第三話 レディの面影
第3話 レディの面影1
ワレスは四人兄妹だった。ワレスの下に弟二人、妹が一人いた。上の弟がルードレッド。下の弟はフュラウス。妹はレディスタニア。
つつましやかだが、幸福だった貧しい家族。
でも、ワレスが五歳のときに母が死んで、そのあと、父が働かなくなり、暴力をふるうようになったので、幼いワレスが弟妹を必死に育てようとした。だが、子どもにできることなんて、たかが知れてる。ルーは市場で盗みをしている最中に馬車にひかれて死に、フュールは父の借金のかたに外国へ売られていった。
あの最悪の思い出しかない二年間。でも、レディがいたから、ワレスは生きていられた。まだ赤ん坊のころに母を亡くした妹のために、近所をまわって赤子のいる母から乳をもらい、ワレスが育てた。お人形のように可愛い女の子だった。ワレスと同じ金色の髪と青い瞳のビスクドールのような子。たった三つで死んでしまったけれど。
まだ七つだったワレスには、あの小さな命を守れなかった。
あの子がいれば、そのさきの人生も変わっていただろうか? 一人になったあと、ワレスは故郷をとびだして、旅をしながら、ほうぼうを転々とした。
でも、レディがいたなら、きっと、どこか近くの街で働かせてもらえる場所を探したに違いない。理不尽な思いをしても、レディのために耐えて、せっせと働いただろう。そして頭脳は明晰なので、どこかの段階で頭角を表した。今ごろは案外、商人として成功していたのかもしれない。
しかし、だからと言って、「おまえの妹だと名のる人物がたずねてきている。役所まで来てもらおうか」
などと言われて、納得できるはずがない。何しろ、レディはとっくに死んでいる。それ以外に妹と名のつくものは持った試しがない。
ちなみにラ・ベル侯爵邸で遅寝を決めこむワレスのもとへたずねてきたのは、治安部隊のレヴィアタンだ。ついに、コイツにまで、ワレスの安眠をやぶられる日がやってきた。
「……こういうの、ジェイムズだけで充分なんだがな」
「おまえの妹だという人物が役所に来ている」
「それはさっき聞いたよ」
「ならば、すぐにベッドをおりて服を着ろ」
「おれに妹なんていないよ」
「ほんとに? なかなかの美少女だぞ? 私のフィアンセほどではないが」
「……」
そういえば、この男、婚約者がいたんだった。そんなに美人なのだろうか? 一度、見てみたい。
「おれがだました女の子でもいたかな? だからって、なんで治安部隊なんかたずねていくんだか」
「ジェイムズ・レイ・ティンバーという人物がいるはずだと言っていた」
つまり、ジェイムズを頼っていったというわけだ。
(おれとジェイムズ共通の知りあい? そんな娘いたかな?)
少なくともレディでないことはこの時点でわかりきっている。レディはジェイムズを知らない。
「それで?」
「ティンバーがいるのは裁判所預かり調査部隊だというと、裁判所へ行こうとしたのだが、美少女だったので、おろかな部下がひきとめたのだな。そのとき、じゃあ、ワレスというわたしの兄を知らないかと言いだした。ワレスという名で、金髪碧眼のものすごい美形で、推理が得意となったら、おまえしかいないだろう?」
「ああ、いないな。ジェイムズが役人だと知っていたが、てっきり治安部隊だと思った——ということか」
なんとなく、記憶のすみで少女の影がゆらめく。
「どんな娘だ?」
「見事な赤毛だな。オレンジ色の夕空のような。おまえのブロンドもめずらしいが、あの子の髪もそうとうに目立つ。一度見たら忘れられない」
目立つ赤毛。ジェイムズと共通の……つまり、事件で知りあった可能性が高い少女。
記憶のすみの面影がハッキリ形をとる。たぶん、あの子しかいない。
「名前は?」
「カースティと言っていた」
「やっぱり!」
ジョスリーヌの眠たそうなおもてが、ちょっと冷たくなった。
「やっぱりって何よ。ワレス。どこでだました娘なの? 白状なさい」
「そんなんじゃない。妹ではないが、従姉妹というか、はとこというか、遠い親戚みたいなもんだ」
「まあ。あなたに親戚がいたなんて」
「……」
そんなものはないし、あったとしてもワレスは知らない。しかし、そう言っておかなければ、ジョスリーヌのヤキモチがおさまらない。
「その娘なら、たしかに妹みたいなもんだ。会わないわけにはいかないな」
急いでベッドをおりると、半信半疑の顔をしている女王様の頬にキスをした。
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