聞かないわね」


 もしも三角関係のもつれなら、サージェントが恋人と結ばれるのを快く思わない人物がいる。サージェントを瀕死ひんしにさせたのは、その人だ。


「あの背中の青アザは、おそらくだが、後頭部のコブと同時にできたものだろう。色の濃さから考えて、少なくとも傷を負ってから数刻は経過している。サージェントに致命傷をあたえたのは、あんたじゃないよ。ジョス」


 ホッとしたようすで、ジョスリーヌはつぶやく。


「そういえば、今日は会ったときから顔色が悪かったわね。なんだかフラフラして、大丈夫なのと聞いたら、さっき、ころんだからと言っていたわ」

「ころんだ……」


 もしかしたら、そのときケガをしたのかもしれない。しかし、あれほどの大ケガをただころんだだけでするとも思えなかった。誰かと争い、その人をかばっているか、訴えるわけにいかない事情があるかだ。

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