第9話 魔女イネス6



 シュークレールが肩を落とす。


「私が……私が嘘をついたんだ。やつらはまだ残っていた君の財産を食いつぶすだけのろくでなしだった。だから、君とつきあうと相手は必ず死ぬとウワサを流して……」


 イネスが泣いているのは、だまされて悔しいからなのか? それとも?


 シュークレールのあとを、ワレスがとった。


「あなたからクズ男をひきはなすための嘘だったんだ。案の定、ウワサを聞いて、彼らはすぐに逃げだした。そのあと、彼らが死んだと君に教えたのも、シュークレールだろう? 君が安っぽい連中に二度とだまされないように。でも、結果、君は自分が恋人を殺す死神だと信じた。誰かに惹かれても、恋人にはならないと決めた。バカだね。ほんとはたがいに好きなのに、遠ざけあっている」


 イネスは信じられないような目で、ワレスとシュークレールを見くらべている。

 ワレスはうなずいた。


「最初はベルトランの妻だから、遠慮していたんだと思う。幼なじみで親友。その親友が死んだからと言って、彼の大切な人をすぐにうばいとるのは卑怯な気がしたんだろう。完全に善意がカラまわりしてる」


「じゃあ、わたしの恋人がみんな死ぬのは……」

「根も葉もない嘘偽りだ。あなたは死神じゃない。自由に恋していいんだ」


 ああ、言ってしまった。これでもう、イネスをつなぎとめるかせはどこにもない。

 ワレスはまた一人になってしまう。せっかく得た仲間だったのに。

 やはり、この世に自分と同じ運命の者など二人といないのだ。


 それでも、ワレスは笑って彼女を送りだす。イネスの幸福を思って。


「イネス。彼の手をとってもいいんだよ?」


 イネスは涙のあふれる瞳で、ワレスを見つめる。


「でも、ワレス。そしたら、あなたが……」


 ワレスがひとりぼっちになることを、イネスは気づかってくれた。優しい女だ。だからこそ、こんなすれ違いが起こったのかもしれない。


 ワレスは彼女を励ますために、これ以上はないほど魅力的に見えると、自覚している笑顔を作る。


「おれはいいんだ。恋人は数えきれないほどいる。てきとうに愛してるふりさえしとけば、誰も死なない。誰にも本気にさえならなければ」

「ワレス……」


 イネスの両腕がワレスの首にまわり、唇が重なる。


「ありがとう。あなたのことは、ベルトランの次に愛しているわ」


 だが、ささやいた彼女の腕は離れ、打ちひしがれているシュークレールの肩にかかる。


「不器用な者同士。わたしには、きっと、あなたがふさわしい」


 そう。それでいい。

 ワレスにはイネスを幸せにできない。本気で愛せば、死なせてしまうのだから。


 イネスとシュークレールを残して外へ出た。


「じゃあ、ほんとに、君はただ占いをしてただけなのかい? メロディ」

「ええ。そうよ」

「ほかに好きな男ができたわけじゃない?」

「そんな人できるわけないじゃない」

「メロディ!」

「レヴィアタン!」


 テディベアとイチャついてるレヴィアタンが、むしょうにシャクにさわる。


「ジェイムズ。あいつらはほっといて、美味いものでも食べに行こう」

「シュークレールの店はやってるかな?」

「今日は休業かもしれないぞ」

「じゃあ、皇都劇場の裏で、この前オープンした店へ行ってみよう。オーナーが十二公国の人で、めずらしい料理が食べられるらしいんだ」

「いいね。行こう」


 悲しくなんかない。

 となりにはジェイムズもいるし、ワレスにはたくさんの恋人がいる。そのなかのほんの一人をほかの男にゆずったからといって、痛くもかゆくもない。


 肩をならべて歩きながら、ジェイムズがそっと耳打ちしてくる。


「ワレス。泣きそうな目をしてる」

「魔女に惑わされてたからだ。ほんとに、それだけ。もう魔法は解けた」

「じゃあ、今夜は私がおごるよ」


 魔女の館が遠くなる。

 三日月が夜空で笑っていた。




 了

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