第10話 迷いの森4

 *



「強盗の村だって?」


 ワレスは思わずオウム返しにたずねたが、思いあたるふしはあった。この村に入ってすぐ、男たちにかこまれたとき、誰かが言ったのだ。


「役人か?」と。


 あれは、役人が来ることを恐れているから、ウッカリ出てしまった本音だろう。


「女子どもはさらわれて、売りとばされる。それか、気に入られれば、ここで村人の女房にされる。男は有り金全部とられて、殺されるわ」

「ゴメンだな」

「ワレスなら、ものすごく美形だから、もしかしたら、売られるかも」

「それもゴメンだね」

「だから、逃げて」

「教えてくれて、ありがとう」


 ニネットは頬をそめた。最初は助ける気などなかったのかもしれない。が、肌を重ねて、情がわいたのだ。


 ワレスはニネットの手に詩集を押しつけた。あわただしく服をまとい、馬の手綱をひいて外へ出る。が、そのときにはもう遅かった。馬屋のまわりには数人の男が立っている。


「おいおい。夜中にどこに行こうというんだね? お客人」

「逃げようったって、そうはいかないぜ?」


 人数はさほど多くない。ほんの三、四人だ。それでも、三人が斧を、一人は弓をかまえている。


「ニネットのようすがおかしいから来てみれば」と言うのは、ブノワだ。


 ニネットの父だというが、こうなると、ほんとだろうか? ニネットはさらわれて、むりやり村人にさせられているのかもしれない。へたすると、ブノワの愛人だ。


 ワレスが答える前に、ブノワは斧をふりあげて襲いかかってきた。、ただの旅人だったら、その一撃でやられていたかもしれない。だが、こっちは騎士学校で剣、槍、斧、弓、石弓——たいていの武器の使いかたを習得している。


 すばやく剣をぬき、姿勢を低くして、逆につっこんでいく。斧の下をかいくぐり、ブノワの腕に切りつけた。ギャッと悲鳴をあげ、ブノワは斧をとりおとす。


「こいつ、強ぇぞ」

「油断するな」


 男たちはあとずさって遠まきになる。

 そのとき、馬屋からニネットがとびだしてきた。


「ワレス。逃げて!」


 両手をひろげて、男たちの前に立ちはだかる。

 ワレスは馬に乗ったものの、ニネットをこのままにはしておけない。


「ニネット。乗れ」

「でも……」

「早く!」


 ニネットをくらの前にひきあげ、馬の腹に拍車をかけた。

 ワレスは片手でニネットを支え、片手でにぎった剣を馬上からふり、男たちをしりぞける。


 なんとか、馬は走りだした。だが、それであきらめる男たちではない。すぐに仲間を呼んで追ってきた。ワレスたちは馬だが、二人も大人が乗っているので、スピードが出ない。しかも、森のなかは真っ暗だ。月明かりがあるとはいえ、馬が走るのに充分な明るさではない。足の速い男なら、けっこう遅れずに追尾してくる。やつらは暗闇になれていた。


「ワレス。もうムリだわ。追いつかれる」

「そうだな。馬の息があがってる」

「だから、わたしをつれてくるべきじゃなかったのに」

「置いていったら、君が罰を受けただろ?」

「そうだけど……」


 そういううちにも、みるみる馬の速度が落ちていく。このままでは、かんたんに人間の手が届くようになってしまう。


 ここはワレスがおりて、せめてニネットだけでも逃がすべきだ。ワレスなら一人でも戦える。


 馬の手綱をしぼり、ワレスは速度を落とそうとした。それにニネットは気づいたのだろう。ワレスの手に自分の手を重ね、ひきとめる。


「いいから、おれがおりたら、このまま、馬に乗っていけ。手綱をしっかりにぎって。疲れたら、馬は勝手に止まるから」

「あなたはどうするの? ワレス」

「おれなら、大丈夫。ただ、もし案じてくれるなら、次の村についたらすぐ、助けを呼んでつれてきてくれ。朝までなら、待てる」


 馬が並足になったところで、ワレスは鞍からとびおりた。腹をたたいたので、そのまま、馬は道なりに走っていく。


 きわどかった。もうすぐうしろにまで、最初の一人が迫っている。あのままだったら、背後から斧で攻撃されていた。


 一人めは剣をぬくヒマがない。すかさず、よこから伸びた枝をつかみ、突進してくる男をさける。その勢いで両足を男の首にからみつけ、しめおとして失神させた。


 枝から手を離し、二人めは着地と同時に剣をつきだす。男が前のめりになったところを足ですくい、それをふみつけにして、すぐあとにかけてきた三人め、四人めをよこになぎはらう。


 五人、六人めまでは少し距離があった。ワレスはわきの木陰に隠れる。これで不意打ちできる。


 いったい、何人、追手がかかっているのだろうか?

 集落には建物が十軒あった。すべてに四、五人の家族が住んでいて、戦える男が二人ないし三人いれば、全部で二十から三十人は追ってきている。


 ニネットにはああ言ったが、朝までもつだろうか?

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