第二話 マルゴの箱庭
第2話 マルゴの箱庭1
マルゴの庭は今日も美しい。色とりどりの薔薇が花をひらき、その下草となる矢車菊の淡い色あい、ツル性のクレマチス、カンパニュラ、レース編みのような白い小花をたくさんつける手毬草が主役をひきたてている。ワレスが名も知らぬ多くの花々も。
蝶が舞い、小鳥が歌う。
あやまってこの庭に迷いこめば、ここは天国かと誰もが思うだろう。
しかも、この庭を丹精しているのは庭師ではないのだ。この屋敷のもちぬし自ら手をかけ、精魂こめて育んでいる。
時の止まった箱庭——
ここはマルゴの思い出の庭だ。外の世界へ出ることをこばみ、過去の思い出だけを友にして、未来をすててしまった庭。
「マルゴ。来たよ。おれの大切な友達」
皇都郊外にあるこの屋敷には、マルゴのほか、耳の遠い老女だけが台所仕事をする召使いとして住んでいる。不用心なので、ワレスもなるべくひんぱんにおとずれるようにしている。男手は必要だろうから、せめて下男くらいは雇えばいいと思うのだが、繊細で潔癖なマルゴには、屋敷に下男でも男がいるのは、ある人への裏切りだと感じるのだろう。
当然、門番もいないので、ワレスは訪問のたびに門を乗りこえ、まるで泥棒のようにして敷地へ入る。そのあと、いつも、庭のどこかにいるマルゴを探すのだが、今日はなかなか見つからない。裏庭に来て、やっと姿を見つけた。庭木のかげから、じっと何かを見つめている。鳥か野ウサギでも観察しているのだろうか?
ワレスは恋人の自然を愛する優しさを微笑ましく思った。マルゴは皇都じゅう探してもめったにいないくらい美しい心の持ちぬしだ。
とつぜん目隠ししておどろかせてやろうと、足音を殺して、そっと近づいていった。マルゴが見ているのは、リスのために樹上に置かれた餌台だ。ドングリや木の実が木製の皿にたくさん置かれている。
野生のリスに夢中だなんて、ますます可愛い。だが、手をかける直前に気がつかれてしまった。笑い声をあげようとするワレスに、マルゴは「しッ」と人さし指を立てる。
リスが逃げるからだろうか?
声を抑えてとなりになぶものの、そのときにはガサガサと何かが去っていく音がした。
「すまない。リスを逃がしてしまったみたいだね」
「リスならいいけど……」
なぜか、マルゴの顔つきは暗い。なんだか心配ごとがありそうだ。
「どうかした?」
「それがね……」
リスの監視をあきらめて、屋敷へ歩いてもどりながら、マルゴは悩みを打ちあける。
「最初はわたしもリスか小鳥だろうと思っていたのよ。でも、リスや小鳥が花のお礼にドングリを持ってくるかしら?」
「お礼? リスが?」
「そうなのよ。このごろ、たまに庭の花がなくなるの。一番、満開にひらいた花が一輪だけ」
花を食べる動物はいる。ワレスは子どものころ、野ウサギをつかまえていたので、その習性をよく知っていた。草食性の動物はわりと好んで花をかじる。人間が牛と羊の肉に味の違いを感じるように、彼らにも食事に
しかし、満開の花を一輪だけというのはおかしい。やつらはしょせん獣だ。理性で食欲を抑えられはしないし、花の美しさを解しもしない。
「リスじゃないな」
「そうよね」
「ウサギでもない。人間だ」
「でも、人間が忍びこめるかしら?」
「現に、おれは忍びこんでる」
「あなたは特別よ」
たしかに、武器も猟犬も馬もなしで、野ウサギをつかまえていたのだ。身体能力はかなり高いと自負している。しかし、ワレスができることは、あるていどの運動能力を持つ若い男になら、できなくはない。誰もが、とは言わないまでも、二、三十人に一人ていどはできる。高い柵や塀は万全とは言えない。
「まあいい。ひさしぶりに会ったんだから、たくさん話をしよう。それとも、言葉のいらないことを」
マルゴをおびえさせてもいけないので、話をそらした。今のところ盗んでいくのが花だけだというし、お礼に木の実を置いていくなんて、まるでやることが子どもだ。誰の仕業にしろ、何か事情があるのかもしれない。
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