第10話 迷いの森3
*
ワレスと別れたあと、ジェイムズは左の道を進んでいた。おだやかな森の景色はとても美しい。
だが、集落らしきものが、まったく見あたらない。進めど、進めど、あるのは変わらない森の景色だ。
これは今夜は野宿かなぁと、ジェイムズはため息をつく。
日が暮れてきたころだ。
なんと、道端に死体がころがっていた。しかも、子どもだ。ケガなどしているようすはないから、獣に襲われたわけではあるまい。病気か餓死かもしれない。
「かわいそうに。私がもう少し早く来ていれば、食べ物をわけてあげたのに」
馬をおりて、ジェイムズが両手を組んでお祈りを捧げようとすると、死体がとびおきた。
「飯! 食い物くれるだって?」
「……」
死体じゃなかった。生きていた。
まだ七、八歳の少年だ。なんで、子どもがこの時間に一人で森のなかにころがっているのだろう?
「パンとチーズをあげよう。ハムは食べてしまった。しかし、君はなぜ、こんなところに? 両親はいないのかい?」
ジェイムズが長いパンを輪切りにして、ひときれさしだすと、少年はすばやく、残りの大きいほうをとった。あっと思ったものの、そのときにはもう、大半が少年の腹のなかに消えている。しかも、まだ手をさしだして、チーズを要求してくる。
「チーズもくれるって言ったろ?」
ジェイムズはなんだかおかしくなって笑いだす。
ワレスが子どものころ、一人でほうぼうを放浪していたという話を、ジョスリーヌから聞いた。ジョスリーヌもくわしく知っているわけではないようだが、あるいは、こんな感じだったのではないかと思ったのだ。
「なんだよ。何がおかしいんだ?」
「いや、なかなか、いい根性をしているなと思ってね。君の名前は?」
「おれ、ジャスミン」
「私はジェイムズ。ジャスミン。君を家まで送っていこう」
すると、ジャスミンの瞳が暗くなる。
「おれ、家はない」
「家族は?」
「もういない」
みなしごらしい。これは放置しておけない。
「とりあえず、じゃあ、いっしょにサボチャ村まで行こう。私はそこで用をすますから。そのあと、孤児院か、君をひきとってくれる里親を探そう」
ワレスは文句を言うかもしれないが、いたしかたない。もしどうしても、ひきとり手がなければ、わが家で庭師の見習いにでも雇うしかないだろうと、人のいいジェイムズは思った。
「……あんた、なんで、サボチャ村へ行くの?」
「私は皇都の役人なんだ。サボチャ村から呼ばれていてね。この道を行けば、サボチャ村にはつくのかい?」
少年はうなずく。
「このへんはおれの庭だからな。でも、サボチャにつくのは夜中になるよ。途中で危ない崖もあるし、ここで休んでから行ったほうがいい。おれが村まで送ってやるよ」
「そうか。では、そうしよう」
ジェイムズは少年の親切に感謝して、馬をかたわらの樹木の枝につなげると、その木のもとでよこになった。ジャスミンも大きなアクビをして、すぐそばで寝ころがる。さっきは空腹で倒れていたのかもしれないが、今度は寝るためだ。すぐにいびきをかく。それにつられて、ジェイムズもずいぶん早い時間だが、ウトウトした。
(ワレス。きっと、君もこんなふうに毎晩、野宿したんだろうね。いつも一人でさみしくなかったんだろうか? きっと、狼の遠吠えにふるえたり、わきを通る大人の影におびえたりしたんだろう。ときには、今夜のジャスミンのように、君に親切にしてくれる人がいたのか?)
ワレスは今、大人だ。誰かの救いがあったから、これまで生きてこられたんだろう。わかってはいても、少し切ない。彼がひもじさのあまり寝られなかった夜、できれば、自分がそばについていてあげたかった。でももう、それは過去なのだ。
感傷にひたっていたせいか、それとも、なれない野宿のせいか、変な夢を見たように思う。ジェイムズはいつのまにか子どもに戻っていて、森のなかを狼に追いかけられながら逃げまどうのだ。
悪魔にうなされて、とびおきると、ジャスミンの姿が見えなかった。
まさか、この夜中に一人でどこかへ行ったのだろうか? 小用か? それならいいのだが。
「ジャスミン?」
呼んでも返事がない。
ジェイムズは心配になって、立ちあがった。周辺を探すものの、少年の姿はどこにもない。森のなかは暗いが、月明かりがあるので、まったく見えないわけじゃない。だが、半刻探しても、ジャスミンは見つからなかった。
「困ったな。サボチャまで案内してくれると言ってたのに」
あんな年の子どもがフラフラしているのだ。事情がないわけがない。サボチャに近づきたくない理由でもあるのかもしれないと、ジェイムズはこのごにおよんでも、まだ好意的に考えていた。が、
「あっ——」
胸元がかるいので、なんとなく手をあてて、ジェイムズは気づいた。
「財布がない」
路銀として、金貨や銀貨をたくさん入れて、ズッシリ重かった。その財布がなくなっている。
「やられた……」
子どもだからと油断させて、金目のものを盗んでいく。ジャスミンはその常習犯に違いあるまい。
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