第五話 ラ・ヴァン公爵の花嫁

第5話 ラ・ヴァン公爵の花嫁1



 ラ・ヴァン公爵はジョスリーヌの友達なので、ワレスもたびたびラ・ベル侯爵家や彼の屋敷で顔をあわせる。


 彼は皇都郊外に領地を持つ領主であり、ことに美しい磁器のかまを持っているので、そこからの収入だけで遊んで暮らせる富豪だ。


 本人は四十代に入ったばかりで、白い肌とつややかな黒髪の、いかにもユイラ人らしい美男。ウィットに富んだ、センスと頭のいい男である。たしか、ご本人の詩集も出しているはず。


 当然、モテるのだが、まだ独身である。なぜなら、彼は純粋に美青年を愛する男色家だからだ。

 ワレスも以前、養子にならないかと誘われたが断った。


 しかし、そのラ・ヴァン公爵ギュスタンが、最近、元気がないのだと、ジョスリーヌが言った。


「ずっと可愛がっていた子が女の子と結婚したらしいのよね。かわいそうなくらい落ちこんじゃって。だから、ギュスタンを励ますために、うちでパーティーをひらこうと思うの」

「パーティーね。そんなの、どうせ飽き飽きだろうに」

「いつもとは趣向を変えるわ。男女あべこべパーティーよ」

「つまり?」

「男性は女性の、女性は男性の服装をするの」

「ああ……」


 かわいそうにと、ワレスはジョスリーヌのような友達を持ったラ・ヴァン公爵を哀れんだ。まだ二十二歳のワレスなら、女装もそう不自然じゃない。ユイラ人はもともと優美で細身の男が多いし、長寿なぶん、いくつになっても若く見える。


 とは言っても、さすがに四十代で女装させられるのはキツイ。友人をなぐさめるためと言いつつ、そんな恥ずかしめを強制するとは、ジョスリーヌは恐ろしい女だ。


「あんた、本気でなぐさめるつもりがあるのか?」

「もちろんよ。だから、ワレス。あなたも女の子の服を着るのよ? 前に女装したとき、とても可愛かったわ」

「はいはい」


 そんなわけで、数日後。ラ・ベル侯爵邸で男女あべこべパーティーがもよおされた。主賓しゅひんのギュスタンは、しょうがなさそうに魔法使いのおばあさんに化けている。


「あら、イヤだわ。ギュスタン。おばあさんなんて、そんなのでごまかして」

「いやいや。いくらなんでもこの年で真っ向勝負はできないよ。だが、あなたは可愛い騎士だね。わたしの麗しき貴婦人。お招きありがとう」


 ジョスリーヌの手に接吻するギュスタンは、いつもと同じに見えた。が、しばらくすると、なるほど、元気がない。やけにため息の数が多いのだ。


 ね? 変でしょ? と、ジョスリーヌが目で合図してくる。



 ——ワレス。あなた、元気づけてあげてよ。


 ——えっ? おれがか?


 ——あなたにならできるわ!


 ——知らないからな。



 そういう目くばせを送りあったのち、ワレスは主賓の背後のカーテンから現れた。

 以前のパーティーで女装したときは、十二国風のコルセットでウエストをしぼったゴテゴテのドレスをまとったが、今日はユイラ風だ。ただし、長いローブは純白で、レースのヴェールをかぶっている。白い手袋に白い花飾り。花冠。つまり、ユイラの古風な花嫁衣装だ。


 ジョスリーヌに遊ばれてしまった。ドレスの用意をしたのもジョスリーヌだし、真珠の首飾りもジョスリーヌのもの。お化粧はジョスリーヌの侍女たちに総出でほどこされた。


「キャー。美しい! 侯爵さま。素敵に仕上がりましたわ」

「女のわたくしの目から見ても、ウットリするほどの美女でございます」

「まあ! ほんとに綺麗だわ。花嫁人形みたいよ。ワレス」


 女たちは大盛りあがりだが、ワレスにしてみれば、オモチャにするのもたいがいにしろ、だ。


「いい子にしていれば、この真珠はご褒美であなたにあげるわ。これだけ形のそろった大粒の三連の首飾りは、なかなかないのよ?」と言われなければ、途中であばれていたかもしれない。


 ため息をつくギュスタンの前に、同じくため息をつきつつ、ワレスは登場する。


「ギュスタン。あなたのために特別なお人形を用意したのよ」と、ジョスリーヌは上機嫌だ。


 ワレスをひとめ見たギュスタンは……絶句した。そのあとたっぷり数分は沈黙のまま、ワレスを見つめていた。


「……おどろいた。ワレスだね?」

「ああ。ジョスにしてやられた」


 ジョスリーヌが口をはさんでくる。


「ダメよ。ワレス。そんな乱暴な口調じゃ。もっと花嫁らしく、はじらいを持って」

「外だけ磨いたからって、中身が変わるわけじゃないからな?」

「黙ってれば完璧なのに……」


 ジョスリーヌはブツブツ言うが、ギュスタンは大喜びだ。


「いや、美しいな。見とれたよ。やっぱり、君が欲しくなった。養子がイヤなら花嫁として迎えるが?」

「断る」

「少しくらい悩んではくれないのか?」

「悩む余地がない」

「つれないな。しかし、ジョスリーヌ。これはわたしへの贈り物だろう? 一晩貸してはもらえないか?」

「イヤだ」


 ワレスは言うが、ジョスリーヌは小首をかしげる。

「そこはあなたの腕しだいよ。ギュスタン。ワレスが『うん』と言えば、わたくしはかまわなくてよ?」

「いやいや。イヤだと言ったろ?」

「落としがいがあるね。ワレス。こっちへおいで。二人で話そう」

「いや、だから、断ると……」

「ギュスタン。言っておきますけど、一晩だけよ? 乱暴はしないであげてね」

「ジョス。おれを売るなよ」

「もちろん。宝物のように大切にあつかうとも」


 ワレスの言葉なんて聞いちゃいない。

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