第16話 地獄1丁目1番地

 はい、というわけでやって来ました。


 シン・セントラル。


 そう呼ばれる娯楽施設が林立する異様な区画が、地獄の中心、ソドムの1丁目1番地だ。


 ジーン君からは、シン・セントラルにある一番大きなビルが、アサイラムの有名なテナントビルの一つだと聞いていた。


 アサイラムの殺し屋たちを全滅させたその足で、ここまで来た。


 巨悪がひしめき合うシン・セントラルは、文房具のような手軽さで刀剣をセールしている武器店があるかと思えば、便秘薬から麻薬まで取り扱うドラッグストアが『本日特売日』という旗を立てている。


 実際、モルヒネなどの麻薬を常用すると、胃の働きが抑制されて消化不良が起こり、慢性的な便秘になりやすいので、理に適ったラインナップだ。


 そのドラッグストア横の怪しげな薬局は、『夜の性活でお悩みのあなたへ! 太さ、長さ、持続力、すべてをその手に‼』と大きく太字で書かれた看板で、競合他社に対抗していた。


 仮想世界ならではのミラクルドラッグかもしれないが、臨床研究も臨床試験も治験もクリアしていない天井知らずの危険を飲み込む勇気が必要になる。カルマなら作れるかもしれないなんて考える浅はかな人間が引っかかるのだろう。『※効果には個人差があります。』と、細く小さく書かれているところがミソ。


 ここがソドムの行政区――冗談ではない――を兼ねるそうだが、行政という仕事に泥を塗って余りある無法っぷりには恐れ入る。


 不正義で溢れる街並みに気持ちが沸き立つ。


 そこかしこから漂う甘い血の香りには、安心感すら覚えている。


 本当にヘル・シミュレータここは僕の肌に合う。


 長期の休み明け、早く学校の友達に会いたくて、駆け足気味に登校する小さな子供のように、僕は心を躍らせていた。


 心臓の鼓動に合わせ、左手のクラッチレバーを握り込み、シフトペダルを踏む。


 右手でスロットルを回すと、眼前の風景がみるみる過ぎ去っていく。


「まずは、お行儀よく先方にご挨拶だ」


 高速で巨大なビルの一階入り口に突っ込んだ。


 僕はブルーから飛び降り、バイクと、自動ドアの残骸が舞い散る。


『人でなしー!(><)』


 ブルーは慣性に従って受付に突っ込み、従業員の悲鳴が木霊する。


 ヒトでない物から人でなし扱いされるのは初めての経験だ。


「こんばんはー! アンノウンと申しまーす! 報復に参りましたー!」


 大きな声で呼びかけたらワラワラとヒトが出てきた。


 報復パーティの始まりだ。


 逃げる者は追わない。


 こちらを命を不安定にする気配を感じた瞬間に、僕はその発信源を取り除いていく。


 素早く、的確に、最小限の動作、最大のパフォーマンスで、命を奪っていく。


 受刑者はヘル・シミュレータで生前の全盛期を取り戻す。


 僕は、自分でも引くくらい人殺しが上手いころの僕だった。


 馴染んだ技術をトレースするだけで、死体は増えていった。


 素人に毛が生えた程度の相手なら、カルマも問題にならない。


 火の玉が飛んできたり、植物のツタが襲い掛かってくるような、ファンタジー的な場面も何度かあったが、機関銃の掃射すらかわせそうな今の僕には、音速以下の凶器は凶器にあたらない。


 燃え上がるエントランスには、テ○リスのブロックのように死体が積みあがっていった。


 血と肉が燃える異臭が充満する。人体を燃やしたときに漂う臭いは独特だ。空気が油のように重く粘つく。仮想世界だが、血の色から死臭までよく再現されていた。


「ウジ虫のようにわき出るね。嫌いじゃないよ、ウジ虫のおかげで死体も糞便も処理されて世界はクリーンに回っている。その醜穢しゅうかいな姿は誇るべきものだ」


 そうやって僕は、死に逝く人たちに延々と話し続けていた。


 返事は期待していない。ただの自己満足だ。


「オまエもウじムしノなカまダろ」


 まさかの応答に振り返る。


 僕は目を見開いた。


 そこには、ナイフで貫かれた胸からシャワーのように血を流して死んでいた男が立ち上がっていた。


 その衝撃的な姿を見て僕は、思わず唇を震わせた。


「そ、そんな……まさか、あなたは――⁉」

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