第4話 ルドヴィカの初恋3
馬車に乗って屋敷を出ると、ル・シュビド伯爵邸へむかう。同じ皇都郊外にあるので、さほど時間はかからない。
「ル・シュビド伯爵家はルーラ湖沿岸に領地を持つ領主だな。息子ばかり三人。エヴラール。ギャエル。フロラン。あなたの求婚者は次男のギャエル」
「わたしが女学校に行ってたころに見かけたらしいの。ギャエルは二つ年上なの」
「エヴラールは二十七。フロランはまだ十五だ」
「よく知ってるのね」
「それは調べたから」
「ある事件って、なんなの?」
初恋の君の鮮烈な青い瞳が、ルドヴィカを見つめる。視線で
「おれの息子が、ある貴族に命を狙われている。実行犯をあぶりだしているんだ」
ガン、とまた衝撃。
息子がいるのか! ヴィオラ以外にも子どもが。しかも、母親が違う。いったい、何人、愛人がいるのか? いや、今はそれらとは過去形かもしれないけど。
ため息をつきつつ、でもやっぱり、馬車でル・シュビド伯爵邸へむかうあいだ、彼のよこ顔をうっとり見つめてしまうルドヴィカだった。
伯爵邸にはまもなくついた。たしか、ル・シュビド伯爵はラ・スター侯爵の一門だったはずだ。ルドヴィカの実家の族長ラ・ベル侯爵家と同じ、十二騎士の家柄だ。つまり、金持ちな領主。ルドヴィカの婚家にはいい条件。城みたいとまでは言えないまでも、邸宅もモダンで美しい。つい最近に建てたのだろう。
「いらっしゃい。ルドヴィカ! まさか、君が来てくれるなんてね。今日はパーティーだ。お祝いしなくちゃ」
ギャエルは大喜びだ。階段をかけおりてきて、どさくさまぎれにルドヴィカを抱きあげようとする。ルドヴィカはサッとワレスの背中にしがみつく。ギャエルがムッと顔をしかめた。
「こちらは?」
「えっ、えっと……うちの騎士よ。ねぇ、ワレス?」
ワレスは薔薇の騎士のようなおもてに、大人の余裕の微笑を浮かべる。
「ルドヴィカ姫の護衛で参りました」
「あ、そう。まあいいよ。ルドヴィカ。うちを案内しよう」
ギャエルは実家が富豪だと見せつけたいのだろう。屋敷じゅうをすみずみまで案内してくれる。
壁に宝石を埋めこんだダンスホールや、銀細工のシャンデリアが輝く豪華な食堂、ルドヴィカが見たこともない高価な
ちなみに書斎では、本に埋没している三男フロランに出会った。十五歳にしても幼く見えるかぼそい少年だが、五百年前の大作家ヴュラス・ル・オードの三部作『巫女姫アウリネの生涯』を読みふけるとは、なかなか見どころがある。
「フロラン。おまえはまた、こんなところで本の虫か。ジャマだよ。どっか行ってろ」
ギャエルは乱暴に弟の背中を押して追いだそうとする。が、ルドヴィカを見て赤くなった少年が、巫女姫の最終巻を持ったまま行ってしまったのでガッカリだ。あの三部作はル・ビアン伯爵家の城にも一部と二部しかないのだ。
「ああ、あとで、わたしにも続きを読ませて——って、もう聞こえてないわよね」
「ルドヴィカ。あんなつまらないヤツはほっといて、遠乗りでもどう? 先月、それは見事なブラゴール産の馬が手に入ったんだ」
ギャエルは馬好きのようだ。ルドヴィカとは趣味があいそうにない。それに、ずっとルドヴィカの手をつかんでひっぱっていくので疲れる。
かたわらで見ているワレスがクスクス笑っている。できれば助けてほしいのだが、求めなくても屋敷じゅうを案内してもらえるのは、彼にとっては願ってもないのだろう。
「馬は嫌い?」
「嫌いじゃないけど、とくに好きでもないわ」
「なんだ。そう。じゃあ、温室はどう?」
「キレイなお花は好きよ」
だが、温室には観葉植物ばかりで、花が咲いていなかった。
「なんだか、地味な温室ね」
同じ種類の鉢植えばかりが、いっぱいならんでいるのだ。
「ああ、ここは兄上が育ててるハーブ園だから。じゃ、次は地下の酒蔵へ行こう。おじいさまがめずらしい酒のコレクターなんだ」
今度は地下へおりていく。モダンな建物ではあっても、やっぱり地下への階段は薄暗い。うしろからワレスがついてくるからいいが、そうでなければ二の足をふんでしまう。
ところが、その酒蔵の扉をあけると、なかには一人の青年がいた。顔はギャエルによく似ている。似ているが、ギャエルがそばかすだらけで、ちょっと前歯が目立つことを考えれば、彼より整っていた。少し面長すぎるもののハンサムだ。
青年はヴィナ酒の瓶を一本、手にしていた。入ってきたルドヴィカたちを見て、あわてふためく。
「ギャエル。なんの用だ? 昼間から酒蔵なんて」
「兄さんこそ、何してるんだ。ここはおじいさまの収蔵品の安置所だろ?」
「どんな銘柄があるのか見てただけだ。子どものおまえには関係ない」
「はあ? おれ、とっくに成人してるんだが?」
長男と次男はルドヴィカの見ている前でケンカを始めた。兄弟仲はよくないらしい。
だが、そこはエヴラールは大人だ。酒瓶を棚に置くと、ギャエルにはかまわず酒蔵を出ていく。ただ、すれ違ったときに、ルドヴィカの手をとって接吻した。
「美しいかた。お見苦しいところを見せてすまない。今夜の晩餐には、ぜひ、あなたもおいでください」
「おれの婚約者に手を出すな!」
ルドヴィカはギャエルの婚約者になったつもりはないが、と言って、エヴラールにもときめかない。
何しろ、ルドヴィカのとなりには、白鳥の騎士のごとき初恋の君が立っているのだから。
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