第3話 レディの面影4
偽造公文書——
つまり、金の借用書や土地売買契約書、商品の納品書、なんなら治安部隊の逮捕状など、ありとあらゆるものがあげられる。そのどれも偽物なら一大事だ。
だが、ワレスが緊張したのは、誰とも知れぬ被害者を哀れんだからではない。
ジェイムズは知らないが、カースティが偽造文書作りの名人だという事実だ。
もちろん、そんな事件はぐうぜんだろう。ワレスがふだん意識していないだけで、年間何十件も起こる、よくある事件に違いないのだ。
でも、カースティのまわりでそれが起こると、とたんに怪しい色を帯びる。そこが問題だ。
部屋まであがったジェイムズが、いくつも書類を出して、テーブルに置く。
「ほら、これだよ。全部、借用書なんだが、本人たちは知らないあいだに借金ができて、身におぼえのない取り立てに苦しんでるっていうんだ。あまりにも数が多いので、裁判所でも大問題になってる」
「数はどのくらいだ?」
「今わかってるだけでも百近くかな」
「被害額は?」
「一人につき銀貨十枚とかだね。私たちから見れば大金ではないが、庶民にはすぐに用意できる金額じゃない」
「で、じっさいに取り立てにあって払えないと、どうなるんだ?」
「借金のかたに家を追いだされたり、土地をとりあげられたり、娘をつれていかれたり」
「それはヒドイな」
「だが、今のところ、偽造の訴えがあったので、裁判所で差し押さえてる。だから、今のうちにマーレーン商会の詐欺の手口をあばきたい」
ワレスは思わず、唇をひきむすんだ。あっともれそうになる声を抑えるためだ。
マーレーン商会。それはカースティが務める代筆屋である。正確に言えば、代筆屋はその下請けだ。
「マーレーン商会。わりと老舗の商店だよな? 評判は悪くなかったはずだが」
「そうなんだよ。だから、よけいに困ってる。ずっと善人だったはずの人が急に強盗を始めたようなもんで、どっちを信じたらいいんだか」
「ふうん……」
とりあえず、マーレーン商会の内部事情をさぐるようにと助言しておいた。優良だった商店が急に不良になるわけだから、最近に起こった変化がその原因であるはずだ。それをつきとめれば、悪くなった理由もわかるかもしれない。
ジェイムズがいさんで出ていくと、ワレスはそれとなく、カースティに話しかけた。代筆屋がマーレーン商会の傘下だと知っているのに、追及しないのはかえって変だろう。
「おまえが働いてる代筆屋もマーレーン商会が元締めだったね?」
「アランさんはまじめな人だから、悪事には絶対、手を貸さないわ」
「そう? それならいいけど。もしも、おかしなそぶりを感じたら、辞めてしまってもいいんだよ?」
「それでまた、わたしに奥女中を勧めるの?」
「まあ、そうなるな」
「わたしは別に贅沢がしたいわけじゃないから、今がちょうどいいの」
「悪いな。兄のおれが贅沢ざんまいばかりして、貴婦人にもらった金を浪費してる」
「それはワレスが稼いだお金だからかまわないけど」
「でも、おれに何かあったとき、おまえが一人でも生きていけるようにしておかないと。もちろん、嫁に行くまでいっしょに住んでもいい。だけど、わかってるだろ? おれはおまえに安定した生活を送ってほしい。いつまでも、おれなんかといちゃいけないんだ」
「どうして?」
「どうしてって……」
それは、ワレスといれば大切な人が死ぬからだ。カースティとは恋愛の仲じゃない。だが、二人でいるとくつろげる。レディスタニアが帰ってきたようで心がなごむ。この気持ちをいだくかぎり、いずれ、近いうちにカースティは死ぬだろう。それが怖い。
「わたし、ほんとは、あの事件が終わったら、結果はどうあれ、死ぬつもりだったの。うまくいかない可能性だって充分にあったし。ヒューゴの願いが叶ったら、もうわたしの生きてる目標はなくなると思ってた。でも、ワレスがわたしに新しい世界を見せてくれた」
「それは、おれじゃなく、ティモシーだろう? おまえに森の外にも世界があると教えてくれた」
「わかってないのね。ワレス」
いつものようにカウチ(寝台がわりに買ってきた)によこになろうとするワレスのあとを追いかけてきて、カースティが背中に手をかけてくる。ワレスがふりむくタイミングで、カースティは背伸びしてきた。当然、唇がふれあう。彼女とくちづけるのは二回めだ。最初は以前の事件のとき。
「……ダメだよ。レディ。兄妹でこんなことはしない」
「ワレス。わたしはあなたが好きなの」
「そういう気持ちなら出ていってくれ」
「わたしが嫌いなの?」
そうではない。だが、それを言えば、まちがいなくカースティは死ぬ。
「ああ……」
「わかった」
荷物をまとめて、カースティが夜の街へ出ていく。女の子が一人で歩きまわるには危険な時間帯だ。娼婦と勘違いされて襲われるかもしれない。
ワレスはイライラして、自分に舌打ちした。心配でたまらないくせに、何をしてるんだか。
「カースティ!」
あわてて、カースティのあとを追った。だが、そのときには少女の姿は闇にまぎれてしまっていた。
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