第10話 迷いの森2

 *



 ジェイムズと別れたワレスは一人で森のなかを進んでいった。

 ユイラの森はおだやかで美しい。木漏れ日が金色の帯になって、天から降りそそぐ。風はさわやかで、樹木の心地よい香りがした。


 しばらく行くと、小さな集落があった。おそらく、この道はこの集落のために造られたのだろう。

 十軒の木造の家がこぢんまりとならんでいた。周囲には申しわけていどに開墾かいこんされた畑と井戸がある。森に住む炭焼きたちの村かもしれない。


 ここで情報が得られる。サボチャ村へ行けるのかどうか聞いてみようと、ワレスは集落のなかへ入っていった。村全体をかこむように柵がめぐらせてあるのは、狼よけだろうか。


 集落からは夕食の準備の音がしていた。スープの甘い匂いがただよっている。カボチャのスープに違いない。


 そういえば、旅のあいだ、旅費はジェイムズ持ちだったのに、今夜の宿代をもらってくるのを忘れていた。いくらか所持金はある。一晩くらいは大丈夫だろう。


 しかし、これだけ小さな集落だと、宿はないかもしれない。その場合はどこかの家に泊めてもらうべきか。この森をぬけるのに、あと何刻かかるのか、それにもよりけりだ。一、二刻で通りぬけられるなら、次の街まで急いでもいい。


 そんなふうに考えつつ、一軒の家のなかをのぞくと、ちょうどそこから顔を出した女と目があった。若い娘は人がいると思ってなかったのか、悲鳴をあげた。

 すると、わらわらと近所の家から男たちがかけだしてくる。あっというまに、ワレスはかこまれた。


「おまえ、何者だ?」

「役人か?」

「馬をおりて、剣をすてろ」


 ワレスはおどろきつつも、言われたとおり馬をおりた。剣を足元に置いて、男たちを見まわす。炭焼きか猟師にしか見えない連中だ。手におのや弓矢を持っていた。


「おれはただの旅人だよ。道に迷ったので、一晩泊めてもらいたいだけだ。それと、この道を行けば、サボチャ村につくのか? 教えてほしい」


 男たちは頭からつまさきまで、ワレスを値踏みしたのち、うなずいた。


「サボチャ村へはつくが、今からだと真夜中になるぞ。今夜は泊まっていけ」と言ったのは、年長のヒゲの男だ。この集落の長なのだろう。


 それにしても、やけに守りのかたい村だ。

 ワレスが剣をひろい、帯にさすのを、全員が見守っている。とりあえず、かまえていた斧や弓矢はさげたが、なんとなく居心地が悪い。


「悪いな。なかにはタチの悪い旅人がいるんだよ。泊めてもらっときながら、食い物を盗んで、こっそり出ていったりな」


 まあ、その手の人間はいるだろう。なかには路銀がつきて、しかたなく盗みを働く者もいるはず。


「礼はする。寝るのは納屋でも馬屋でもかまわない。食事だけはさせてくれ」


 ワレスが財布を出して、銀貨を数枚とりだすと、長はそれを半分、自分のふところに入れた。残りの半分を別の男に渡す。


「ブノワ。おまえのとこで泊めてやれ」


 ブノワはさきほど、ワレスを見て悲鳴をあげた娘のいる家の主人だった。夫婦とさっきの娘、少し年下の少年、もっと小さい女の子がいる。それに、何歳かもわからない老婆。


 案内された家のなかは、ほんとにせまい。かまどのある土間が一つと、板の間が一つ。板の間は家族の居間兼子どもたちの寝室だ。奥にさらに小さな一室があり、そっちは夫婦の寝室のようだ。ここに家族と雑魚寝ざこねさせられるのはキツイ。まだしも、納屋で一人のほうがマシだ。


 しかし、カボチャのスープは美味しかった。若い娘が木の器によそって、渡してくれた。そのとき、ワレスは話しかけてみた。


「おれは、ワレス。君は?」

「……」


 娘はチラリと両親をうかがってから、小声でささやく。


「ニネットよ」


 家族はワレスを警戒しているのか、ほとんど無言で夕食が終わる。

 ワレスは家のとなりの馬屋へ行った。乗ってきた馬に井戸からくんできた水と干し草をあたえ、自分もそこでよこたわる。干し草がベッドがわりだ。


 井戸が一つあるだけの集落だから、今夜は風呂はあきらめなければ。今ごろ、ジェイムズは気持ちよく湯をあびているのだろうか?

 ワレスは自分がハズレくじをひいたのではないかと思う。いや、サボチャ村へは行けるらしいから、ある意味、当たりか。


 炭焼きの村は朝が早いのか、まもなく、どの家も明かりを消し、寝静まる。

 ワレスも退屈しのぎに持ってきた詩集を月明かりで読むのにも飽きて、目を閉じた。が、まもなく、誰かにゆり起こされる。


「ワレス。ワレス」

「なんだよ? ジェイムズ。まだ朝じゃないだろ?」


 違った。ニネットだ。


「ああ、すまない。いっしょに旅してる友達かと思ったんだ。今は離れてるけど」

「ワレスは素敵ね。ひとめで気に入ったわ」


 田舎娘はもっとみさおがかたいのかと思っていた。が、これが、とんでもない誤解。ニネットは奔放な娘だった。いきなり馬乗りになって、ワレスの胸にしなだれかかってくる。


 よく考えれば、旅人は一晩で村を去っていく。こんな小さな集落で花婿を見つけるのは難しいだろう。同世代の男がいるかどうかも怪しい。「この男が好き」と思ったら、かけひきなんてしてるヒマはないのかもしれない。


「いい香り。薔薇の香水に詩集。都会の男ね」

「君のために詩集を読んであげよう」

「そんな時間ないわ」

「オッケー。性急なのも嫌いじゃない」


 ひらきかけた詩集をとじて、くちづけをかわす。

 月光に照らされる干し草のベッドで、ちょっと可愛い田舎娘と一夜の恋を楽しむ。

 ここまではよかった。


 だが、満足したあと、ニネットは急に剣呑なことを言いだしたのだ。


「……ワレス。すぐに逃げて。じゃないと、あなた、殺されるわ」

「殺される?」

「ここは旅人を襲って、金品をまきあげる強盗の村なの」

「……」


 ワレスは嘆息した。

 やっぱり、ハズレをひいてしまったらしい。

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