第十話 迷いの森
第10話 迷いの森1
ワレスはジェイムズと二人で旅をしていた。地方の裁判所へ行くのでついてきてほしいと頼まれたからだ。
なんでも、そこでやっかいな事件の裁判をするので、皇都の切れ者調査員に調べてほしいと懇願されたらしい。
「切れ者も何も、おれが事件を解決してやったから——」
「だから、君に頼んでるんじゃないか。私一人じゃムリだよ」
まったくもって、そのとおりだ。
「まあまあ。そこまでの旅費は全部、私が出すから。宿代も食事代も、なんなら遊興代も」
「遊興って、遊びながら旅するわけじゃないんだろう? 観光じゃないんだからな」
「帰りは遊んでいいよ」
「どうせ、むこうで謝礼をもらうんだろ?」
「うん。まあ」
しかし、ほんとはワレスもジェイムズと二人旅はイヤじゃない。男だけで気がねしなくていいし、ユイラの地方は平和で平穏だ。そのくせ、文化水準は高いので、田舎のわりに便利がいい。馬に乗って、のんびり行くのに適している。
尖塔にかこまれた宮殿や、豪邸の建ちならぶ皇都もいいが、田舎の牧歌的な景色は心が洗われる。たまに羽を休めるにはちょうどいい。
だが、そこは見知らぬ土地なので、問題がまったくないわけじゃない。
「ワレス。どう思う?」
「どう思うと言われても」
森のなかの街道。
地図によると、目的地はこのさき、まっすぐだ。
なのに、道は目の前で二つにわかれていた。道標はどこにもない。しかも、見た感じ、どちらが脇道かもわからない。まったく同じくらいの角度で左右にわかれていき、まったく同じくらいの太さで続いているのだ。
「……どっちが正しいと思う? ワレス」
「おれに聞かれても」
「地図には二又なんて描いてないんだけどなぁ」
「まあ、この道のどっちかが、サボチャ村に通じているよ」
「そうなんだけどね。ワレス。一つだけ問題がある」
「なんだよ?」
「サボチャでの裁判は三日後だ。それまでに一刻も早く到着して調査をしないといけない。ここからなら、順調に進めば、あと一日でたどりつく」
つまり、道に迷っているヒマはない。到着後、残り二日で調査するのもギリギリだ。
「おれはどっちでもいいよ。おまえが好きなほうを選べ」
「私に責任を押しつける気だね?」
「じゃあ、ここで少し休んで、誰か通りかかるのを待つ。このさきから来たやつなら、そこがどこに通じているのか知ってるだろう?」
「しょうがないね」
馬をおりて、荷物のなかから酒とパンをとりだす。飲み食いしながら待つものの、いっこうに人が通りかからない。
じりじりと日暮れが近づいてくるので、このまま時間をつぶすわけにはいかなくなった。
「もう出発しないと、今晩の宿がとれなくなる」
「おれは野宿でも平気だけどな」
「でも、風呂に入って旅の疲れをとりたいだろう?」
「まあ、そうだな」
ワレスは考えた。これしかないと思う。
「二手にわかれよう」
「二手?」
「人間が二人に道が二つ。二手にわかれれば、どちらかはサボチャ村につく」
「うん。まあ」
「おれがつけば事件の調査をさきにしといてやる。おまえがついたら、自力で解決するか、おれがつくまで時間かせぎをしてろよ。それでいいだろ?」
ジェイムズは悩んでいたが、しょうがなさそうにうなずいた。
「私が自力で解決できるとは思えないが、時間かせぎならできるかな」
「よし。じゃあ、おれは右手を行く」
「私は左だな」
「安心しろ。おまえがいなくても、ちゃんとまじめに調べて解決するから」
そんなわけで、道の左右にそって、それぞれに進んでいった。
このさき、どんなストーリーが待っているのか?
選んだ道によっては、まったく違う人生があったのではないか?
たとえば、あの寒い冬の一日。ワレスがルーシサスの告白を受け入れ、「おれも愛しているんだよ」と、細い指さきをにぎりしめさえしていれば?
たった一つの選択が天国と地獄ほどにも違う結果を招いていたのでは?
これはそういう、二つの物語——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます