第17話 ウジ VS ハエ


 彼はハリウッドの大スター。


「まさか、そんな……」


 映画界の至宝に会えた喜びを噛み締める。


「……ゾンビ?」


 憧れの存在だ。


「ゾンビだよね? 本物のゾンビだ……!」


 迫真の不格好な短刀の一撃をかわし、ナイフで彼の手足を切断する。


 戦闘の余波で崩れてむき出しになった鉄筋と、落ちていた日本刀を見つけてきて、大スターの胸と腹に突き立てた。


 このフロアの敵は殲滅したので、地面に縫い付けた大スターをゆっくりと観察する。


「実物にお目にかかれるなんて、地獄に墜ちた甲斐があったよ……君のカルマ? それとも他の人の?」


 質問しながら、試しに首を切り落とす。


 ボーリング玉くらいの重さの頭を持つと、僕にかみつこうと歯を咬み合わせていた。


 切り離した四肢と胴体も、もぞもぞと動き続けている。


「プラナリアみたいだ。どうやったら死ぬんだろう?」


「死ヌのハ、おマえダ」


すごいAmazing! すごいよゾンビ君Amazing Zombie-Man!  肺も声帯もない状態で喋るなんて……本当にどうなってるの? ゲーム的な演出?」


 ひとしきりゾンビとのファーストコンタクトに感動していると、減らした殺気の数がまたぞろ増え始める。


 1人、2人、3人――死体が次々と起き上がる。


「ブラボー! いや、落ち着け僕、先を急ぐんだ」


 動く死体との無限殺戮ショーも魅力的だが、本来の目的を忘れてはいけない。


 きっちり報復メチャクチャにして帰るのだ。


「次は鬼ごっこTagで遊ぼうか?」


 大挙して押し寄せる死体から回れ右する。


 ビルの非常階段に続く扉を勢いよく開けた。


 外に開放された幅広の階段を走りながら、ダイナマイトに火をつける。


 後を追ってきたゾンビたちが、非常階段の底部と一緒に爆発四散した。


 ゾンビの肉骨粉がぶちまけられ、前衛的な現代アートのようになって寸断された階下に満足してから改めて上ろうとした僕を、新手の殺気が襲う。


 身体を弛緩させ、いつでも動けるように準備したとき、階段が不自然な色に染まり始めた。


 僕の足元から、薄緑色の膜のようなものが急速に広がっていく。


 それは、広げた風呂敷を閉じるように、僕を閉じ込めようとしていた。


 極限まで集中した脳は、周囲の時間の進みをゆっくりと感じさせる。


 僕はまず息を止めた。


 即効性の経皮毒ならすでにアウトだが、まだわからない。


 何もわからないまま、薄緑色の何かに包まれていく。


 全方位から不安定さを感じていた。


 カルマによる攻撃に違いないが、わかるのはそれだけ、情報が足りなすぎる。


 思考に費やした時間は2秒程度だった。


 僕は全力でその場から飛び退いた。


 直後、少し間抜けな――たとえるなら風呂の元栓を抜いた時のような音がして、薄緑色になっていた約2メートルの範囲が、球状にえぐれる。


 そこに最初から何も存在しなかったかのように、色に染まっていた所に収まっていた物が消え失せた。動き出すのがもう少し遅かったら、巻き込まれていただろう。


 色を知覚してから攻撃が完了するまでの間隔は3秒もない。


 抉れたところは完全に消滅した?

 一定範囲を別の場所に瞬間移動させるカルマ?

 防御は可能?

 キャリアーはどこだ?


 疑問は尽きないが、はっきりしている事が一つだけある。


 巻き込まれたら絶対死ぬ。


 また自分の命の支えが不安定になる感覚が迫ってきた。


 色が変わり始める。


 とりあえず走る。


 すると後ろから薄緑色の殺意は追いかけてきた。


 僕がいたところが次々とペイントされ、抉れていく。


「こんなにカルマを使えるのか……」


 カルマなら罰があり、連発はリスクが伴うはずだ。


 長い執行猶予期間があったり、ジーン君のように達成しやすい罰なのかもしれない。キャリアーが罰を苦にしていないとしたら驚異だ。


 ただ、僕は色が変わり始める前にで攻撃の起こりを感じ取れる。普通の人間は反応する間もなく消されるかもしれないが、色が変わる直前に備えられるし、僕のDEX敏捷性なら回避は可能だ。


 体力的にも、まだまだ余裕はある。


 階下を覗くと、ゾンビが互いの体を踏み台にして、スクラムを組むように途切れていた階段を上ろうとしていた。


 薄緑色もゾンビも厄介だが、キャリアーやカルマの正体がわからないだけで致命的ではない。うるさいハエにまとわりつかれているようなものだ。


「僕はウジ虫で君らはハエか……運命感じるね」


 ここまで厳重に姿を隠すという事は、直接戦闘は避けたいのだろう。


 敵は慎重だ。一方的に攻撃できる有利な位置関係を手放すようなヘマはしそうにない。居所は見当もつかないし、捜索している時間もなさそうだ。


 捜索している間に疲労が重なり、追い詰められるのは目に見えている。


 万事休す?


 そう思う時は一度、原点に立ち返ろう。


 僕が報復している理由の半分は、「僕らを敵に回すと高くつくぞ」と、マフィアのヒトたちに知ってもらうためだ。もう半分はその方が楽しそうだからだ。


 アサイラムの重要な拠点を1つ、2つ壊滅できれば上々なのだ。


 今の状況は、まだ目的に適う。


急がば回れHaste makes waste……まだ楽しめそうだ」


 僕は、階段全体の三分の一くらいのぼったところで非常扉を開け、ビルの中に飛び込んだ。


 16階と書かれた壁の近くに置いてあった自動販売機を力任せに倒し、簡易的なバリケードにする。ちょっとした時間稼ぎにはなるだろう。


 フロアの中は伽藍堂がらんどうだった。


 僕の襲撃に備えていた、とは考えずらい。昨日今日の思い付きだ。


 ビルにいた人間は非常時のマニュアルに従っているだけだろう。敵対マフィアに襲われるような状況に陥ったら、戦闘力の低い者は速やかに避難し、警備のキャリアーが迎え撃つようになっているのだ。


 そんな事を考えているあいだも、僕のまわりにある物が次々と消えていく。


「掃除が楽そうなカルマで羨ましいよ!」


 いつの間にか薄緑色の攻撃の精度が落ちていた。


 メチャクチャに攻撃している。


 照明、デスク、オフィスチェアー、壁、柱、観葉植物――雑然としたオフィスが徐々に殺風景になっていった。

 

「薄緑色は、こっちの場所を100%把握しているわけじゃあないのか……」


 そのとき、自動販売機のバリケードが破られて、ゾンビがなだれ込んできた。


 全部の出入り口がゾンビに塞がれるのと同時に、急に薄緑色の攻撃の精度が上がった。


「なるほど、そういう事か」


 薄緑色が僕の位置を捕捉するカラクリがわかった。


 おそらくゾンビのキャリアーと薄緑色のキャリアーは一緒にいる。


 僕の位置をゾンビが確認し、薄緑色に伝えているのだろう。


 そうとわかっても、やる事は変わらない。


 どんどん増えるゾンビの群れと薄緑色の攻撃を凌ぎ続ける。


 ゾンビの数は、僕が殺した人数よりも多いと思う。ビル内に死体を常備していたのかもしれない。臭いとか大丈夫なのかな?


 そんな無駄な事を考えながら全力でオフィスを逃げ回っていると、それなりに疲労が溜まってきた。


 この状態が続けば、僕は負ける。


 しかし、もう終わりは見えている。そろそろだ。


名残なごり惜しいけど、お開きの時間だ」


 そう言ったとき、ビルが揺れた。


「建物の大事な支柱なんかを見つけるのは得意なんだ。僕は、そういった柱や壁の近くを逃げ回っていたんだよ? 死人の曇った眼じゃあわかりづらかったかな?」


 揺れでバランスを崩すゾンビたちに、僕は語りかけた。


 正確には、ゾンビの目や耳を通して僕の状況を見聞きしているキャリアーたちに語りかけていた。


「ダイナマイトも使ったし、このフロアにはもう、上を支えられるだけの柱や壁は残っていない。もし君たちが上の階にいるなら、避難をお勧めするよ」


「――き、キさマあアあアあアあアあアあアあアあアあ!」


 ゾンビが叫びながら襲い掛かってくるが、もう遅い。


 僕は残っていたオフィスチェアーを投げてガラスを割り、外に身を投げ出した。


 直後、16階のフロアが潰れた。


 その衝撃でビル全体が崩れ始める。


 瓦礫や粉塵と一緒に落ちていくさ中、僕はナイフ側面のボタンを押した。


 ライトガス・スペツナズ・ナイフの刃部分を射出される。


 その刃は、向かいのビルの壁に突き刺さった。


 刃と柄は、極細のワイヤーでつながっている。


 刺さったナイフの刃を支点に、振り子の先に着いた鉄球よろしく、向かいのビルの窓ガラスに体当たりする。


 ガラス片と一緒に入室した僕を唖然とした顔で見てくるヒトたちに、笑顔で会釈した。


「アサイラムに報復えいぎょうに行ったんですけど、ちょっと揉めちゃって……アサイラムって凄いですよね? ヒト一人追い返すのにビル一棟丸々潰すんですから、いや、ほんとビックリ……」


 白けた空気を感じる。


「……お呼びでない? こりゃまた失礼しました」


 僕はペコペコしながらその場を後にした。

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