第4話 ルドヴィカの初恋6
そのあと、ルドヴィカは自室へ帰るつもりで、庭を歩いていた。温室の前を通りかかると、ガラスの壁のむこうにギャエルがいた。ワレスが大麻だと言っていた、あの植物をやけになったようにむしっている。
まったく乱暴者だ。兄とケンカしてイライラしたから、兄が育てている鉢植えに八つ当たりしているのだろう。
しばらくしてナタンが来ると、荒れている次男の肩をたたいて励ました。ギャエルは興奮して声が大きいので、ところどころ、庭にいるルドヴィカまで話が聞こえてくる。
「兄上なんかに……渡すものか!」
「……」
「……父上はおれの味方なんだろ?」
「……」
「今夜こそ、やるよ」
どうやら、ルドヴィカのことを話してるらしい。絶対にくどいてやるという決意か。ルドヴィカの気持ちもおかまいなしで、失礼きわまりない。
やっぱり、ギャエルは好きになれない。自宅に帰ったら、このプロポーズは正式に断ろうと、ルドヴィカは思った。
ところが、自宅に帰るまでもなかった。そのとき、チラリと外を見たギャエルが、ルドヴィカに気づいたのだ。しっかり目があってしまった。ギャエルは急いで温室をとびだしてくる。むしった葉っぱを手ににぎりこんでいる。
「ルドヴィカ。ここにいたの」
「部屋に帰るのよ」
「じゃあ、いっしょに行くよ」
「いいえ。けっこう」
「そう言わずに」
「わたしは一人になりたいの」
「部屋まで送るだけだよ」
「いいから、ほっといて」
ルドヴィカはまわりから大切に育てられたので、人の悪意にあったことなどなかった。ましてや、暴力など、ただの一度もふるわれた試しがない。だから、完全に油断しきっていた。男と二人きりになったからって、イヤなものはイヤとハッキリ断れば、それでいいのだと。まさか、ギャエルが力づくで押し倒してくるなんて思いもしなかった。
「何するの? 離して。あなたなんか嫌いよ!」
ギャエルの目つきがいよいよ凶暴になり、手にしていた葉っぱをムリヤリ、ルドヴィカの口につっこんでくる。すぐに吐きだしたが、しばらくして、なんとなく体が重いような気がした。めまいがするし、気持ちがフワフワして、まわりのことがだんだんわからなくなってくる。
すると、ギャエルがニヤニヤ笑ってのしかかってきた。
(イヤ……こんな男……)
妙にゆるやかに涙がこぼれていく。ギャエルが服をぬがそうとしているのに抵抗できない。時間が止まったような非現実な空間のなかで、ルドヴィカは目に見えない檻に囚われて苦しんだ。
そのときだ。
「私の娘から離れろ」
声がして、ギャエルの姿が視界から消える。
「うっせぇな。騎士風情が出る幕じゃないんだよ!」
だが、そのあと、ギャエルの声が聞こえなくなった。ほんの一瞬のうちに、何があったのだろう。
次にルドヴィカの視界に現れたのは、ワレスの秀麗なおもて。ワレスは苦々しいような笑みを浮かべている。
「こまったお姫さまだ。妙齢の姫君が一人で歩きまわるもんじゃない」
「ワレス……」
抱きあげられて、運ばれていく。寝室のベッドによこたえらるのがわかった。そのまま、ワレスは立ち去ろうとする。
「待って。どこにも行かないで」
「ルドヴィカ。おれは君の想いにはこたえられないよ?」
「それでもいいの」
初めて他人からの暴力にあって怖かった。ワレスが助けにきてくれて、ほんとに嬉しい。子どもっぽく無視したルドヴィカを、どこかで見守っていてくれたのだ。
「あなたといると、安心する」
「それはきっと、恋ではないね」
いいえ、違うと反論したかった。が、猛烈に眠くなってくる。ただ、髪をなでてくれるワレスの手が心地よかった。かつて幼いルドヴィカを寝かしつけてくれるとき、そうしてくれたように、その手はあたたかい。
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