第1話 第一の恋人・ジョスリーヌ5



 ジョスリーヌの客室に関係者を集めた。すなわち、カズウェル侯爵夫妻。ペトロニーユ。ファヴィーヌ。急きょ呼びだしたその夫マルティンだ。


「さて、今夜の舞踏会。始まったばかりで、男が一人、倒れた。ジョスリーヌのエスコート役、サージェントだ。ジョスリーヌにつきとばされて、そのまま意識を失った。ジョスリーヌが公衆の面前で人を殺したとさわいでる連中がいるが、まずここで考えてほしい。はたして、女がかるくふりはらったていどで男が致命傷を負うだろうか? 調べてみたら、サージェントの背中いちめんに、数刻前にできたとおぼしい青アザがあった。いわく、本人は馬車にひかれたと言っている。そのときはさしたる外傷もないので、本人も問題ないと思い、さきを急いだ。何しろ、今日は大事なパーティーがあるからな。遅れずに会場につかなければならない。だが、倒れたときに彼は頭を強く打っていた。頭皮の内側で始まっていた出血が、やがて首の太い動脈を圧迫し、彼の意識を遠のかせた。つまり、サージェントを死なせかけたのは、馬車のぬしだ。ジョスリーヌではない。モントーニに証言してもらってもいいが、馬車の事故や落馬では、数刻遅れで症状が現れることはままある。ジョスのスキャンダルを望む連中には、カズウェル侯爵からそのように説明してほしい」


 カズウェル侯爵がうなずき、部屋から出ていく。まだ広間でさわいでいる客たちに説明しに行くのだ。これで、とりあえず、ジョスリーヌの立場は守られた。


 ただし、この事件がややこしいのは、ここからなのだ。


「では、サージェントはなぜそんなに急いでいたのか? 馬車にひかれたあと、ムリせず頭を冷やして安静にしていれば、容態は急変しなかったかも? じつは、サージェントには恋人がいた。ジゴロを引退して、恋人といっしょになりたい。そう思っていた。ジョスにはその後見人となってもらいたかったんだ。今夜のパーティーで、その相手を紹介するつもりだった。そうだな? ジョスリーヌ?」


 ジョスリーヌがうなずく。

「相手が誰だか、けっきょくわからないけど」

「それはもうわかってる」

「まあ。誰なの?」


 ワレスは泣きぬれていた令嬢ペトロニーユに視線を送る。


「令嬢。あなたはなぜ、そんなに泣いているのですか? てっきり恋人が死んだと思ったからでは?」


 ペトロニーユはとまどっていたものの、やがて、うなずいた。


「わたしたち、幼なじみなんです。子どものころ、わたしは下町で暮らしていて……」


 ペトロニーユが目をふせると、カズウェル侯爵夫人が気まずそうな顔をする。愛人の子であるペトロニーユは、もともと、実母のもと、または別の里親のもとで育ったのだ。

 不遇をかこっていた令嬢が、ジゴロになって社交界に出入りするようになった幼なじみと再会し、恋に発展した。それは止められない流れだろう。


 うしろぐらい顔をしている侯爵夫人に、ワレスは近づき、耳元でささやいた。


「あなたの嫌いな娘が早々に結婚して、この屋敷から出ていってくれるのは、喜ばしいはず。もともとペトロニーユの母は使用人だろう? そうでなければ、下町で育てはしなかっただろうから。なら、身分違いなんてないようなものだ。サージェントとの結婚、賛成してやっては? カズウェル侯爵を説得してみるといい」


 夫人の緊張した面持ちが、ホッとゆるむ。夫の愛人への積年の恨みがあったのだろう。身分の低いジゴロにその娘をくれてやるのは、夫人にしてみれば、ひそかな意趣返しにもなるはずだ。


「好きあった相手をひきさくのはかわいそうですわね。殿はゴネるかもしれませんが、わたくしが説得してみせます」と保証してくれる。

 ペトロニーユにとっては身分などより、サージェントとの新しい未来のほうが大切だろう。一石二鳥と言える。二人は社交界から遠のいて、庶民の生活を送るほうが幸せなのだ。


「心配はない。その結婚にはラ・ベル侯爵が援助してくださるし、その上、プロパージュ侯爵からもお祝いの品が送られるだろう。皇都の富裕層が住む商人たちの屋敷街に一軒家くらいは買ってくれるんじゃないか?」


 見ると、マルティンはこわばった顔つきで、チラリと妻のファヴィーヌをうかがう。彼は入婿なので、プロパージュ侯爵家の財産と権利をにぎっているのはファヴィーヌなのだ。


 ファヴィーヌは事情がわからないようすで、ちょっと顔をしかめた。


「ファヴィーヌ。サージェントを馬車でひいたのは、マルティンなんだよ」


 ワレスが言うと、マルティンはガックリうなだれた。そこまで見すかされていてるとは思っていなかったに違いない。

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