第5話 ラ・ヴァン公爵の花嫁3



 ギュスタンの思い出話が始まる。


「ワレス。君も騎士学校に行っていたらしいね。それなら知っていると思うが、ユイラの帝立学校は男女がわかれている。第一校は貴族の子息のための騎士学校。第二校は貴族以外の男子が通う。第三校だけが女子校だ。初等部を十歳前後で入り、十五歳以上で高等部にあがる」

「おれは初等部の四年から入ったんだ。しかも飛び級したから、十七にはもう卒業した」

「優秀だね。私はふつうに初等部から一年ずつあがって、十九で卒業したよ。第一校は全寮制だしね。男女が厳しくわけられているから、下級生の可愛いのを見つけては恋文をおくるのが、なんというか、ふつうの風潮だった」


 ワレスはそれに関してはイヤというほど思い出があった。ワレスは金髪で目立つ。しかも、貴族の学校に貴族じゃないのがまざっているわけだ。落としやすい相手として、ターゲットにされやすかった。


「私も初等部のころには、よく高等部の連中から誘われたがね。君なんか、きっとたくさん恋文をもらったんだろうね」

「それはもう」

「十四、五歳の君は、さぞかし美少年だっただろうからなぁ。同世代でなくて残念だ」

「それで、不思議なこととは?」


 それを聞かないことには話が終わらない。うながすと、ギュスタンは続ける。


「五年生のころに、私は初めての恋をした。相手は名前も知らない生徒だ。第一校のなかで、ときおり見かけた。最初に会ったのは、音楽大会の前だった。クラスごとに代表者が全校生徒の前で演奏して、歌や楽器の腕前をひろうするアレだ。優秀な者だけが、皇帝陛下の前で歌う栄誉をたまわる」

「あれは廷臣の息子たちがやっきになるヤツだから、おれには無縁だったな」

「私はちょうどその五年生のときに、陛下の前でヴィオラを弾いた」


 芸術を解する男だと思っていたが、本人も優れた演奏家だった。


「それはスゴイ」

「毎日練習をしていたから、宿舎に帰るのが遅くてね。日暮れどきに校舎を出ようとすると、ものすごい美少年がエントランスホールにいたんだ。黒髪に緑の瞳でね。聖堂の天使の絵のような美少年だった。ひとめぼれだったね。話しかけようとしたが、彼は逃げてしまった」


 今のところ、はかない初恋の思い出だ。不思議なことなど、いっさいない。

 だが、傷心のギュスタンの気がすむよう、黙って聞いている。


「それからはもう彼のことが気になって、気になって。もう一度どこかで会えないか、意味もなく学校中を探しまわったりね。だが、彼に会えるのは決まって放課後だった。私が音楽室でヴィオラの練習をしていると、彼はやってきて、窓の外で演奏を聞いているようだった。私は彼のために心をこめて演奏したよ。ときおり見かわす目のなかに、たしかにつながる何かがあった。私たちはたがいに恋に落ちていた」


 西日に染まる音楽室で、視線をかわすだけの初々しい恋。ギュスタンにもそんなころがあったと思うと、なんだかおかしい。


「だが、教室では一度も会わなかったんだ。同い年くらいだったから、三クラスのなかには必ずいるはずなのに」

「第二校の生徒だったんじゃ?」

「それは私も考えた。好きな相手だからね。なんとか名前くらいは知りたいと思い、第二校まで行ってみた。しかし、そこにも彼はいなかった。そうこうするうちに音楽大会当日が迫っていた。前日には最後の練習だ。もうこれで会えないかもしれない。そう思い、私は演奏の途中で彼を見つけると、外へとびだしていった。なんとか逃がさず、つかまえて、自分の名前を告げ、相手の名前もたずねた。少年はうつむきがちに『テランス・ル・ジュエ』と名乗った。『君と友達になりたい。また来てくれるね?』と言うと、うなずいた。私は安心して彼と別れた。だが、そのあと、テランスは一度も音楽室へ来ることはなかった」

「ふ……」


 ふられたんですねと言いかけて、ワレスは口をつぐむ。さすがに、失恋して心を傷めている人に言うべき言葉ではない。

 だが、察したらしいギュスタンは断言する。


「ふられたわけじゃない。私はこう思っている。テランスは私の音楽にひきよせられてきた精霊だろうと。だから、正体を知られる前に姿を消してしまったんだ」

「……精霊に名前がありますか? それも、ル・ジュエだなんて、いかにもユイラ人らしい姓が」


 しかし、それでも、ギュスタンは主張する。


「あの名前は彼のほんとのものではない。なぜなら、テランス・ル・ジュエは第一校の生徒だからだ。第二クラスにそんな名の生徒がいると聞き、私は当然、会いに行った。だが、出てきたのは、私のまったく知らない少年だった」

「同姓同名では?」

「全校生徒のなかに、テランス・ル・ジュエは一人しかいない」

「西日のなかで見ると、肌が美しく見える。それに恋するあなたはテランスを美化していたのでは? なので、あらためて本人を見たとき、別人のような気がした、とか?」

「絶対に違う。まったくの別人だ。身長も違っていた。音楽室の精霊はもっと背が高かった」


 少年の前にだけ現れる精霊。ほんとに、そうなのだろうか?

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