第1話 第一の恋人・ジョスリーヌ4
ジョスリーヌから得られた証言はそれだけだ。ほんとは当のサージェントの話を聞くのが手っ取り早い。しかし、さすがに会話のできる状態ではなかった。
サージェントの恋人が誰かわかればいいが、これもさっぱり五里霧中だ。でも、ワレスには絶対の武器がある。豪華なブロンドと、宝石のごとき青い瞳だ。女はたいてい、ワレスに親切。恋人がこの屋敷にいるのは確実と思われるので、小間使いたちにでも聞けば、ウワサ話は集められる。
というわけで、邸内をさまよう。廊下で小間使いに出会った。
「やあ、ちょっといいかな?」
「あなたは……舞踏会のお客さまね?」
「今日、その舞踏会で男が倒れたろう? 知ってるか?」
小間使いは顔を真っ赤にしてうなずく。いい反応だ。
「男の顔を見たか?」
「さっき、水を運んだから」
「それは好都合。彼はひんぱんにこの屋敷に出入りしてなかったか?」
「さあ。見かけないと思うけど」
「たとえば、カツラをかぶるとか、変装していたかもしれない」
「うーん」
「じゃあ、この屋敷の使用人で、近々、誰かと結婚する者はいないか?」
小間使いは思わせぶりに笑った。
「結婚はしないだろうけど、近ごろ、ペトロニーユさまに恋人ができたみたい」
「ペトロニーユとは?」
「侯爵さま夫妻には女のお子さまばっかり三人いらっしゃるの。ペトロニーユさまは末っ子の三女よ」
三女に恋人……まさか、その相手がサージェントなのだろうか? だとしたら、貴族の姫君とジゴロ。身分違いもはなはだしい。もしそうなら、サージェントがジョスリーヌのうしろ立てを欲しがったわけはわかるのだが。カズウェル侯爵夫妻に反対されないよう、強力な援助が必要だったのだ。
だが、考えこむワレスの前で、小間使いはこう言う。
「ウワサじゃ、お相手はプロパージュ侯爵じゃないかって話なんだけどね」
「プロパージュ侯爵?」
ドキリとした。それは、ファヴィーヌの夫、マルティンだ。
ここで、まさか、ファヴィーヌの夫が出てくるとは?
「なんでそんなウワサが?」
「そりゃもちろん、よくお姿を見られるからです。プロパージュ侯爵さまはご従兄弟ですし、たいへん仲がよろしいんですよ」
使用人の目にとまるほど、目撃される。それはたしかに、ふつうの
「血筋に問題のある姫さまですからね。奥さまはよく思っていらっしゃらないわ」
「血筋に問題?」
「わたしから聞いたって言わないでくださいよ? ペトロニーユさまは侯爵さまがよその女に生ませたお子さまなんですよ」
「ふうん」
ワレスは小間使いにたのんで、ペトロニーユの部屋を教えてもらった。彼女の恋人が誰なのか、ハッキリさせておかなければ。
しかし、ペトロニーユの部屋の前には見知った人物がいた。ドアのすきまから、なかをのぞいている。
「ファヴィーヌ」
ワレスが声をかけると、あわててファヴィーヌは去っていった。
ドアかげから見る令嬢は激しく泣きぬれている。
事件の構造がわかった。
おそらく、そうに違いない。思っている以上にこじれている。
こまかい部分は当事者に聞かなければわからないが、大筋でまちがいはないだろう。
ワレスはサージェントのもとへ行ってみた。モントーニはもう帰るところだ。
「患者の容態は?」
「もう安心だ。まだ痛みどめの大麻でもうろうとしとるがね。頭蓋骨に穴をあけるまでもなく、コブの皮に切れめを入れて、そこの血をぬきだすだけで安定した。どうやら、コブが頸動脈を圧迫しとったようだ。ほんの二針ぬっただけだから、すぐ治るだろう」
「話はできそうか?」
「さあなあ。試してみちゃどうだ?」
モントーニは名医だが、金と欲に忠実な男だ。とくに名声欲は強い。ワレスが貴婦人たちに強いコネを持っていると知っているので、たいていの要望は通してくれる。
客室に入ると、サージェントはよこむきになって眠っていた。顔色はかなりよくなっている。命に別状はないだろう。
「サージェント。聞こえるか? 話を聞きたいんだが」
サージェントはうっすら目をあけた。
「おまえ、誰かになぐられたのか? それとも高いところからつき落とされたか? 何があったか言ってみろ」
眠そうな目をして、何かつぶやく。小声なのでよく聞こえない。耳をよせていくと、こんな泣きごとが聞きとれた。
「嫌い……あんたなんか」
つつう、と少年の目尻から涙がこぼれおちる。
「あんたがいるから、僕の居場所なんて……」
まさか、死にかけの状況でグチを聞かされるとは。
つまり、サージェントの引退には、ワレスの存在が一枚かんでいたらしい。超絶美形で、本物の金髪に青い瞳。ジョスにもほかの多くの貴婦人にもモテモテのワレスがそばにいるせいで、少年はすっかり自信をなくしたのだ。
(こっちこそ、ジョスをとられた気がしてたのに)
ジョスリーヌは若い男が好きだ。ワレスが出会ったのも十七だった。今のサージェントくらいの年である。だから、彼が来たときに、自分の番は終わったのだと思っていた。次のお気に入りはサージェントなのだろうと。
「今はそんなことより、おまえをやったのが誰かだ」
「……馬車が」
少年はそのまま気絶するように寝入った。
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