第3話 レディの面影2



 カースティとは以前、とある事件で知りあった。あのとき、ワレスあてに来た手紙のぬしをたずねて、ジェイムズと二人で旅をしていた。途上の宿でのこと。カースティはその関係者だ。

 しかし、さきの短い病弱なティモシーの看病をするためにいっしょに行くと言っていたが。


 治安部隊の詰所には、ワレスも出入りするのは初めてだ。いかつい鎧を着た兵士がウジャウジャいる、いかめしい内部なのかと思えば、そうではなかった。意匠こそ厳格でありながら、ユイラ人らしい美しい騎士が高価なコーニン茶など飲みながら、さわやかに笑いさざめいている。

 なるほど。皇都は安泰だと、ワレスは思った。治安部隊なんて名前だけで平和が保たれている。


「ワレス……お兄さん。おひさしぶりですね。お会いしたかった」


 ワレスの顔を見て、カースティはかろやかに席を立つ。美少女の機嫌をとっていた騎士たちが気を悪くした。が、ワレスを見て、あきらめた。顔で負けたと自覚したのだろう。


「カースティ。急に来るからおどろいたじゃないか」

「だって、お兄さんと連絡がとれなかったから」


 それはそうだ。住所は教えてなかったのだから。


 あの事件のとき、ジェイムズが皇都の役人だという話は関係者全員の前でした。だから、皇都をめざしてやってきたわけだ。ジェイムズの名前もちゃんとおぼえていたし、さすが、大悪人ヒューゴを育ての親に持つ娘だ。ただものじゃない。


 美少女によいおこないができて嬉しかったのか、それなりにご機嫌で手をふるレヴィアタンと別れる。

 街路に出ると、ワレスは嘆息した。


「よくおれの居場所がわかったな。ていうか、ジェイムズの姓までおぼえてたのか。一度か二度しか名乗ってなかったろ?」

「わたし、人の名前は一度聞いたら忘れない」


 再度、ため息がもれる。

 この娘、悪党のヒューゴから偽造文書作成の手ほどきを受けて育っているのだ。署名など、楽々マネできる。それだけに名前をおぼえるのも得意というわけだ。


「ティモシーと暮らしてるんじゃなかったか?」

「ティムは死んだの」

「……そうか」


 もともと虚弱体質で、最後はムリをして寿命をちぢめていた。数年でも幸せな余生を遅れたのなら、マシなほうかもしれない。


「おまえが看取ってくれて、きっとティモシーもさみしくなかっただろうよ。でも、あいつの実家にはまだ財産があっただろう?」

「ティムの両親が亡くなったのはずいぶん前だし、そのときに財産は使いはたしてた。大きなお屋敷を売ったお金であの年までやりくりしていたの。遺産なんてないわ」

「なるほどね。それで路頭に迷ったと」

「あなたなら、仕事さきを紹介してくれるんじゃないかと思って」

「それなら、おれよりジェイムズのほうが適任だ。ジゴロになんの仕事を斡旋あっせんできるっていうんだ?」

「……ジゴロ?」


 ワレスは小首をかしげているカースティを見なおした。年齢は十七、八。以前よりと女らしくなり、美しくなっていた。会ったときから年のわりに大人びた娘だと思っていたが、森の奥の山家育ちだし、じつは世間知らずらしい。書類の偽造は仕込んでも、さすがにヒューゴも娘にジゴロがどんな商売かまでは教えなかったのだ。


「……ああ、なんでもない。とにかく、貴族のジェイムズのほうがいい仕事を紹介できる。なんなら、やつの屋敷で小間使いにしてくれるかもな」

「……」


 カースティはむくれた。

「わたしはあなたと暮らしたいのに」


 その反応にワレスはドキリとした。恋心ではない。性的な興奮でもない。なんとなく、誰かに似ていると思った。というより、さっきから、やけに子どもっぽい態度をとる。以前はもっと冷めた印象があったのに。


(ああ。そうだ)


 むくれた顔が小さかった妹を思いださせた。笑ったり、怒ったり、泣いたり、気のむくままの表情を見せていたあの子。レディスタニアの面影をそこに見つけた。


 ほんの一時、夢を見たかったのかもしれない。

 まだ、この世にレディが生きていて、自分には守るべきものがあるのだと。


「……わかった。じゃあ、おれの家に案内しよう」

「いいの?」

「……」


 女たちから離れて一人になりたいときのために借りた自宅なのに、そこに女の子を入れるのは本末転倒だ。が、ほかに案内できる家はない。ワレスは下町のアパルトマンへ、カースティをつれていった。

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