第四話 ルドヴィカの初恋
第4話 ルドヴィカの初恋1
ルドヴィカの母はものすごい美女だ。絶世の美女と言うにふさわしい。すでに五十をこえるというのに、男どもの母を見る目ときたら。
たしかに、今でも母は海賊にさらわれた姫君みたいな独特の妖艶さを持っている。なめらかな白い肌はしぼりたてのミルクのよう。
まったく、羨ましい人だ。ルドヴィカがとなりに立っていても、たいていの男は母をうっとりとながめるのだから。
ルドヴィカは母が三十五歳のときの娘だ。現在、十八歳。女として、もっとも美しいときだと思う。
自分で言うのもなんだけど、容姿は悪くないはずだ。なんといっても、あの母に瓜二つだと、みんな言うのだ。
だとしたら、ルドヴィカも絶世の美女のはずなんだけど? 性格が問題だろうか? ダンスより一人ひきこもって本を読んでるほうがずっと楽しいなんて、伯爵家の令嬢としては、きっとダメなほうだ。
それとも、アレだろうか?
ルドヴィカの父が誰なのかわからないこと?
これは謎だ。
ただ、ルドヴィカは見当をつけている。たぶん、あの人じゃないかという人物があった。
母は由緒ある神聖騎士ラ・ベル侯爵家一門のル・ビアン伯爵家に生まれた。伯爵家は伯父のレオンが継いでいるので、母は無位ではあるものの、伯爵家に仕える騎士長だった父と結婚し、皇都の屋敷で幸せに暮らしている。
しかし、父と結婚したときには、すでに母はルドヴィカを身ごもっていた。父はそれを承知で長年片思いしていた母といっしょになったのだ。ルドヴィカの父としての役割を任されたわけだ。
父は優しいし、母にそっくりなルドヴィカを溺愛してくれる。母を見ると、今でも顔が赤くなるくらいだから、この人にとっては天から
だから、そこは問題ない。世間的には、ルドヴィカは父の子だということになっているし。
ルドヴィカが子どものころ、家に出入りしている男がいた。当時、三、四つだったルドヴィカの初恋の相手だ。いったい、母たちとどういう関係なのか、まったくわからなかったが、母は彼が来るとひじょうに機嫌がよかったし、父はちょっと複雑そうだった。
物心ついたときには、もう屋敷にいた彼。と言っても、住んでいるわけではなく、ときおり、ふらりとやってきては、またいなくなる。
子どもながらに、母のとなりに立つのにふさわしいのは彼しかいないと思えるほどの美青年だった。金色の巻毛とあざやかな青い瞳のせいで、まるで彼自身がまばゆく輝く宝石のように見えた。誰もが彼を欲しがる。
当然ながら、ルドヴィカも彼が大好きだった。大きくなったら、結婚してあげる、そう言って、彼の頬にキスをした。彼は笑って、お返しのキスをルドヴィカのひたいにしてくれた。お母さまのように唇にはしてくれないのねと思ったのだから、なかなかにこまっしゃくれた幼児だったろう。
その後、妹のヴィオラが生まれる少し前に、彼はとつぜん、屋敷に来なくなった。なぜなのかはわからない。
いや、当時は想像もつかなかった。今はわかっている。彼は母の愛人だったのだ。それも、身分の低い愛人だ。だから、ていさいのいい騎士である父が世間的な夫に選ばれ、実質的にはあのブロンドの彼が母の恋人をつとめていたのだろう。だが、妹ができたのを機に、母は愛人と別れる決心をした。そういうことなのだ。
ヴィオラはダークブロンドの巻毛で、顔立ちが母には似ていない。ひじょうに美しくはあるが、ルドヴィカとは姉妹だと言わなければ誰も気づかない。
たぶんだけれど、ヴィオラの父は父なのだろう。ルドヴィカとは父親が違うのだ。だから、母は彼と別れた。
その秘密にルドヴィカが気づいたのは十三のときだった。母がずっと大事にしている宝石箱の底に、手紙が入っていた。線の細い流麗な文字には見おぼえがなかった。父の字でも、伯父の字でもない。ほかに母に手紙を送ってきそうな人物は思いあたらなかった。
寮のダンスパーティーにつけていく宝石を母に貸してもらおうと思い、勝手に箱をあけてしまったのは、たしかにルドヴィカが悪かった。でも、まさか、宝石箱のなかに、宝石以外のものが入っているなんて思ってもみなかったのだ。
『親愛なるメイベルへ
あなたの選択は賢明でした。オーガストはまったくバカみたいに、あなたに夢中ですから。私もあなたが幸福に暮らしてくれることが何よりも嬉しい。どうか、末永くお幸せに。それだけが私の望みです。そして、願わくば、私たちの娘ルドヴィカが、これからもずっと、あなたの心の癒やしでありますように。
あなたの白薔薇より』
この手紙を読んで、ひとめでわかった。もう名前も顔も忘れてしまったけれど、あの人からに違いないと。
ブロンドの美神のような、母の昔の愛人からだと。
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