第10話 迷いの森6

 *



 ワレスはもう限界だった。

 木陰からの不意打ちで二人までは倒した。しかし、そのあと、やってきたのは二十人もの盗賊だ。みな、手に斧や弓矢、こんぼうなどを持っている。


 ワレスはひとかたまりになってくる男たちを見て、ふたたび木陰に入る。ただし、そのまま素通りされないよう、しっかりと自分の姿がヤツらの視界に入ってからだ。ニネットを追っていかれると困る。


「そっち行ったぞ」

「どこだ? 出てきやがれ!」

「松明持ってんの誰だ?」

「アダンだ。それに、ジャンも」

「二手にわかれて探すぞ! 油断するな」


 夜の森のなかはとつじょ、狩場と化した。黄金の巻毛の賢いキツネを、とりかこみ、あぶりだそうとする男たち。

 だが、数が多ければいいというものでもない。森には多くの樹木があり、ワレスの姿を隠す。明かりがないのも、かえって有利だ。相手が持つ松明の光で、位置をはかれる。


 木陰から木陰へ移動しながら、男たちの最後尾に切りつけ、サッと樹間にかけこむ。そうやって、ワレスは少しずつ相手の数をへらしていった。


 それにしたって、多勢に無勢だ。同じ戦法をくりかえしていれば、ワレスの動きを見切ってくる男もいる。


 木陰から走りより、一人に切りかかる。そのあと、もとの闇に姿を隠そうとした。が、ワレスの前にさきまわりして、男が現れる。

 そうなると、はさみうちだ。前後をふさがれた。左右は木だ。逃げ場がない。じきに周囲に男たちが集まり、ワレスを二重、三重とかこむ。


 もうダメだ。

 数人はやれるだろう。しかし、それも両側から押さえこまれたら、おしまいだ。


「へへへ。最初から、いい子にしとけばいいんだよ」

「顔、傷つけるなぁ? 価値がさがる」

「だとよ? あばれるな?」


 やっぱり、ワレスを捕まえて人買いに売りつけるつもりらしい。子どものころには、よくこうした連中に目をつけられた。ワレスはとてもキレイな子どもだったから。二十歳すぎても、まだこのあつかいを受けるとは。


 なんだか、自分があのころから何も変わっていないようで、なさけない。


 世界中に自分一人しか存在しなかった少年時代。

 街に人間はたくさんいたが、それはワレスとは違う世界の生き物で、孤独で、救いが欲しくて、泣きたくて、でも、涙をこらえて、怒りを原動力に、ただ生きた。


 あのころから、何も変わっていない。けっきょく一人で、やっぱり虚しい。


(おれには何もない。誰もいない)


 だが、そのときだ。


「そこに誰かいるのか?」


 道のほうから声がする。

 ジェイムズだ。


「ジェイムズ! こっちだ!」

「ワレスかい?」


 森のなかに白馬に乗った王子さまよろしく、ジェイムズが颯爽さっそうと現れる。盗賊団にかこまれたワレスを見ると、剣をぬいて突進してきた。


 不覚にも、ワレスは涙が出てきた。

 誰もいないわけじゃなかった。たった一人だけど、どんな苦境であっても、自身の安全をかえりみず、助けにかけつけてきてくれる人がいた……。


「バカ。ジェイムズ。おまえは逃げろよ!」

「君が危険なのに、逃げられるもんか!」


 ワレスをかこんでいた男たちの半数が、ジェイムズのほうへむかっていく。ワレスとジェイムズだけなら、いずれ力つきて、二人とも捕まってしまうだけだったろう。

 しかし、味方はジェイムズだけではなかった。どこか木の上から、石や木の実が飛んでくる。


「うわっ、イテテ」

「なんだ、これ?」


 男たちがひるんでいるすきに、ワレスは前方の敵を切りくずし、ジェイムズのもとへかけつけた。背中をあずけられるだけで、戦況は一変する。


 じょじょに空が白んできた。もうすぐ夜明けだ。

 すると、ようやく、街道にたくさんの馬が走るひづめの音が響く。

 ニネットが救援を呼んできたのだ。

 まもなく、盗賊たちは全員まとめて捕らえられた。



 *



 サボチャ村の事件は解決した。何しろ、森で何人も姿を消すので、その原因を調べてほしいという内容だったのだ。二十年前、娘が行方不明になった老人が、その恋人だった男を訴えていたが、これは冤罪だった。娘をさらっていたのは、炭焼きに化けた盗賊だった。


「エメリットはもう帰ってきませんが、これも縁でしょう。ニネットとジャスミンを孫として育てていきます」と、老人は約束してくれた。

 ニネットとジャスミンも、これでおだやかに暮らせる。


「ありがとう。ワレス」

「じゃあな。ジェイムズ。元気でな」


 手をふる彼らと別れ、ワレスたちは皇都へ帰っていく。

 サボチャ村を出ると、すぐに森だ。それぞれ一晩を明かした、あの森である。当然、しばらくすると、道が二又になる。

 けっきょく、どちらの道に進んでも、目的地についた。人生なんて、そんなものかもしれない。


「あのとき、この二又の近くまで、君も私も来ていたんだ。君の声が聞こえたから、助けに行けた」

「……」


 ほんとにいいタイミングだった。ひかえめに言っても、ジェイムズはワレスの命の恩人だ。

 何よりも、孤独ではないのだと教えてくれた。


 少しは変わったのだろうか? 子どものころとは違う? 頼ってもいい?


 そう。これは恋じゃない。友情だ。だから、信頼しても、ジェイムズは死なない。きっと……。


「今日は昼間のうちに、この森をぬけてしまおう。街の宿屋で美味いものを食べて、ゆっくり休むんだ。な? ワレス」

「……ああ」

「あれ? 機嫌が悪い?」

「別に」

「あっ、もしかして、助けが遅いと思ったのかい?」

「そんなんじゃない」

「悪かったよ。今度はもっと早く来るから」

「……」


 まったく、底ぬけのお人よしだ。

 でも、そんなジェイムズだから……。


「皇都につくまで、おまえのおごりだぞ? 約束だからな? ジェイムズ」

「わかってるよ。ただ、そこまで贅沢はできない。行きで手持ちの金は全部使ってしまったから」

「はあ? なんで?」

「いやまあ、いろいろあったんだよ」

「ふうん」


 すると、ジェイムズは笑った。


「やっぱり、なつかない猫って、みんな、こんな感じなんだなぁ」

「なんだって?」

「さ、急ごう。ワレス。夕方までに街につかなくちゃ」


 木漏れ日がななめにさす明るい森に、くねくねと蛇行していく道。

 ジェイムズは昔もいたし、今もワレスのとなりにいる。

 友と二人でなら、きっともう迷わない。

 そんな気がする。




 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る