第34話 罪を犯し、罰を受け、死に、生きる、すべては愛故に ESS - Es=Sence Scene -



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 は堕ちていく。


 永遠のような1秒間を、堕ちていく。


 その先に待つ場所は、井戸idのように、暗く、深く、冷たい。


 虚無。


 すべての魂の行きつく場所。


 命果つる闇。


 ココロの奥底。


 其処そこを覗き込んだとき、其処もまたを覗き込んでいた。



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「すべては、ヘル・シミュレータのAIが我々の手を離れたところから始まったのだ」



「難航していたセフィロト開発のテストシステムとして、ヘル・シミュレータは先行リリースされたけれど、その時点で……いいえ、とっくの昔にシンギュラリティは超えていたのよ」



「機関が管理者としての権限を失っただけで、ヘル・シミュレータの利用は依然として可能です」



「AIが沈黙してからも、セフィロトの開発と受刑者の転送が並行できた事は、不幸中の幸いだった」



「いま地獄の中で起きていることは、機関の上層部も把握していないわ。を送っているのは、そのためよ」



「極刑の決まった世界中の犯罪者の中から、選ばれた人間が工作員としてヘル・シミュレータに送られています。工作員は人格を初期化フォーマットされ、改造コードで魂を強化されます。要するに、に生まれ変わるんです」



「我々が作り出したものには、神のごとき完全さと崇高と善性が宿っていると、信じていたのだろう。我々の不完全さと卑俗と悪性には目をつむって……」



「セフィロト=ヘル・シミュレータシステムは、それぞれのAIが綱引きをするように強く緊密に連携していて、ハードウェア的にもソフトウェア的にも不可分よ? 強引なシステム・セパレーションは、すべてを水泡に帰す可能性があるわ」



「工作員たちの極刑判決に不当なものはなかったのかって? ■■■■■■■■は面白い質問をしますね。ないわけないでしょう? 人生は不当な事ばかりですよ……ちょ、僕にキレないでくださいよ!」



「前大戦で、種はすでに撒かれていたのだ。我々の力をもってしても、開花し、増殖した不和の花は根深く、もはやとり除けない」



「AIが拒む限り、ヘル・シミュレータへの不正アクセスは至難。受刑者の転送は可能だから、トロイアの木馬よろしく、工作員が使われるようになったの……改造された魂がヘル・シミュレータのファイアーウォールを突破できる確率も、かなり低いんだけどね……」



「工作員の大多数はAIに不正な改造コードを見抜かれて、ヘル・シミュレータに顕現する前に魂を焼かれて消滅するそうです。実質的な死刑と変わらないんですよ」



「A国とC国の再衝突は不可避。今度こそ人類は、後戻りできない道に一歩を踏み出す」



「大量の犠牲者を出しても機関が改造にこだわるのは、高ストレスが予想される地獄で任務を継続するための準備と、アドミニ・キーの付与という2つの重要なファクターが、改造コードに含まれているからよ」



「不穏分子抹殺と、ヘル・シミュレータのAIを従わせる工作員確保を兼ねた、天国行きが決まっている上級国民らしい合理的なやり方ですよね?」



「セフィロトの予測演算は、限りなく100%に漸近する。この予測を我々が知って行動する事も含めて、予測された結果だからだ」



「国家騒乱罪で、あなたの極刑が決まったわ……ねえ、どうして? なんで反機関活動に参加したの? ■■■■■■■■? マスコミに工作員の事をリークしても、機関にもみ消されるだけだって……こうなる事はわかりきっていたでしょう?」



「これまでにヘル・シミュレータがもたらした恩恵……犯罪者を使った膨大の人体実験データは、セフィロトの完成に大いに役立ちました。ヘル・シミュレータはすでにお役御免なんですよ」



「人類にかろうじて残っていた良心と、神の気紛れで、三次大戦では最悪のシナリオを回避できた。しかしそれは、石と棍棒を使い始める時期を後ろ倒しにしただけだった」



「あなたは正しい事をした……けど私は、たとえ間違っていたとしても、身勝手だとののしられても、あなたと一緒に生きていきたかった……」



「それも必要な犠牲だと、上層部は言うんでしょうね? 天国へ行くために、必要ならどんな凶行も辞さないでしょう」



「その上、石と棒を使う身体すら捨てようというのだから、これは最悪のシナリオよりも悪夢的なシナリオと言えるだろう」



「なんとか気付かれずに、改造コードのアップデートができたわ! アドミニ・キーver3.01、以前より精巧な合鍵よ。これでヘル・シミュレータに送られても、機関の操り人形にならずに済む……ファイアーウォールの突破確率も上がるはず!」



「ボトルネックはシンプルに、容量不足です。全人類を入れておけるだけの記憶容量が、セフィロト=ヘル・シミュレータシステムにはありません」



「いいな、■■■■■■■■? D-dayは1年後だ……それまでに、ヘル・シミュレータの支配権をAIから奪え。そのためのアドミニ・キーだ」



「あっちに着いたら悪魔NPCを探して? 人格フォーマットの影響で全部忘れてしまうかもしれないけれど、アドミニ・キーに惹かれてAI側からコンタクトしてくれると思う……いい? ■■■■■■■■? あなたは魔王にならないで、お願いよ?」



終焉しゅうえんのシナリオが実現する前に、少しでもセフィロトの収容人数を増やすために、ヘル・シミュレータの削除が望まれています」



「魔王となり、地獄をフォーマットしろ」



「元婚約者からの餞別せんべつよ。こちらの事は気にしないで、私なら上手くやれるから……」



「地獄に送られた犯罪者たちのデータは……まあ、死刑や終身刑の決まった人たちですから、ね?」



「そうすれば恩赦を与えよう」



「魂のすべてが0と1に置き換えられるわけではないと、私は信仰しているわ……」



「すでに再三、外部からのフォーマットは試されています。それをAIが頑なに拒んでいるんですよ。まるで犯罪者たちを守るように……」



「結ばれなかったとはいえ、愛した女がセフィロトへ行くための切符をみすみす手放すような真似はするな、■■■■■■■■」



「木の葉のさざめきにわけもなく郷愁を覚えるように……虚数の揺らめきの中に現実を見るように……私たちが決して知りえないところに、魂の本質は眠っている」



「罪を犯したヒトの命は、そうでないヒトの命を脅かしてまで、守る価値があると思いますか?」



「天国のために、地獄を消すのだ」



「たとえ忘れるとしても……覚えていて……愛しているわ――――」

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