第8話 聖堂の天使3



「聖堂の天使って、なんですか?」


 思わず、気になって聞いてしまった。

 三人は嬉しそうだ。

 授業に出る気はないらしい。


「なんだ。ワレサ。君は知らないのかい? この聖堂には昔から言い伝えがあるんだよ。ジンクスというかね。この聖堂で愛を誓うと、特別な奇跡が起こると」

「奇跡、ですか?」


 この世に奇跡なんかないと思うが、ワレサはおとなしい優等生を演じていたので、もちろん、反論なんてしない。


「もし、その二人の愛が本物なら、祝福の鐘が天から鳴りひびく。だが、偽りの愛なら、雷鳴とともに怒りの天使が舞いおりるというんだ」

「怒りの天使ですか。これまでに見た人はいるんですか?」


 ディンダもアシュルーもエドメも首をふる。


「まあ、伝説だから。鐘はたまに鳴るらしいけど」

「鐘はどっかの神殿のやつが、たまたま鳴っただけじゃないかな? 宮廷の敷地内なら鐘は聞こえるよ」

「天使に怒られるって、よっぽど本心を偽ってるんだろうなぁ」


 三人はジンクスに興味津々のようだ。当然の流れで、誰からともなく言いだす。


「試してみよう」

「そうだ。試そう」

「僕の愛は本物だ。きっと、祝福の鐘が鳴りひびく」


 三人がいっせいにワレサをかえりみる。イヤな予感がしたときには、まわりをかこまれていた。


「ワレサ。今から聖堂へ行こう」

「そうだ。私たちが今から一人ずつ君に告白をする」

「鐘が鳴ったら、君の恋人だ!」

「……」


 断ろうにも、三方から腕をつかまれて、聖堂へひきずっていかれる。


「三人とも鐘が鳴らなければ、お断りしてもいいのですか?」

「あっ、それは考えてなかったな」

「誰か鳴るだろ」

「いいから、やるだけやってみよう」


 いや、違う。ジンクスを信じているわけではなさそうだ。あきらかに、やましい下心を持っている。ひとけのない場所につれこんで……というわけだ。授業中だからジャマが入る可能性もない。


 なんとか逃げだしたいが、聖堂はすぐそこだ。

 背中を押されて、聖堂のなかへつれられていく。


 聖堂は無人だった。

 一階はミサのための礼拝堂。高く吹きぬけになっている。二階は一階をかこむ回廊だ。入口の両側、さらに奥の祭壇のそばにも、二階へ通じる階段がある。

 入口の階段前を通りすぎ、祭壇へむかう。


 柱のかげ。座席のかげ。彫像をおさめた壁龕へきがん。ステンドグラスから、ななめにさす淡い光。

 聖堂のなかは薄暗い。


「離してください。私は授業に戻りたいのです」

「まあまあ、いいじゃないか。キレイだなぁ。ワレサ。おれのものになってくれ」

「イヤです」

「じゃあ、私とつきあおう」

「イヤです」

「僕とならいいよね?」

「イヤです」


 鐘も鳴らないが天使も出てこない。当然だ。そんなものは誰かの作り話にオヒレがついて一人歩きしてしまっただけだ。それを生徒たちが信じて語りついでいるにすぎない。


 しかし、上級生たちは天使が出ないのをいいことに、そのまま、ワレサを床に押し倒してくる。本気であばれたら、まだ逃げだせた。ただし、そのときは、上級生たちに深刻なケガを負わせることとなる。平民のワレサがそれをすれば、処罰されるのはこっちだろう。


(どうする? あきらめて、一回くらい好きにさせてやるか? たらしこんで、言いなりにしてやってもいいかな)


 それはそれでいいかもしれない。てきとうに貢がせて、仲たがいさせた上で、こっぴどくすててやるのだ。

 ワレサにはそれをできる自信があった。


 ところがだ。このとき、とつぜん、無人の聖堂内にオルガンの音が響いた。二階の奥側、一階の祭壇の真上にあるパイプオルガンだ。


「わっ、なんだ、なんだ?」

「誰だ!」


 ところが、あわてて二階を見ても、パイプオルガンの前には誰もすわっていない。パイプオルガンはペダルをふんで、パイプに風を送ることで音を出している。誰もペダルをふんでいないのに、音が出るわけがないのだ。だが、それでも音は鳴り続けている。


 さっきまで、この世は貴族のためにあるような顔をしていたくせに、上級生三人はふるえあがっている。


 さらに、そのときだ。逃げようかどうしようかと迷うふうで、やけにキョロキョロしていたエドメが、「あっ」と叫んで、二階の一点を指さす。パイプオルガンとは反対側の通路だ。そこに人影があった。いや、天使だ。翼をひろげ、長い髪をなびかせた天使が逆光をあびてシルエットになっている。


「うわーっ!」


 悲鳴をあげて、ディンダが逃げだした。アシュルーも無言で顔をひきつらせ、競争みたいに、さきを争いつつかけだしていく。最後にエドメが腰をぬかしながら、「ま……待ってくれよ」と、必死にはう。


 ワレサが三人を見送ったときには、天使の姿は消えていた。

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