第10話 強襲、バイオリニスト

 帰ってきたジーン君にウルウに言われた事を伝えたら、お腹を抱えて大爆笑された。


「いい気味だ」とか、「頑張れよ魔王様」とか、散々な言われようだった。


 その挙句、ダイナマイトで爆殺されかけるのだから、たまったものではない。


「どうした? 眉間にしわ寄せて、おっさんくさいぞ?」


「やっぱり、君は今のうちに殺しておいた方がいいかな?」


「暇なうちに庭の芝生を刈っておいた方がいいかな? くらいの温度感で殺害予告すんなクソが!」


「そうしたらやっと二人きり、ですね?」


 傷の手当てを終えたウルウがシーツをたくし上げ、顔半分を隠しながらそんなことを呟く。


「困ったな、貞操の危機だ」


「それは女側の台詞ですよ、アンノウン様?」


「俺は生命の危機だ!」


「いいではありませんか。アンノウン様の覇道において、貴方あなたは路傍の石に等しい。喜び勇んでその命を捧げなさい」


「悪魔か!」


「悪魔ですが?」


 ウルウが頬に手を当てながら小首をかしげる。


 ジーン君は天を振り仰いだ。

 

 その時ふと、僕は違和感を感じて、窓の外を凝視する。


 ……もう来たんだ。優秀だな。


 人知れず感心していると、天井のシミを数えていたジーン君が、急に僕の方に向き直った。


「いや、おい待て、アンノウンだと? てめぇ、名前は覚えてねぇっつってなかったか?」


「そのままの意味で言ったつもりなんだけど、名前として伝わっちゃったから、もうそれでいいかなって」


「他人がとやかく言うことじゃねぇが、テキトーすぎだろ。しかもアンノウンって……」


「あ、変な名前だと思ってる?」


「逆に聞く、思わねぇわけがねぇだろ?」


「そんなに殺されたいのか屑人間?」


 ウルウが氷点下の視線でジーン君を射抜く。


 僕への批判や罵倒は、彼女にとってブチ切れ案件らしい。


「おーこわー……」


 冗談めかしてそう言うジーン君の口元は引きつっていた。


 怒った美人のプレッシャーは凄い。


「僕のために怒ってくれてありがとう。でも、美しい君の顔に青筋は似合わないよ?」


「そんな……今すぐめちゃくちゃに犯したいくらい魅力的だなんて……いいですよ?」


「うん、言ってないね」


「……お似合いだよ、てめぇら」


「もっと言いなさい、屑」


「人間ですらなくなっちまった……」


 ジーン君が頭を抱える。


 同時に、窓ガラスが割れる耳障りな音が鼓膜を打った。


 外から吹き込む風が、ロウソクの明かりを大きく揺らし、その風と共に2つの人影が紛れ込む。


 僕は、すでにナイフを抜いていた。


 驚くことは何もない。


 常に誰かを殺し、殺される準備は整えている。


 奴隷商を殺して追っ手がかかる事は予想できたし、先ほど窓の外からほんの少しだけ不安定さを感じていた。


 躊躇ちゅうちょ誰何すいかもなく、侵入者に切り込む。


 先制攻撃を狙っていた相手は、すぐに迎撃態勢を整えた僕に腕を振りかざす。


 たぶんカルマを使おうとしたんだろうけど、僕のナイフの方がはやい。


 なまじカルマなんて便利な力があると、ついそれに頼りたくなる気持ちはわかる。


 ただ、僕のステータスは速度と攻撃力に特化しているようだし、もともと近接格闘は得意だ。


 奇襲で虚をついたつもりがすぐに反撃された敵は、言うなれば虚をつき返された形になっている。


 僕にとって、殺人は息をするような行為だ。


 動物が生きるために行う共食いや子殺しとは違い、様々なシチュエーション、様々な理由で、ヒトはヒトを殺す。


 それは、自然や必然を無視できるヒトだけに許された特権――ヒトらしさだ。 


 僕はヒトらしく一人始末する。


 一方、襲撃者も地獄のヒトらしく、死に慣れている。


 目の前で息を引き取った仲間に眉ひとつ動かさず、戦闘は続く。


 夜闇のような色のタイトな戦闘服を着こんだ白髪の男は、歴戦の傭兵を思わせる身のこなしで、僕の突きを紙一重でかわす。


《リーベスグルース》

 

 しゃがれ声でそう呟いた白髪の男を中心に、数本の死線――そう感じる命を不安定にする細い糸状の何か――が走る。


 僕はジーン君の頭とウルウの横たわるシーツを掴み、2人の体を床に引きずり落としながら這うように姿勢を低くする。


「ぐえっ! 何しやがる!」


 生命の危機を救ったのだから感謝してほしい。


 360度、腰より高い位置にある家具はズタズタに引き裂かれていた。


 透明な細いナイフ、極細のレーザーメス、空気の糸のような凶器を生み出し、操る力だろう。


 何度かナイフで切りかかるが、その透明な糸状の何かに防がれる。


「こいつ、《バイオリニスト》だ!」


「誰? 職業?」


 秒単位で生死の境を超えながら、しかしまだ会話をする余裕はあった。


「アサイラムの殺し屋部隊のNo.2! 魔法のげんを生み出して操る!」


「あ、それがこれ?」


 僕の突き込んだナイフが空中で静止する。


 目を凝らすと、透明なピアノ線のような細い空気の歪みが、ナイフの刀身に絡みついているのがわかった。


《ツィゴイナーヴァイゼン》


 とっさに僕は頭を傾ける。


 僕の耳たぶの端が切り飛ばされ、血が飛び散った。


 バイオリニストの目が少しだけ見開かれる。


 わざと見えるようにした弦で注意を引き、本命のまったく見えない弦で背後から首をとるつもりだったのだろうが、僕の直感の前では奇襲性を発揮しない。


 今ので殺せると思われていたなら、心外だ。

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