第9話 魔女イネス5
その日の夕方。
最後の客が占い館から出てくるところを、外で待ちぶせして押さえた。顔を確認するために、急きょ、レヴィアタンも呼んである。
「レディ。申しわけないが、そのヴェールを外してもらえないか?」
客がかぶった薄いヴェールを外すと、レヴィアタンが大きな声を出す。
「メロディ!」
やはり、そうか。
これが、レヴィアタン自慢の美人の婚約者かと思い、ちょっとドキドキしながら、女を見つめる。
「……」
「……」
ワレスはジェイムズと無言で顔を見あわせた。おたがい、同じ感触を受けたのだと認識して、うなずきあう。
レヴィアタンだけがさわいでいる。
「なぜ君が? メロディ。だって、さっき入っていった最後の客は君じゃなかった。遠くからだったけど、体格が違ってた。もっと背が高くて、やせてたような?」
そうか。これがレヴィアタン的には理想の美女なのかと衝撃を受けつつ、ワレスは気力をふるいおこした。なんというか、ぬいぐるみのクマのような令嬢だ。つぶらな瞳と丸っこいボディ。ある意味、可愛いと言えなくもない。ユイラ人のたいていの美意識とはだいぶ異なるが。
「……ここで話はなんだから、なかへ入ろう。それに、シュークレール。あんたもいるんだろ? 今朝にかぎって、イネスが二人ぶんの朝食を買っていった。気になっていたはずだ」
すると、物陰からシュークレールが現れる。
ワレスたちは五人ひとかたまりで占い館へ入った。紫色のヴェールを外し、薄手のストールにかえようと身づくろいしていたイネスがおどろいている。
「あれ? ウワサの魔女じゃないか。彼女が占い師だったのか?」というレヴィアタンに、ワレスは答える。
「イネスはメロディに頼まれて、一日の最初と最後の身代わりをしていただけだ。たぶん、家賃のためだろうな」
イネスはメロディを見る。その仕草から、メロディに口止めされているのだとわかる。
メロディはあきらめたようすで、うなだれた。
「そうです。わたしが頼みました」
おどろいたことに、ものすごい美声だ。姿とのギャップに戸惑う。
「メロディ。なぜだ? 身代わり? まさか、ここで男と逢引き——」
ワレスはレヴィアタンの頭をかるくはたいた。
「そんなわけないだろう? おまえの婚約者が占い師だったんだよ」
「えっ? 占い師?」
「そう。この館で占いをしてたんだ。朝一番にならんでいたのは、ここでこっそり、イネスと入れかわるため。そして、夕方になると、外から客のふりをしてやってきたイネスと入れかわる。最初はきっと、ただ裏口から出入りしていたんだろうが、おまえが怪しんで、たびたび見張るようになったから、用心して、占い師とおまえの婚約者が別にいるように見せかけていたんだ」
メロディはガックリ、椅子にすわりこむ。椅子は二つしかないので、もう一方にはイネスをすわらせた。そのまわりに男四人が立つ。
「だって、どうしても占いをやってみたかったんです。子どものころから、ずっと興味があって、独学で勉強しました。でも、貴族がそんな下々のマネをしちゃいけませんって、きつく止められて……だから、ナイショでやるには、こうするしかなかったんです」
ワレスはうなずいて、今度はイネスに問いただす。
「それで、あなたが令嬢に場所の提供をしていたんだな? イネス。そこからの家賃の収入で暮らしていた。どうしても、この家を売りたくはなかったから」
イネスはおとなしく首肯する。
「もしかしたら、ここで待っていれば、ベルトランが帰ってくるんじゃないかと思って」
ワレスはシュークレールのおもてが暗くなるのを見逃さなかった。
今なら、まだ告げずにすませられる。このまま、何食わぬ顔で、イネスとのつかず離れずの関係を続けていられる。
でも、けっきょく、ワレスは真相を明かすのだ。
「イネス。それは違うだろう? あんただって、ベルトランが帰ってこないと覚悟は決めている。残念だが、ベルトランは船とともに海に沈んだのだと」
「そうね。でも、夢を見るくらいいいじゃない?」
ワレスが彼女を責めていると思ったのか、イネスの瞳に涙が浮かぶ。ハラハラしているシュークレールを見れば、本心はバレバレだ。
「そうじゃないだろう? あんたがこの場所を離れないのは、近所にシュークレールが住んでいるからだ。彼と顔をあわせて、毎朝、話をする。それだけで満足していた」
「やめて。ワレス」
イネスはワレスの手をとり、きつくにぎりしめる。だが、ワレスはその手をふりほどいた。
「あなたはシュークレールに惹かれている。でも、自分が愛した人は死んでしまうから、その愛を生涯秘めておくと、かたく決心したんだ。そうだろう?」
「違うわ。シュークレールはただの友人よ。ベルトランの思い出話を彼とならできるから」
ワレスはシュークレールをにらむ。
「イネスにこんなこと言わせていいのか? 発端はあんただろう? 彼女を不幸にしてるのはあんた自身だと、なぜ気づかない?」
シュークレールの手がふるえてくる。
「あんたが白状しないなら、おれが言ってやるよ。イネス。あなたは死神なんかじゃない。あなたの恋人がみんな死ぬなんて、あれは事実じゃないんだ」
イネスは心底おどろいている。かわいそうに。本気で信じていたのだ。
「あなたの二番めと三番の恋人は生きてる。死んだのはベルトランだけだ」
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