第六話 廃墟の恋人

第6話 廃墟の恋人1



 ワレスの商売はジゴロだ。お金持ちの貴婦人の恋のお相手をして金を稼いでいる。正確に言えば、多くの金貨を。


 だが、数えきれないほどたくさんの恋人のなかには、一風変わったのが、たまにいる。


 ワレスがロズリーヌと出会うきっかけとなったのは、仲間内でのちょっとした酔狂だ。


「なあ、知ってるか? 邸宅街の外れにある幽霊屋敷」


 場所はラ・ベル侯爵邸だ。いつものように女王さまをかこんで、芸術の話題に花を咲かせるサロンの終わりごろ。夜もふけて、そろそろおひらきにしようとしていると、劇作家のリュックがそんなふうに言いだした。


「貴族屋敷のはしにある邸宅が、今は空き家になっているんだが、夜な夜なそこに霊が現れるっていうんだ」


 ワレスはそのウワサを聞くのは初めてだった。


 サロンに集まっていたのは、リュックと作家のマキシム、奇術師のジェルマン、結婚してからひさしぶりに顔を出した絵描きのシモン、女優のサヴリナ。それに楽士のレノワ。ジゴロ代表はワレスだ。サヴリナはリュックにつれられて初めてサロンに顔を出したので、ちょっと興奮している。


「えっ? オバケ? イヤだ。おもしろそう」


 近ごろの若い娘は亡霊をおもしろそうと感じるのか。それとも、劇団の団長でもあるリュックにゴマをすっておきたいのか。


 サロンの主催者であるジョスリーヌは顔をしかめた。


「わたくしは怪談なんて嫌いよ。亡霊なんて、領地の城へ帰れば、いくらでも見られるわ」


 さすがは大貴族だ。ファミリーゴーストを養えるだけの古くて豪壮な城をそなえている。

 一瞬、そこにいる全員が、羨望の眼差しをジョスリーヌに送った。


「わたくしはもう寝るわ。オバケなら、みんなで見てきなさい。ワレス。あなたはわたくしと来てくれるでしょう?」


 リアリストのワレスは幽霊なんて信じていなかった。だが、信じていないからこそ、出るというのなら見てみたい。その欲求に勝てない。


 オマケに、リュックが、

「ワレス。まさか、オバケが怖いのか? この腰ぬけめ。おまえは女王さまの足の指でもなめてろ」

 ワレスの負けず嫌いを挑発してくるので、ひくにひけない。


「ジョス。今夜はさきに休んでいてくれ。あとで必ず行くから」


 ジョスリーヌはいかにも『男って、いくつになっても子どもね』という仕草で肩をすくめる。


「まあいいわ。行ってらっしゃいな」


 ワレスのひたいにキスをして、サロンを出ていこうとするジョスリーヌを、シモンが追っていく。


「ジョス。じつは田舎暮らしの手すさびに、何枚か絵を描いたんだ。見ていただけませんか? きっと、あなたのお気に召す出来だから」

「シモン。あなたの繊細で優しい絵、わたくしは好きよ。ぜひ見せてちょうだい」


 なるほど。シモンは絵を売りつけに来たのだ。好きな女と結婚したので、贅沢させてやる金を稼ぎたいのだろう。

 まあそれなら、恋のライバルにはなり得ないので、ジョスリーヌを任せておいても問題ない。


 ワレスは安心して、リュックたちと幽霊屋敷の探検へ行くことになった。


「それで、その幽霊屋敷というのは?」

「ふん。強がってられるのも今のうちだからな」

「リュック。おまえ、おれに劇場に出るオバケ問題を解決してもらったこと、忘れてないか?」

「あれはアレ。これはコレだ。顔で負けても、想像力では負けないぞ。絶対に見返してやるんだからな」

「オバケに対して想像力は武器になるのか?」


 ゴチャゴチャさわぎながら馬車に乗る。が、ここで、大人なジェルマンは辞退した。


「私はもう帰る。ごきげんよう。諸君」


 残るは五人。ワレス、リュック、マキシム、レノワ、サヴリナだ。ワレスはラ・ベル家の馬に乗り、あとの四人が馬車に乗って、ウワサの屋敷へ急ぐ。


 貴族の豪邸がたちならぶ屋敷街は、夜がふけてもあちこちから明かりがもれていた。街灯の数も多い。道は敷石されているし、ところどころ、治安部隊の詰所もある。見るからに富豪のための街だ。治安がよく、閑静で居心地がよい。


 その屋敷街を郊外の近くまで進んでいくと、クルスミ畑にかこまれて、その屋敷はあった。畑と言っても、クルスミはユイラ風パンの原料になる木の実だ。つまり、まわりは樹海と言っても過言ではない。


「ここか」

「どうだ? ビビりすぎてチビるなよ?」というリュックの顔はひきつっている。チビりそうなのは本人に違いない。


 ワレスは思わず、顔がニヤニヤしてしまうのを抑えられない。リュックがどこまで強がっていられるか、ちょっとからかってやりたい。


「さあ、行こうじゃないか。リュック。なんなら、おまえが一番乗りでもいいんだぞ?」


 リュックの肩に手をかけてやると、彼は恨みがましげな目でワレスをにらんだ。


「もちろん。おれが一番だ。みんな、ついてこい」


 かわいそうに、足がふるえてるくせに、見るからに荒廃した空き家へ歩いていった。

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