第3話 レディの面影5
もちろん、ワレスはカースティを探した。夜どおし宿をまわったが見つからなかった。翌朝一番に代筆屋にも行った。が、今朝はまだ来ていないと言われた。
そうなるともう居所の見当がつかない。
まさか、たった一夜で、すでにさらわれてしまったのだろうか? 皇都だからと言って、人さらいがいないわけではないし、つくづくバカなことをした。
カースティを死なせないために嫌いなふりをしたのに、これじゃかえって危険なめにあわせている。
気が気じゃない夜を三度すごした。だが、心あたりもなく、どうやっても見つけだすすべがない。
ジェイムズには今じゃけっこう大勢の部下がいる。ここは頭をさげて探してもらわなければならないと肚をくくる。かわりに、ワレスは本腰を入れて、偽造文書の件にかかわる約束をした。
「なんで、カースティとケンカしたんだ?」
「それは……いいだろ。兄妹ゲンカだよ」
「ふうん」
ジェイムズはたまにひどくするどいところがあるので、耳の痛い忠告をしてくる。
「君はそう思っていたいのかもしれないが、カースティは違うんだろう? 後悔しないようにしたほうがいい」
ジェイムズはワレスがかつて、ルーシサスにおこなった罪を知っている。あのときの自分を、ワレスがずっと後悔していることも。だからこその忠告だ。
「でも、どうしようもないじゃないか? おれにはおれの事情があるんだよ」
「君はときどき変だよ。何かから逃げている。ルーシサスが君を心から愛してるのは、はためから見てもわかった。君だけがそれを否定してたんだ。おかしいじゃないか?」
「うるさく言うなら帰るぞ?」
誰にも言えるわけがない。
ワレスが愛したというそれだけの理由で、恋人が死んでいくんだなんて。そんな運命、誰も本気にするはずがない。この苦しみは一生、ワレスが一人で背負っていくのだ。
(そういうおまえだって、ただの友達以上には大切な存在だ。おれのそばにいれば、いつかきっと、死んでしまう……)
こういうときの気持ちをどう表現したらいいのだろう?
まるで自分自身が死神であるかのような。鉄の
とんださみしがりやの死神だ。
「……安心しろよ。おまえのことなんて、ただのヒマつぶしの友人以上には思ってないからな。それも、おまえが役人だからだ。つるんでれば都合がいい」
ジェイムズの悲しげな瞳を見ると、ズキリと胸が痛んだ。しかし、言いわけはしなかった。嫌われるくらいで、ちょうどいい。そのほうが、もっとスマートなつきあいができるだろう。もっと建前だけの損得の交流だ。そのほうがいい。失う心配をしなくてすむ。
ところが、油断すると謝罪のついて出そうになる唇を、ワレスがかみしめていると、ジェイムズは嘆息して肩をたたいてくる。
「いいんだよ。私にとって大切な友人であることに変わりないから」
ワレスは絶句した。微笑するジェイムズの肩ごしに、壁にかけられた柱時計が見えた。表面のガラスにほどよく光が反射して、ワレスの泣きそうな顔を映している。これじゃ本心がバレバレだ。なんて顔してるんだか。
ジェイムズは二、三度ポンポンとワレスの肩をたたいたあと、そのままマントをまとってドアをあける。
「さあ、行くぞ。マーレーン商会の調査だ。カースティは私の部下が総出で探すから」
なんだろう? ジェイムズのこの鋼の心臓は?
なんだって、こんなときにふつうの対応ができるのか?
面とむかって「おまえなんか嫌いだ」と言ってやったのに、これじゃまるで、ワレスが好きな子の前で素直になれない子どもみたいだ。
かなわない……。
ジェイムズのこういうところ、何をやっても歯が立たない。
あきらめてついていくと、商家の建ちならんだ地区につく。カースティの働いていた代筆屋は下街だが、マーレーン商会じたいは高級街にある。
「商会はマーレーン家の一族経営なんだが、最近はやり手のノーランドが番頭について、商売は安定している。だから、変な評判が立つのは、むしろ商会にとってマイナスにしかならないはずなんだがな」
ジェイムズの説明を馬上で聞きながら、商会にやってきた。なかへ入る前、裏口で話す男を見かけた。身なりのいい若い男が、疲れたような顔をした五十代の男と話しながら、迷惑そうな態度をとっている。見るからに若い男のほうが立場が上だ。
「さっさと帰れ。兄さんはおまえなんかに会わない」
「ですが、大事なご用が……」
「うるさいな!」
相手にしがみつかれて、若い男はじゃけんにふりはらった。
「あれは?」
ワレスがたずねると、
「マーレーン家の次男コームだね」
「かなり横柄そうな男だな」
「話してるのは誰だったかな? どっかで見た気がするから、商会の関係者だろうな」
コームはワレスたちが見ていることに気づくと、苦い顔をしてなかへ入っていった。ワレスは相手を追った。が、男は逃げるように去っていった。さっきの会話のようすからも、よからぬ話をしていたのではないだろうか?
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