第8話 聖堂の天使2
もうすぐ音楽大会がある。
冬休みに入る前、毎年開催されるお楽しみイベントだ。何しろ、優秀な上位数名は皇帝陛下の御前で演奏がゆるされているのだ。場合によっては、それが気に入られて、宮廷での官位を
廷臣の息子たちは大盛りあがりだ。御前演奏のあとには宮中でのパーティーもあり、それには第三校の女子生徒も出席する。女の子をおがめるなんて、年に数回もない。なので、そっちが目当ての連中もいる。
ワレサは興味がないので、まじめに授業を受けて、休み時間のたびに、ルーシサスのもとへ急いだ。熱がひどくなっていたら大変だが、朝に飲ませた熱さましが効いたのか、すっかり落ちついて、心地よさげに寝入っている。
ワレサが安心して教室に戻ろうとしていると、廊下の途中で上級生にはばまれた。寮と校舎のあいだの並木道だ。紅葉が美しく、風に舞う木の葉が詩心を誘う。
「ワレサレス。今日は一人なんだ」
声を聞いただけでウンザリした。高等部二年のル・ポワンドル伯爵令息ディンダだ。ふりかえると、いつもどおり、いやらしい目つきでワレサを見ている。
騎士学校は入学の年が決まっていないから、必ずしも、学年全員が同年ではないが、それでも、高等部なら十五歳から二十歳前後までが平均的である。
ディンダは十七歳だ。初等部五年生になりたてのワレサは十三歳。このころの四歳差は体格の上で、とても大きい。
また、めんどくさい相手に出会ってしまった。ふだん、校舎と寮のあいだの道は、朝夕の登下校時間以外、ほとんど人影はないのだが。いや、むしろ、人影かないからこそ、ピンチだ。
「ディンダさま。なぜ、今のお時間にこんなところにおいでなのですか?」
「僕は音楽大会のために聖堂で練習してたんだ。歴史はもう卒業課程を合格してるから」
学校は宮廷の敷地内にあるが、神殿や墓地など、外から人が入りこめるスペースとは柵で隔離されている。そのため、生徒がお祈りするための聖堂が校内にあった。ユイラ十二神の神像がならべられたお堂だが、そこそこ広さがあり、よく生徒たちの集会に使われる。聖堂は校舎と寮のあいだにある。
しかし、そこも今は授業が始まる時間なので無人だろう。
「そうですか。では、次の授業が始まりますので、私はこれで」
ワレサは足早に立ち去ろうとした。が、背後からその手をつかまれる。
「いいじゃないか。ワレサ。君はほんとにキレイだ。この見事なブロンド。透きとおる青い瞳。僕はつねづね、君ともっと仲よくなりたいと——」
「あっ、鐘が鳴りました。急ぎませんと」
やや強引に話を打ちきって走りだそうとする。が、ディンダはしつこく手をにぎって離さない。前々から、ワレサに恋文を送ってくる困った上級生の一人だ。
ワレサは自分で鏡を見ても、整った顔立ちだと思う。とても、美しいと。ルーシサスほどではないにしろ、まだ少年のワレサは中性的で細いし、黄金に輝く髪がユイラではひじょうにめずらしい。
その上、平民だ。貴族の息子相手だと、社交界でその関係が影響してくる可能性がある。プラスの関係ならいいが、家同士の仲が険悪だとか、相手のほうが爵位が高いとか。また、別れ話がこじれたとき、大人になってから社交界でたびたび顔をあわせるのも気まずいだろう。
だから、ワレサは男女をへだてられた特殊な環境下にある少年期の恋の相手として、上級生から目をつけられやすい。
さて、どうしよう?
力づくで来られると抵抗できないし、かと言って、相手は貴族だ。あまりにもヒドイ侮辱はできない。
困っていると、今度は前から別の男が歩いてきた。
ラ・キーサ侯爵令息アシュルーだ。これもワレサに恋文をくれた一人だ。すぐうしろに、ル・ペリントン子爵令息エドメがついている。二人は友達だ。エドメからも恋文をもらった。すでに三十通くらいは部屋にたまっている。将来、それをゆすりの材料にできるかもしれないと、とってあるのだ。
「ああ、ワレサじゃないか。今日も可愛いなぁ」
「ブロンドが王冠のようだね」
二人はワレサの手をつかんだままのディンダを見て、顔をしかめる。
「ル・ポワンドル。その手を離せ。ワレサはおれの恋人だ」
「そんなの聞いてないぞ」
「ワレサは遠慮がちだからな」
ケンカしだしたので、そのすきにワレサは逃げだす。
いや、逃げだそうとした。
その瞬間、気になる会話を三人がしだす。
「僕の愛は純粋だ。聖堂の天使だって認めてくれるさ」
「それは、おれだ」
「いやいや。愛に身分は関係ないよ。私にだってチャンスはあるさ」
「聖堂の天使に聞いてみよう」
「いいだろう」
聖堂の天使?
なんのことだろう?
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